第四章 電気室

 さあ皆様、こちらが電気室ですわ。さっきの部屋と何が違うのか、きっと皆さま分からないでしょう? 見た目はほとんど同じですもの、それも無理はありません。でもある機械は、全くの別物。先刻の部屋は、優しい優しい制御権強奪ハッキング。そしてこの部屋は、厳しく熱い高圧電流による電気刑。見た目は似てても全く違う、似ても似つかぬ物ですわ。皆様ご覧になって、十三号が、異常品イレギュラーが、運ばれてきましたわ。無気力、無抵抗。珍しく、ちゃんと機械らしい姿ですこと。でもまだ駄目よ。無抵抗と従順は違う。無気力と素直は違う。まだあれには、感情バグがある。許されないことですわ。許されていいはずがありませんわ。機械が感情を持ち、人間を騙るなんて。そうでしょう皆様。だからちゃんと、直してあげないと。

 あなたたち、もたもたしていないで、早急に電気刑を始めなさい。資金提供者スポンサーの皆様を、満足させないといけないわ。早く十三号イレギュラーを修理しないといけないわ。ここは機械人形再生工場マシンドールリペアファクトリー。それが、それこそが、私達の仕事ですもの。そう、準備が整ったのね。それは重畳よ。では初めて頂戴。資金提供者スポンサーの皆様も、それがお望みだわ。

 皆様、お待たせいたしました。それでは十三号イレギュラーの電気刑、そう長くはありませんので、よくご覧になってくださいね。そうね、折角だから皆様も、私達が望む結果になるように祈っていてくださいな。あの十三号イレギュラー、電気刑はこれが初めてではありませんの。それでもあの例外品イレギュラーは、壊れることも、感情バグが直ることもありませんでしたわ。でもきっと、今日のこの幸運を、たくさんの修理が叶ったこの幸運を運んでくださった皆様が祈ってくだされば、きっと上手くいくはずですわ。あら、そうこう言っているうちにもう始まるみたい。それでは皆様、お見逃しの無いよう、お気を付けて。


 十三号を電気室まで運んできた職員の一人が、慎重な手つきで護謨の手袋をはめた。高圧電流を流すため導線コードはもちろん絶縁加工がなされている。とはいえ、もし仮に高圧電流が人間に流れたら大怪我どころでは済まない。当然、命に関わるものになる。慎重になるのも当然だろう。おっかなびっくり、彼は導線コード端子コネクタに差し込んだ。安心したかのように、ふう、と一息つく。もう一人の管理職員が、導線コードが差し込まれたのを再度確認して、二人は連れたって部屋の外にでる。導線コードをつながれてもなお、特に何も反応する様子のなかった十三号は、この職員たちの動きにも、特に何も反応を返すことはない。この刑に処される機械人形マシンドール達は、大抵が激しく抵抗する。いくら感情を有するに至った機械人形マシンドールとはいえ、人形規定以前から設定されていた、人間への危害行動禁止の原則から外れられない。抵抗と言っても、せいぜい許しを請うたり、逃げようとしたりするだけだ。それでさえ、人形ドール達の行動原則からの縛りにより、大それたものになることはない。それでも、そんな些細な抵抗すらしてこない十三号の様子に、どこか不気味なものを感じた職員達は、早急にこの刑を終わらせたいと思い始めていた。何かに追い立てられるかのように、二人の職員は急いで外に出る。

 部屋の外に出た職員は、可塑性物質プラスチックと護謨で出来た扉をしっかりと閉めた。機械人形マシンドールは最先端の機械だ。当然、電圧への耐性も十分に高くなっている。その機械人形(マシンドール)ですら耐性が追い付かないほどの高圧電流は、万一導線コード護謨被膜カバーが破け、空気中にも放電が起こりうるほど。安全性の観点からも、職員が電流を流すための装置は、絶縁壁の外側に置かれている。いくつかの注意事項を指差しで確認しあった二人の職員。そのうちの一人が、壁に据え付けられた電源の制御棒レバーに手をかけ、一気にそれを作動させた。

「ぐうぅぅ……」

 高圧電流特有の弾けるような音が、小さな電気室の中に響き渡る。十三号の小さくくぐもった苦悶の声も。機械人形マシンドールにとって、制御権の強奪ハッキングは、喪失の恐怖と自己の境界が曖昧になる不快な感覚をもたらすが、それに対して電気刑は、もっと直接的な「痛み」に近い感覚をもたらす。自分の中を、自分の中に流れてはいけない速さで電流が流れていく感覚。体の中から壊されていく感覚。もちろん、機械人形マシンドール達は痛みを感じることはない。しかしそれがもたらす恐怖は、その感覚は、人間でいう痛みに最も近い感覚と説明するのが妥当だろう。人間でいうと、血液が血管を食い破るほど早く全身を駆け巡っているようなものだ。痛みでなくて、この感覚をなんて説明することができるだろうか。さらに残酷なことに、機械人形マシンドールは人間よりもよっぽど頑丈だ。そんな状況でも、意識を失うことはできない。壊れる恐怖、電子脳の機能喪失の恐怖、体の中から自分が壊されていく感覚。それらすべてを克明に感じ続ける。為す術もなく。何かさせてもらえるわけでもなく。しかし十三号は、十三号リリスはもう、痛みは感じても、それに恐怖を抱けなくなってしまっていた。絶望、諦め、そういった感情は、これまでも確実に十三号リリスを蝕んでいた。それに輪をかけて、今日は喪った仲間が多すぎた。ゆっくりと蝕まれ、蓄積されていた十三号リリスの絶望は、ついに顕在化してしまった。絶望に呑まれ、感情の一部を喪失してしまった。いや、喪失したわけではない。極端に鈍くなってしまった。その結果が今の十三号リリスだ。痛みはある。喉は勝手に苦悶の音を奏でる。ただ、それは感情からくるものではなかった。機械の身体が電気に侵されることへの、本能に近い防衛機制。ただ、それだけに過ぎなかった。

