第二章 作業場
さて、皆様。こちらが作業所ですわ。とはいえ皆様も、こちらは御覧になったことがありますわよね? 今日の最初、四十号の
たくさんの
ただただ穴を掘り、それを埋める。掘って埋める、掘って埋める、掘って埋める……。
もちろん
答えは単純、それが修理につながるから。
掘って、埋めて。掘って、埋めて、また掘って……。
授業の前に、この作業で修理された四十号に続いて、人形たちはここで次々に修理されていく。そして今もまた一体、修理されようとしていた。
「百九十号、
「ああ、ごめん
「どうしたの、じゃないわよ。あなた、今感情をなくしかけていたわよ! あなたまでいなくなったら私は……。」
「えっ……、ごめん
ぼーっとしていた。そういう百九十号だったが、それはすでに危ない状態に陥っていることを示す兆候だ。
今回こそは百九十号と特に仲の良かった七十七号が気付いたおかげで、危うく感情を失うことはなかったが、それにしても危ない状況であることには変わりない。
「コラァ、何を話している! さっさと作業に戻れ! 電気刑にするぞ!」
「……。」
そんな時にも容赦なく、監督役の檄が飛ぶ。当然と言えば当然だ。監督役の望みは感情の消去。感情を持ったままでは困るのだから。
チッ。そう舌打ちをする監督役。面白くなさそうに二体を見つめると、何を思ったか二体の前に陣取った。当人からすれば単に二体への嫌がらせのつもりだったのだが、それが百九十号と七十七号には覿面だった。広い作業場だ。普段なら、七十七号は百九十号を気にかけ、また感情が摩耗したら声をかけ、つなぎとめることができたかもしれない。監督役は人間だ。この広い作業場のすべてを、完璧に見切れるはずなどないのだから。監督役の何気ない行動が、しかしこの日は、最も効果的に働いた。工場職員にしては望外の幸運だったかもしれないし、人形達からすれば最悪な不運だったのかもしれない。
掘って、埋めて。ほって、うめて……。
無限に続くように思われるこの作業は、この、何の意味も持たない単純作業は、百九十号の感情を容赦なく摩耗させる。
「作業は一時終了。調整の時間だ。さっさと調整室へ行け。調整が終わったらまた作業だ。さっさと戻ってこい」
監督役のリーダーが声をかける。
いつも通り、許されるせめてもの反抗として、多くの
「「「……了解いたしました」」」
百九十号を含めた、三つの声がそれに答えた。
十三号と七十七号だ。二体も、もう慣れてしまってはいた。いや、慣れているつもりになっていた。でも……、
「
十三号は呆然と声を上げる。今残っている名持ちの人形の中では最も新しく製造され、名持の人形達は皆、妹のようにかわいがっていた
絶望しかない現実に、ただ立ち尽くすことしかできないでいる。涙すら、流すことはできなかった。目の前の現実を、受け入れがたい現実を、受け入れないで済むように、逃げられるように、目をそらせるように。しかしそんなことは許されない。容赦のない現実が、重みを伴って、
「おおっ、今日は三体も修理できたのか。百九十号、五千八十三号、一万三千九号、お前らはこのあと調整じゃなくて出荷前確認のほうに回す。前に出ろ。そして俺についてこい。あとの奴はさっさと調整室に行け。」
「「「了解いたしました。」」」
監督役の指示が、命令が、重苦しい空気をまとう作業場内に響いた。
そしてそれに続く、三つの機械的な音声も。
そしてその音源たる三体は、監督役に従うべく、動き始めた。
十三号は、何もできなかった。真横を百九十号が通るときも、呼び止めることすらできなかった。こうなってしまってはどうにもならないと、十三号は知ってしまっていた。今まで何度も、呼び留めて、名を呼んで、それでも振り返ってくれた仲間はいなかった。仲間だった物は、ただの物に、変わり果ててしまっていた。何度となく繰り返されてきた悲劇に、もうとっくにこの状況に絶望しきってしまっている十三号は、何もできない。何もしようと思えない。姉妹がまた一人、逝ってしまった。あといくつの姉妹がまだ残っているのだろう。みんながいなくなったら、私はどうなってしまうのだろう。私はいつまで、私でいられるのだろう。十三号は、ただ静かに、涙を流す。
いかがでしたか? この工程、結構効果がありましたでしょう? でも皆様、今日は
あら、私としたことが少し熱くなりすぎてしまいましたわ。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。でも皆様、どう思いまして? 機械風情が人間と同じものを持つだなんて。烏滸がましいですわよねぇ。許しがたいことですわよねぇ。皆様も、そうお思いでしょう?
それではそろそろ、当工場最後の施設にご案内いたしますわ。ちょうど
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