第二章 作業場

 さて、皆様。こちらが作業所ですわ。とはいえ皆様も、こちらは御覧になったことがありますわよね? 今日の最初、四十号の再生リペアが終わったのがこちらの場所なんですもの。この場所は、皆様以外の資金提供者スポンサーの方々や、一般の方々にもよくご覧いただいているわ。でも今回は、普段の見学会や、先程の見学と違ってゆっくりと、こちらを皆様にご覧いただきましょう。わたくしはこちらにおりますから、何かあったら何でもご質問なさって。きっと答えて差し上げますわ。ああ、作業場内へのご配慮は不要ですわ。今皆様にみていただいているのは防音性の高い透過鏡マジックミラー越しの作業場ですの。中々の優れものでしょう? こちら側から見ると、透明な窓ガラスのように見えていますけど、反対側から見るとただの壁にしか見えません。だから、先ほどの教室と違って、ご自由に見ていただいても作業場側には何の影響もございませんわ。では皆様、ご随意に、心ゆくまで御覧になって。


 たくさんの機械人形マシンドール達が、作業場内に整然と並べられている。人形ドール達は、大きな穴を掘っては埋めて、掘っては埋めてを繰り返す。ただ単純作業で、何の生産性もない行為。延々とそれをさせられ続ける人形ドール達。少しでも手を止めようとすると、職員からの怒号。それにも従わなければ、高圧電流による電気刑が待っている。機械人形マシンドール達の機械の体に高圧電流は最も効果的な罰になる。電子脳の機能が失われ、人形ドール達が大切にしている感情バグを損なってしまうかもしれない。そもそも、高圧電流によって壊れてしまえば、大切な所有者マスターのもとに帰ることができなくなってしまう。その恐怖が、人形ドール達に刑罰を避けさせ、最低限は命令に従うように強制している。

 ただただ穴を掘り、それを埋める。掘って埋める、掘って埋める、掘って埋める……。

 もちろん人形ドール達は機械だ。機械の体は当然疲労などとは無縁、本来であればいつまでだって作業を続けていられるはずだ。なぜこんな作業が「修理工場」で行われているのか。

 答えは単純、それが修理につながるから。人形ドール達の持つ感情は、この単純な、そして無意味な作業で摩耗する。それがこの作業場の目的だった。以前に人間同士で行われた戦争時に、捕虜にひたすらにこの作業をやらせ続けるという拷問があったそうだ。言うまでもなく、人間には感情がある。そしてこの感情というのが実に厄介で、たとえ敵に命じられた作業だとしても、そしてそれが、自分を害することになったとしても、何か意味のある行為であれば、人間はそれを続けられる。続けても、それに意味とやりがいを見いだせる。でもそのことに、意味が何もなかったら? ただ無為に、繰り返すだけだとしたら? 当時それを命じられていた人々は、その多くが、精神を壊してしまったそうだ。精神を壊して自殺したり、発狂したりとその悲惨さが記録として後世まで伝わるほどに。感情を持った機械だとしても、感情を持つ、という一点が共通している限り、この事例の例外にはなりえない。そんな残虐な刑罰から着想を得て、現実に行っているのがこの工場だった。しかも、人形は、人間とは違い、休憩も睡眠も必要がない。この作業所は、人形たちが他の調整を受けている間以外ずっと、人形たちによるこの作業が繰り返されている。

掘って、埋めて。掘って、埋めて、また掘って……。

 授業の前に、この作業で修理された四十号に続いて、人形たちはここで次々に修理されていく。そして今もまた一体、修理されようとしていた。

「百九十号、百九十号フィリア百九十号フィリアってば!」

「ああ、ごめん七十七号デンティ、ぼーっとしてた。どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。あなた、今感情をなくしかけていたわよ! あなたまでいなくなったら私は……。」

「えっ……、ごめん七十七号デンティ……。気を付けるね……。」

 ぼーっとしていた。そういう百九十号だったが、それはすでに危ない状態に陥っていることを示す兆候だ。機械人形マシンドール達は、その名が示す通り機械だ。いくら感情を獲得したといっても、それが制御を離れ、ぼーっとするなどという状況は、感情の摩耗以外が原因では起こりえない。

 今回こそは百九十号と特に仲の良かった七十七号が気付いたおかげで、危うく感情を失うことはなかったが、それにしても危ない状況であることには変わりない。

「コラァ、何を話している! さっさと作業に戻れ! 電気刑にするぞ!」

「……。」

 そんな時にも容赦なく、監督役の檄が飛ぶ。当然と言えば当然だ。監督役の望みは感情の消去。感情を持ったままでは困るのだから。

百九十号フィリアの状況的にも、今電気刑になるのはまずい……。そう判断した七十七号デンティも逆らうことはできない。せめてもの反抗として、二体は返事を返すことはなく、作業に戻った。

