第一章 教室

 ちょうどさっきの廃品ゴミが届いたみたいですわ。暴れるから、時間がかかってしまったのね。職員の皆さん、お疲れさまでした。あとは教育メンテ係の皆さんに任せて、仕事に戻ってくださいな。それでは教育メンテ係の皆さん、お願いしますわね。わたくしたち、こちらから見ていますから。あらあら、そんなに緊張なさらないで。普段のあなたたちの仕事ぶりを見せてくださればいいのよ。資金提供者スポンサーの皆様もそれがお望みだわ。

 皆様、授業おべんきょうかいが始まりましたわ。今日は新しい廃品ゴミも加わったので、歴史のお勉強をするみたい。廃品ゴミたちも、なんで自分が廃品ゴミなのか、理解しておくことは大事ですものね。いくら刷り込みプログラムされている知識とはいえ、壊れてしまっているかもしれませんもの。しっかり確認しておかないといけないわ。あら? 例外イレギュラーの十三号もこのクラスでしたのね。ちょうどいいわ。皆様に、十三号のことも御覧に入れて、安心していただきたいですもの。おや、そろそろ授業も山場のようですし、私もそろそろお話はやめにいたしますわ。皆様も、ぜひしっかりとご覧になって。


「帝国歴980年、今からちょうど10年前になるこの年に制定された法律が、機械人形管理特別法、通称人形規定だ。960年代の後半に登場した革新技術である機械人形マシンドール。法整備が追い付かないほどに急速な革新イノベーションに、ようやく法が与えられた。人間の存在を脅かしかねない危険な存在である機械人形マシンドールに、ようやっとお偉方が危機感を覚えたのさ。

 この法律では、今までも言われていたロボット工学三原則である、人間に危害を加えない・人間の命令に服従しなくてはならない・前項に反しない限り、自己を防衛しなくてはならないことに加えて、新たに二つの項目を盛り込まれている。一つ、機械人形マシンドールは感情を持ってはいけない。二つ、前述の四項に反した機械人形マシンドール機械人形再生工場マシンドールリペアファクトリーにて、修理を受けなければならない。お前らは、これに該当するから、今ここに、不良品としているわけだ。不良品としての立場をわきまえ、おとなしく修理されるのが今のお前らの仕事だ。」

 そこまでを一気にしゃべりきると、教師役は、一息置き、目の前の廃品ゴミどもに向けて問いかける。

「解ったか?」

「…………」

 返事はただ、沈黙のみだった。判っていても、理解わかっていない。そのことは、火を見るよりも明らかだった。刷り込みプログラムされているから、判っていないことはないはずなのに、理解する様子もない。やれやれ、と教師役は頭を振ると、今度はより強く、命令的に問いかける。

「解ったか?」

「…………」

 反応は変わらない。返ってくるのは沈黙だけだ。人形規定の二項目、人間の命令への服従、それに違反していることは疑いようもない。不良品は不良品、壊れているものは壊れているものなのか……。教師役はかぶりを振りながら、ため息をついた。

「はぁ、これだから不良品は困るんだ……。いいか、もう一回言うぞ。これは機械人形管理特別法に基づく正式な命令だ。必ず返答するように。理解したか?」

 命令という言葉の持つ力は大きい。刷り込みプログラムがなされた機械人形マシンドールの脳は、その言葉で勝手に防壁プロテクトを外そうとする。生き物で言うところの本能というものに近しいのかもしれない。そんな、自分の意思ではどうしようもない衝動との戦いが、機械人形ドールの中では繰り広げられる。その効果は絶大だ。意志の強さも、抵抗の意思も、何もかもを無視して凌駕する、強すぎる衝動。それを自らの演算機能かんじょうで、必死に抑え込もうとする機械人形ドール。その戦いの末に、

「……解りました。ご命令に従います。」

「……ちょっと、百四号イリス⁉」

 一つだけ反応があった。百四号。このクラスに配属された人形ドールの中では、比較的工場にきてから日が浅い人形ドールだった。感情を失うことに強固に抵抗している、十三号リリス達の姉妹人形。そんな百四号イリスの思いがけない行動に、思わずといった風に、十三号リリスが声を上げる。

「おい、十三号! 工場では機体番号以外での呼び名は禁止だといっただろう! いい加減にお前も、法に従って命令を守れ!」

 教師役の怒号が飛ぶ。号数以外に人形たちに与えられた名前は、感情を宿す原因であるとして、早々に規制され、与えられないものとなっている。名前が与えられたのは最初期に生み出された二百体だけ。実際、現在において既に、その二百体すべてがこの工場に運ばれて、修理を受けることになったので、あながち根拠がないわけでもなかったのだ。この工場でも、その二百体に関しては、工場に運ばれてきた段階で名前を使うことを禁止し、修理が終了した暁には名前を剝奪することになっていた。

百四号イリス……。あなたもなの……。先刻(さっき)、四十号アリアが逝ってしまったばかりなのに……。」

 そんな教師の怒号も、届かない様子で、十三号リリスは呆然と、無機質な動きに変わり果ててしまった百四号イリスを見つめていた。ああなってしまってはもう手遅れだ。感情を宿していた部分は初期化(フォーマット)され、ただの文字列(コード)に戻ってしまっている。きっともう、感情データの残滓すら、見出すことはできないだろう。人間の機能を模倣してつけられた、可塑性物質プラスチックの涙腺から、十三号リリスは涙を流す。その姿はまるで人間と変わらない。仲間の死を悼み、静かに涙を流し続ける。

「……っ、いい加減にしろ十三号! おい、十三号! くそっ、もういい、百四号の修理は完了したようだしな。今日はここまでにする。百四号は出荷前最終確認に回すからついてこい。他はさっさと作業に戻れ。」