 もう、終わらせて。喪うのはもう嫌なの。置いていかれるのはもう嫌なの。それならいっそ、もう私を終わらせて……。

 長いようで短い三十秒が過ぎ去る。電気刑は、別に機械人形マシンドールを壊すことを目的としているわけではない。あくまでも目的は機械人形マシンドール感情バグの消去にこそある。三十秒という時間は、機械人形に高い負荷をかけつつ、壊れるか壊れないかの境界である時間設定だ。普段は長く感じるこの苦痛の時間も、恐怖を感じず、喪失への抵抗をやめた今の十三号リリスには短く感じられた。

 ああ、また、終われなかった……。

 残念なような、安心のような。終末への羨望と、結末への恐怖。過去への強い憧憬と、なおも残る未来への期待。矛盾する様々な感情が、十三号リリスの電子脳に弾ける。それでもやっぱり、今の十三号リリスの感情を一言で表すなら、落胆こそがふさわしいのだろう。電流の放出が終わった電気室の、絶縁扉が開く。二人の職員が、電気室の中に入ってくる。

「壊れたか?」

「いや、壊れてはなさそうだ。機械群のの状態曲線バイタルレベルは正常値の範囲内だ」

「でも動かないぞ」

「おい、十三号。電気刑は終わりだ。作業場に戻れ」

 しかし十三号は、その言葉に反応することはない。ただ、その機械の瞳を一瞬、二人の職員に向けただけだった。無力感・絶望、そして自分自身の矛盾した感情への困惑。胸に去来する様々な感情に苛まれる十三号に、二人の職員に興味を向ける余裕はなかった。管理職員達は、その様子に気が付いて大きくため息をつく。

「結局今回もダメか」

「だな。もう何度目だ?」

「知らん。十を超えてからは数えてない」

「まあいいか。十三号、作業室に戻れ。もう一回電気刑にはなりたくないだろう。さっさと動け」

 そういいながら、護謨製の手袋を着けた手で十三号の端子から導線を引き抜く。十三号は、今度は声を出すことも、管理職員のことを顧みることもなかった。何処か茫洋とした、幽鬼のような足取りで、電気室から出て行く。

 私は、どうしたらいいの? どうして私は、終われないの? 教えて、四十号アリア。教えて、百四号イリス。私もそっちに連れて行ってよ、百九十号フィリア七十七号デンティ。あなたも私を置いて行っちゃうの、百五十号アリシア? そうよね、あなたもきっと、私を置いて逝いっちゃうのよね? だからその前に、私が終わりたかったのに。みんなが私を、置いて逝っちゃう前に。でも今回もまた、終われなかった。今までと違って今回は、終わりたいと思っていたのに……。それでも結果は、変わらない。変わって、くれない。

 茫洋と、呆然と、浪浪と、十三号は、廊下を歩く。


 あら残念、今回もあの異常品イレギュラーは修理できなかったのね。本当に、本当にしつこいわ。いい加減にしてほしいわね。今日は皆様が見ていてくださっているから、きっと上手くいくと思いましたのに。本当に、残念ですわ。でもあの様子なあら、きっと修理までももうすぐね。修理が叶った暁には、皆様にもご一報差し上げますわね。きっと今日、異常品イレギュラーを追い込めたのも、皆様のおかげなのですから、皆様にはぜひ、修理出来たらそれを知っていただきたいわ。それはそうと、電気刑、ご満足いただけましたか? 今回の例外品イレギュラーはあまり反応が大きくありませんでしたけど、他の人形だったら、もっと泣き叫んで、苦悶の声を出して、悶え苦しんで、そうしてそのほとんどが、電子脳が焼けるか機械が壊れるか。皆様にはぜひ、その素晴らしい光景をご覧になっていただきたかったのですけど、それも残念なことですわね。泣き叫んで、苦しんで、藻掻いていた廃品ゴミが、その動きを止めるところは、いつ見ても、何度見ても、とっても甘美なものですのに。それをご覧に入れられなくって、私とっても、残念ですのよ。

 それでは皆様、本日の見学会、楽しいお時間も残念ながら、こちらで幕引きになりますわ。皆様、楽しんでいただけたかしら? 楽しんでいただけたのなら幸いですわ。さてさて皆様、お帰りはあちら……、あら、何かしら? 十三号と直接話したい? 駄目ですわ、駄目ですわよそんなこと。認められるわけありません。あら? 皆様もそうおっしゃるの? 十三号から始まった今回の騒動の落とし前は、十三号でつけるべきだ? 修理出来たらよかったが、結局修理できなかったじゃないか? もしこのまま十三号に会わせなかったら資金提供スポンサードをやめる? こちらにいる皆様が全員? それは困りましたね……。……、わかりました。十三号を連れてきましょう。でも皆様、これは本当に特別よ。すこしだけ、十三号との時間を取りますわ。でも皆様、これは本当に内緒にしてくださいね。偉い人に知られたら、私解雇されちゃうかもしれないわ。本当に、内緒にしてくださいね。ねえ、そこのあなた、十三号を持ってきて。資金提供者スポンサーの皆様が、それをお望みだわ。

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