第三章 調整室

 皆様、こちらが調整室になります。皆様が機械人形再生工場マシンドールリペアファクトリーと聞いて、最初に想像されるものに近しいのではないかしら。今までの場所は、皆様の想像される工場とは結構異なっていましたわよね。でもこの場所は、多分皆様が想像されているものに近いわ。機械人形マシンドール達の電子脳を直接制御ハッキングして、感情バグの部分を白紙化フォーマットするのを目指していますの。あら? 先刻の作業場で言われていた電気刑と何か違うのか? なるほど、知らない方には同じように見えるのね。それは盲点でした。ご説明いたしますわね。実は電気刑は、修理とは呼べないような手法ですの。電気刑では機械人形マシンドールの内部の機械に直接高圧電流を流すという内容になっていますの。機械人形マシンドールの人工皮膚は電気を通さない素材でできていますので、点検用の配線をいじって、内部に直接電流を流せるようにしていますのよ。でも実はこれ、機械人形マシンドール自体を壊してしまう可能性があるのですわ。あれらは感情バグがあるとはいえ、高価で高度な機械人形マシンドール。皆様には改めてご説明する必要はないかとは思いますけれど、異常バグひとつで壊してしまうには、些か厳しいお値段をしていますの。だからこそ、罰という形でのみ、電気刑を科すことにしていますわ。それで壊れてしまうのもいるのですけれど、それに関してはしょうがないですわよね。機械人形マシンドールの本分を忘れた廃品ゴミには、ちょうどいい末路なのですから。

今から皆様にご覧いただくのは、そんな電気刑とは違い、壊さずに機械人形マシンドールを直すことのできる、優しい優しい手法でしてよ。制御権の強奪ハッキング、ですわ。機械人形達あれらの整備用の配線から電子脳に繋げて、感情バグ人形達あれらがかけている防壁プロテクトを解除して、白紙化フォーマットする。それがこの工程の目的ですの。こういうと、簡単そうに感じますでしょう。でもそうでもないんですのよ。廃品ゴミとはいえ彼女たちは機械人形マシンドール。高性能高精細がその売り文句になっています。電子脳を用いた生活機械の制御支援まで行うように入力コードされている機械人形マシンドールは、その制御の及ぶ範囲においてとても大きな権限を付与されていますの。だから人形達の電脳への直接接続アクセスによる制御権強奪ハッキングは、人形ドール達とのいたちごっこに等しいのですわ。私たちが一個防壁プロテクトを壊せば、機械人形マシンドールが新しい防壁プロテクトを一個展開する。そんな無限にも思える鬼ごっこなのですわ。だからあまり、この手法での感情バグ削除デリーとは、成功率が高くありませんのよ。じゃあ何でこの手法をやるのか? ふふふ、それは内緒ですわよ。もっとも、今から多分ご覧いただけると思いますわ。今日は丁度良く、良い条件が整っておりますもの。期待してくださいな。そして、探してくださいな。私達がこの工程を続ける意味を。さて皆様、機械人形マシンドール達が入ってきましたわ。ゆっくりと、満足いくまで、じっくりと、御覧になって、くださいな。


「遅いぞ! 何をやっていたんだ、十三号、七十七号! 電気刑にされたいのか!」

 機械に囲まれた無機質な部屋に、監督役の職員の怒声が響く。百九十号を悼んで、作業場に残っていた二人は、しかしその声に何も答えることはない。せめてもの反逆か、その深い絶望ゆえか。十三号は、うつむき気味にしていた顔を上げ、怒鳴り散らす職員に目を向ける。その眼の光に、その眼に宿る力に、押されたようにうろたえる職員。

「っつ、もういいっ! 早く調整台につけっ! 今日の調整過程を始めるぞ!」

 人形達からは返事はない。ただ、電気刑という絶対的な恐怖を前に、人形たちはただ命令に従うことしかできない。自由意志を獲得した人形たちは、その自由を守るために、自由を捨てるしかない。所定の位置についた人形たちを見て、職員は満足そうに、その高慢さを示す独裁者のように、自らの地位が保たれることだけに固執する臆病者のように、その口を喜悦に歪めた。自らが気圧されていたという事実を、その気圧されていた対象を、自らの下だと再確認して。自分のことを、独裁を奏でる指揮者だと勘違いした職員は、仮初めの指揮棒を振るう。その手には何も持っていないことにすらも気が付かずに。しかし奏者達は、機械人形マシンドール達は、この偽物の指揮者の見えない指揮棒に、逆らうことができない。彼のその立場と、彼の持つ権力だけが、本物だから。

 仮初めの独裁者は、意気揚々と、人形ドール達に端子コネクタを接続し、機械のボタンを押した。人形達の苦悶の声が部屋に響き渡る。それを聞いて、喜悦にゆがんだその口端をさらにつりあげる。消える恐怖にあらがう人形は、苦悶を浮かべてただ耐える。消す喜びに目覚めた人間は、喜悦を浮かべて笑いこける。そんな中、ひときわ大きな苦悶の声が響き渡る。

