9.無慈悲な来訪者

 ◆


 床板を戻し、カーペットを戻したラルフは静かに息を吐いた。


 鳴りやまないドアを叩く音とともに、苛ついた男たちの声が重なる。

 出て来い、やましいことでもあるのか、我らは王城の使者である、そう口々に声を張り上げている。


(使者というには品位の欠片もない……)


 騎士ではなく、どこぞの雇われ傭兵を地方に散開させて娘を探しているのだろうことは、想像に容易かった。

 びりびりと震えるドアを前に、意を決したラルフは手を伸ばした。


「今、開けます」


 ゆっくりと開けたドアの向こうには、お世辞にも品位があるとはいえない男達が並んでいた。外套にある紋章は、ここいら一帯を治める辺境伯直属の騎士のものではない。ラルフの記憶にすらないものだった。


 娘を見つけた者には褒美が与えられるという話だ。この一団のリーダーが、褒美に目がくらんだ者の一人である可能性も否めない。──どのみち信用ならない相手であり、ラルフの警戒心はさらに強くなった。


「お待たせしました。このような辺鄙な場所に、何の御用でしょうか」

「王命だ。娘を出してもらおう」


 リーダーなのだろう、大柄の男が押印の推された一枚の用紙を広げた。そこには、金色の瞳をもつ娘は城へ参じろと書かれているだけで、その訳や目的は一切記されていなかった。


「……娘?」

「すぐそこの町で聞いた。森の薬屋に金色の瞳をした娘がいると」


 ぎろりとラルフを睨む目が家の中をぐるりと見渡した。彼以外に人がいないか探っているようだ。

 少し困った表情を浮かべたラルフは、小さくため息をついた。


「可笑しなことを申しますな。ここは私が一人で営む薬屋です」

「何?」

「いないものを出せと言われても、困りますな」


 ゆるりと話すラルフに、大柄な男は眉を吊り上げて一歩前に踏み出した。


「一人暮らしにしては、随分大きな住まいだな。どこかに隠しているんじゃないか?」

「……確かに、五年前に先立った妻との間に娘がおりましたが、もうここには住んでおりません」

「隠し立てすると命はないぞ」

「そのようなこと、滅相もございません」


 大げさに頭を振ったラルフは、目頭を押さえて顔を俯かせた。


「男手独りで育てたというに……薄情な娘は、男と駆け落ちをしましてね。今はどこの空の下にいるのか」

「ふん、言い分は分かった。家の中を探させてもらう」

「ですから、家に娘など──」

「お前ら、探せ!」


 男が声を上げると、控えていた配下と思われる男たちが家の中に雪崩れ込んだ。それを見て慌てたそぶりを見せるラルフの肩を、大柄な男は掴んでにやりと笑う。


「娘がいないことを祈っているぞ」

「ですから、娘など……」


 ラルフを突き飛ばし、粗雑な男たちは家の中に入ると次から次にドアを開け始めた。

 このままでは地下通路が見つかるのも時間の問題か。──がちゃんがちゃんと物が壊される音を聞き、ラルフが振り返ると、誰かが炊事場の奥へと入っていくところだった。


「そ、そちらは炊事場です! そのようなところに、娘などいる訳が」

「……おい、お前ら! 貯蔵庫の奥まで、しっかり調べろ!」


 慌てた様子を怪しいと捉えたのか、男が声を上げると、奥からヘイと野太い返事がった。

 しばらくすると「隊長!」と声が上がった。


「女の部屋がありますぜ!」

「ほう。やはり、いるのか」

「娘の部屋で間違いありませんが、出ていった時のままになっているだけです」

「隊長! 貯蔵庫には娘なんていませんぜ。美味そうな肉の塩漬けはたんまりありますが」

「裏の扉から出た者はいなかったと、見張りも言ってます」

「ですから、ここに娘など……」


 気弱な男を演じて声を小さくするラルフは、何かが割られる音を聞きそちらを振り返った。見れば、男たちが魔法薬の保管棚を壊しているではないか。

 ガラス瓶がひっくり返り、花々の香りが部屋に広がっていく。


「な、何をされるのですか!」

「この棚の後ろとか、隠し部屋あるんじゃないかってな!」

「そっ、そのようなものは!」


 隠し部屋という言葉にドキリとしたラルフが一歩前に出ると、男たちはにやりと笑って「怪しいな」と言いながら、棚に並ぶものを全てひっくり返した。

 マリアミーラの作った薬が無残に失われていく。亡きエイミーが大切に毎日磨いていた棚が倒れ、踏み荒らされる。

 あまりの光景に、ラルフの瞳に怒りの色が浮かび上がった。


「よしてください! 私たちが何をしたというのですか!」


 壊れかけた棚に駆け寄り叫ぶと、男たちがぴたりと動きを止めた。


「長年この地で静かに生きてきただけなのに、何の恨みがあると──」

「ないな」


 ラルフの怒りをさらりと流した隊長はしゃがみ込むと、目の前で怒りに震える顔を見てにやりと笑った。


「娘がいないのならもう用はない。邪魔したな」


 ゆらりと立ち上がりラルフに背を向けると、何かを思い出したというように「お前ら」と男たちを呼んだ。


「家に火を放って!」

「──なっ!?」


 予期せぬことにラルフが目を見開いたのを見て、男たちは「それは良いや」と笑い声をあげた。


「お待ちください!」

「隠れている娘も、蒸し焼きになりたくなければ出てくるだろう」

「この家を焼かれたら、どこで生きろというのですか!」

「知ったことか。俺たちの目的は、金の瞳の娘だ」

 にやりと笑った男は、縋って止めようとするラルフを蹴り飛ばした。

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