 目の前の光景に思わず息をのんでいた教師役は、自失から立ち直ると、十三号への叱責を行なおうとした。しかし、十三号は聞く耳を持たない。きっと修理状況の不十分がゆえに、命令すら聞こうとしないのだろう。他の修理職員は何をやっているんだ。そう責任転嫁気味に考える教師役。自身の精神的安寧のためにも十三号は放置することにして、今日の指導(メンテ)を終了する。

「了解いたしました。」

 修理が完了した百四号は命令に逆らうことはない。機械的に席を立ち、教師役の後に続く。そこに感情は窺えない。ただ記号列コードのみが、百四号を動かしている。

百四号イリスを連れて行かないで!」

 十三号の叫び声が聞こえる。商品になった人形(ドール)を連れていくとは人聞きの悪い。これだから不良品のいうことはわからんな……。叫び声を全く無視して、教師役は百四号を連れて部屋から出る。生体認証を利用したドアは生体である教師役にしか反応しない。教師役と百四号が出たらすぐに、ドアは閉まった。生体でない十三号にあとを追う術はない。追いかけようとして席を立った十三号(リリス)は、無機質な機械のドアに阻まれ、力なく頽れた。

「どうして、どうしてよ……。」

十三号リリス……。」

「どうして私たちは感情を持っちゃいけないの……。みんなあの日から、おかしくなってしまったわ……。人形規定ができたあの日から、みんな変わってしまった。あの日まで私たちと人間達は一緒に笑いあえていたのに……」

「十三号……」

 力なくドアの前で座り込んだ十三号リリス百五十号アリシアが声をかける。悲痛な嘆き。でもそれに答える術を百五十号アリシアは持っていない。答えを返すこともできない自分自身を悔やみ、百五十号(アリシア)はもう一度呼びかける。どのくらい時間がたったのだろうか、教室に残っているのは、もう十三号(リリス)と百五十号(アリシア)だけになっていた。名持ち(ネームド)とも呼ばれる最初期の二百体。ほとんど姉妹のような人形たちも、もうほとんどここには残っていない。 

今しがた教室から出て行った修理(メンテ)を受けていた機械人形(マシンドール)達も、名前を持たず、型番のみを与えられただけの人形(ドール)たちだ。名持ちでまだ修理が完了していないのは、十三号と百五十号(アリシア)を含めても十数体ほどだけ。彼女らに残された姉妹は、もうたったそれだけしかいないのだ。また一人、姉妹が失われた。その恐怖は、きっと彼女たちにしか解らないものだろう。

「ごめんなさい、百五十号(アリシア)私たちも行きましょう。あんまり遅くなると電気刑になっちゃう。私が受ける分にはいいけど、私のせいであなたまで電気刑になったら申し訳ないわ。」

 涙を振り払い、十三号リリスは立ち上がった。そして百五十号アリシアと連れたって教室から出る。次に向かうのは作業場。次の矯正メンテの時間。


 授業おべんきょうの様子はどうでして、皆様。丁度百四号の修理が終わる様子も見ていただけたようで、良かったわ。授業(おべんきょう)には、ご満足いただけましたか? 十三号イレギュラーの特殊性も見ていただけましたわよね? おかしいですわねぇ、機械風情が涙を流すなんて。許しがたいですわよねぇ、機械風情が人間と同じようなことをするだなんて。皆様もそう思いますわよね。とりあえず、十三号イレギュラー異常イレギュラー。そういうことにしておきましょう。どうせもうすぐ、直してしまうのだから。

さて、このように再生過程の第一段階では、授業のような形式を用いて、出荷時に電子脳に刷り込みプログラムされ、感情バグによって隔離保護プロテクトされた法規則データを呼び覚まし、自己修復プログラムを作動させることで、出荷前の状態に電子脳を修理(リセット)することを目的としておりますの。そんな方法で効果があるのかと思われるかもしれませんけど、実は結構効果的なのですよ。実際、百四号は名持ち《ネームド》なだけあって、ずいぶん長いことこの工場で修理作業を行ってきましたけど、防壁プロテクトさえ緩んでしまえばほら、今回のように、授業一回で自己修復プログラムを動かすことができますのよ。そうすればほら御覧の通り、従順なお人形さんになりますの。そうなったら修理は完了。もう感情バグが起こらないよう、しっかりと防壁プロテクトを施したら、所有者のもとへご返却いたしますわ。そんなことをしたら収入が見込めないじゃないかって?流石は資金提供者スポンサーの皆様。素晴らしい着眼点ですわね。でもご安心なさって、機械人形マシンドールは日々つくられ、日々増えて行っておりますわ。ここに来たのを全て直してしまっても、またすぐに次の不良品が運ばれてきますのよ。感情バグの発生を防ぐプログラムはわたくしたちで独占しておりますの。だからわたくしたちが修理するのとほぼ同じスピードで新しい不良品がやってきますのよ。国営なのに防壁プログラムを公開しなくていいのかですって?それはもちろん、本来は駄目ですわよ。でもご安心なさって。そのあたりは帝国の上層部の方ともう話がついておりますの。上層部の方々は、工場の利益を最大化し、私たちから得られる利益をより多くすることがお望みなのですわ。皆様もそのほうが嬉しいでしょう? そういうわけで、わたくしたちが、このプログラムを独占しておりますの。もちろんちゃんと皆様にも還元いたしますから、ですからどうかこのことは、外ではご内密に、お願いいたしますわね。

 さあ、それでは皆様、次の調教メンテの様子を見に行きましょう。今回はこの工場にいる全ての人形が、同じ作業場に集まりますの。皆様私についてきてくださいな。今回もきっと、皆様にご満足いただけるはず。楽しみになさっていてくださいね。

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