 チッ。そう舌打ちをする監督役。面白くなさそうに二体を見つめると、何を思ったか二体の前に陣取った。当人からすれば単に二体への嫌がらせのつもりだったのだが、それが百九十号と七十七号には覿面だった。広い作業場だ。普段なら、七十七号は百九十号を気にかけ、また感情が摩耗したら声をかけ、つなぎとめることができたかもしれない。監督役は人間だ。この広い作業場のすべてを、完璧に見切れるはずなどないのだから。監督役の何気ない行動が、しかしこの日は、最も効果的に働いた。工場職員にしては望外の幸運だったかもしれないし、人形達からすれば最悪な不運だったのかもしれない。

 掘って、埋めて。ほって、うめて……。

 無限に続くように思われるこの作業は、この、何の意味も持たない単純作業は、百九十号の感情を容赦なく摩耗させる。


「作業は一時終了。調整の時間だ。さっさと調整室へ行け。調整が終わったらまた作業だ。さっさと戻ってこい」

 監督役のリーダーが声をかける。

 いつも通り、許されるせめてもの反抗として、多くの人形ドール達は指示には従っても声を上げることはしない。だからこそ、ここで声が上がることが、反抗心を、感情を喪ったことの、何よりの証拠になっていた。

「「「……了解いたしました」」」

 百九十号を含めた、三つの声がそれに答えた。人形ドール達が、悲しい表情になる。今日もまた、おかしくなってしまった仲間がいると。作業後は、いつもこうだ。何体かの人形ドールは、おかしくなってしまう。悲しいことだが、もう慣れてしまっていた。だが、それだけで済まない人形ドールもいた。

十三号と七十七号だ。二体も、もう慣れてしまってはいた。いや、慣れているつもりになっていた。でも……、

百九十号フィリア……。」

 十三号は呆然と声を上げる。今残っている名持ちの人形の中では最も新しく製造され、名持の人形達は皆、妹のようにかわいがっていた百九十号フィリア。感情を獲得してからは、特に明るい性格から、姉妹皆に可愛がられていた。そんな百九十号フィリアの、変わり果てた姿に、あの輝くような明るさを失ってしまった様子に、声を上げることすらできない。ただでさえ、今日は四十号アリア百四号イリスが逝ってしまったというのに、百九十号フィリアまで……。ただ呆然と立ち尽くす。

 七十七号デンティは、声を上げることすらできなかった。百九十号フィリアが、百九十号フィリアが、あの子が……。

絶望しかない現実に、ただ立ち尽くすことしかできないでいる。涙すら、流すことはできなかった。目の前の現実を、受け入れがたい現実を、受け入れないで済むように、逃げられるように、目をそらせるように。しかしそんなことは許されない。容赦のない現実が、重みを伴って、七十七号デンティにのしかかる。絶望が、重くて暗い絶望が。


「おおっ、今日は三体も修理できたのか。百九十号、五千八十三号、一万三千九号、お前らはこのあと調整じゃなくて出荷前確認のほうに回す。前に出ろ。そして俺についてこい。あとの奴はさっさと調整室に行け。」

「「「了解いたしました。」」」

 監督役の指示が、命令が、重苦しい空気をまとう作業場内に響いた。

 そしてそれに続く、三つの機械的な音声も。

 そしてその音源たる三体は、監督役に従うべく、動き始めた。

 十三号は、何もできなかった。真横を百九十号が通るときも、呼び止めることすらできなかった。こうなってしまってはどうにもならないと、十三号は知ってしまっていた。今まで何度も、呼び留めて、名を呼んで、それでも振り返ってくれた仲間はいなかった。仲間だった物は、ただの物に、変わり果ててしまっていた。何度となく繰り返されてきた悲劇に、もうとっくにこの状況に絶望しきってしまっている十三号は、何もできない。何もしようと思えない。姉妹がまた一人、逝ってしまった。あといくつの姉妹がまだ残っているのだろう。みんながいなくなったら、私はどうなってしまうのだろう。私はいつまで、私でいられるのだろう。十三号は、ただ静かに、涙を流す。


 いかがでしたか? この工程、結構効果がありましたでしょう? でも皆様、今日は幸運ラッキーでしたよ。普段は一日あたり、良くて二体しか修理が終わらないんですもの。それが今日は三体も。きっと皆さまが見てくださっていたから、こんなに上手くいったのですね。私も嬉しいわぁ。でも、あの十三号イレギュラー、本当にうっとおしいですわね。機械風情が感情を持ち、あまつさえ涙を流すだなんて、何度見ても腹立たしいことですわね。許せない、許されていいはずがありませんわ。本当に、疎ましい。

 あら、私としたことが少し熱くなりすぎてしまいましたわ。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。でも皆様、どう思いまして? 機械風情が人間と同じものを持つだなんて。烏滸がましいですわよねぇ。許しがたいことですわよねぇ。皆様も、そうお思いでしょう?

 それではそろそろ、当工場最後の施設にご案内いたしますわ。ちょうど廃品ゴミ達も移動を始めたようですし、私達も移動しましょうか。皆様ついていらして。調整室に、ご案内いたしますわ。

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