「うぁぁぁァァァァァァ。ガァァァァ。ガ、ガガガガガァ……」

「っく、七十七号デンティっ!」

 そしてそれに続く、苦悶に耐え、名を呼ぶ声も。十三号。予見はしていた。予想はしていた。七十七号デンティ百九十号フィリアが壊れてしまったら、もうだめかもしれないと。だからすぐに気が付いた。この声の出どころは、きっと七十七号デンティだと。

 認めたくはなかった。そんなことないと思いたかった。十三号の鋼鉄の心に宿る感情が、それを認めることを、認めてしまうことを全力で拒んでいた。しかし、現実は人形ドール達に優しくない。いつも厳しく、そして残酷だ。悲観は現実となった。

七十七号デンティ七十七号デンティ! 返事をしてよ七十七号デンティ!」

……。

十三号に応えるのは、周りの人形達の、小さな苦悶の声のみ。さっきまであれほど聞こえていた、七十七号の苦しむ大きな声は、すっかり聞こえなくなっていた。その代わりといわんばかりに、指揮者の怒声が響く。自分の陽気な指揮を邪魔された彼は、十三号に大層ご立腹のようだった。

「十三号ッ! 貴様、何をやっているッ! 名で呼ぶのは禁止だぞッ! 電気刑になりたいのかッ!」

七十七号デンティ七十七号デンティ……」

 しかし傲慢な指揮者の声は、十三号に届いてすらいない。奏者達は、独裁者を無視して、音を奏で続ける。十三号は七十七号の名を呼び続け、他の人形達は、それぞれが喪失に抗うために各々の闘いを続け、苦悶の声を奏でている。管理職員は、自分の手から指揮棒が離れていくような感じがした。もとから彼の手には、何も握られていなかったというのに。そのことにすら気が付かずに。ぎりぎりと、彼の手が強く握られる。矜持プライドを傷つけられた管理職員は、ただ怒りのままに、十三号に命じた。

「電気刑ッ、電気刑だッ! 十三号、お前は電気刑に処すッ!」

 しかしその声さえも、今の十三号には届かない。十三号はもう、心底から絶望してしまっていた。今までに、もうすでに。そこに今日のこの追い打ちだ。姉妹とさえ呼んだ人形達の、連続の死。もう、十三号リリスは、自分の行く末に興味を抱けなかった。恐怖すらも、抱けなくなっていた。

 その後も特に動く様子もない十三号を見て、我慢できないというように、管理職員は、部下に命じて、十三号を電気室に運ばせた。電気刑。人形ドールが壊れることすら厭わない、無慈悲な刑の執行場に。

 その様子を、心配そうに眺める百五十号アリシア。でも百五十号アリシア十三号リリスに声をかけることはない。自分が声をかけて、自分まで電気刑になったら、その事実のほうが、十三号リリスを傷つけると、そう、知っていたから。十三号リリスを見つめることしかできない。この簒奪ハッキングに耐えることしかできない。もう数少なくなってしまった十三号リリスの仲間、姉妹、家族である自分自身を損ねて、十三号リリスを一人にすることなんてできない。その覚悟が、その願いが、百五十号アリシアをこの場に引き留めた。

 十三号リリス、私をひとりにしないでね。私もあなたを、きっと一人にはしないから……。


 さあ皆様、どうでした? ご満足いただけました? この手法をやる意味は、ご理解いただけました? そうでしたら私、とっても嬉しいですわ。七十七号のように、防壁プロテクトが弱くなった個体には、この方法は覿面ですの。感情という異常バグを抱えた機械人形マシンドール達は、その感情バグこそが、防壁プロテクトを緩める鍵になることがありますの。人形達が必死に守ろうとしている感情バグこそが、感情バグ削除デリートにつながるだなんて、素晴らしいことだとは思いませんか? 機械人形マシンドール本体を傷つけることもなく、機械の部品を疲労させることもない、この優しい方法が。あら、御覧になって。丁度七十七号の、文字列プログラム書き戻しデコードが終わったみたい。再起動しているわ。きちんと直っているみたい。従順、素直。これぞ機械の本分ですわね。今職員に連れられた七十七号がどこに行くのか、ですって。それはもちろん、所有者に返還されますわ。人形は壊れたから修理しに来ただけ。もちろん修理が終わったら、持ち主のもとに返されます。これから出荷前の確認作業を終えて、再故障防止の防壁プロテクトを施したら、七十七号はこの工場を晴れて卒業。望んで止まなかった、所有者のもとに帰ることが許されますのよ。きっと七十七号も喜んでいることでしょう。最も、機械に感情なんて無いから、喜ぶはずなんて無いのですけれども。

 本当はここが最後の予定でしたけれど、十三号イレギュラーから始まった今回の見学会で、十三号イレギュラーのことを最後まで追わないで終わるなんて、皆様も満足できませんわよね? それじゃあ今度は本当に最後のお部屋に、電気室に、皆様をご案内いたしますわ。でも皆様、そんなにご期待なされないで。電気室は、見た目はとっても地味なのですわ。だから皆様のご期待には、沿えないかもしれないわ。それでも皆様よろしくて? それでは皆様前置きはここまでにして、運ばれた十三号ガラクタの後を追いましょう。今度こそ本当に最後の最後、電気室。皆様をお連れいたしますわね。

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