7.夜は静かに更ける①
夕暮れ時、乾いた洗濯物を畳みながら、窓の向こうに広がる西の空を見上げた。いつもなら綺麗な茜色に染まる時間だけど、今は寂し気な鈍色の雲に覆われている。
あの後、父と話してちゃんと気持ちを伝えた。
十一年前のことは何も覚えていないから、お父さんとお母さんが私の両親なんだって。だけど、この手記を読んで私のことを大切に思ってくれた人たちがいることも知ったから、本当のことが知りたいって。
そうしたら、父が泣き出して──しばらくまともに話なんて出来なかった。
「お父さんでも泣くんだなぁ」
母エイミーの葬儀でも涙一つ流さなかったのに。
情けない姿を見せたなと言いながら笑った父が「父親にしてくれて、ありがとう」って私をマリアミーラといつものように呼んでくれたのが、すごく嬉しかった。
詳しい話は夕飯を食べながらにしようって言われたけど、これからどうしたら良いのかな。とりあえず、お父さんはお父さんでいてくれるみたいだったけど。
「今更、お嬢様とか言われても……」
私に宛てて書かれた手記を広げ、可笑しな気持ちになる。
丁寧な文面を見れば、その手記をかいた
お貴族様も
そもそも、どうしてマーヴェランサに行かないといけないのかしら。父は、私を届けるために用意をしていたって言ってたけど。
「スペンサー家が追われているから?」
声に出してみたが、どうもしっくりしなかった。
もしそうなら今まで国内にいたことの方が危険じゃない。いくらこんな辺境でひっそりと暮らしているって言っても。十年以上ここで暮らせていたってことは、略奪王は私を探していなかった可能性もある訳で──あれこれ考えてみるも、全ては憶測の域を出ない。
出来ることなら、ここで暮らしたい。そう思うのは我がままなのだろうか。
小さくため息を零すと、ドアがノックされた。
「マリアミーラ、少し早いが夕飯にしようか」
「うん! 今、行くね!」
いつもの父の声にほっと胸を撫で下ろして私は部屋を出た。
食事をしながら聞いた話は、にわかには信じられないものだった。
「えっと、つまり……新しい王様が『金色の瞳の娘』を探しているから、ここから逃げようってこと?」
命が狙われているかは分からないが、滅ぼされたスペンサー家の生き残りと分かれば、どうなるかは分からない。そもそも『金色の瞳の娘』を探している理由も明らかになっていないそうだ。
「そういうことだ」
「アーリックは、それを手伝うためにマーヴェランサから来たのね」
「あぁ。俺の養父クラレンス卿はスペンサー公爵夫人の遠縁に当たるらしくて、今までもラルフさんを助けていたんだ」
「じゃぁ、アーリックが探していた人って」
横に座る彼を振り返ると、金色の瞳と視線が合った。ゆっくりと頷く彼の口元が少し緩まる。
綺麗すぎる微笑みを向けられ、思わず頬を熱くしてしまった。こんな真剣な話をしているときに、私ったら、なにをやってるんだろう。
「そ、それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」
「幼い頃、君は俺と会っているんだが、どうやら覚えていないようだったし、言い出すタイミングを逃してしまったんだ」
「……私たちが会っている、の?」
意外な告白に驚いたけど、思い出せる幼い頃の記憶に彼のように綺麗な金色の瞳をした人はいない。
「二人とも、すまなかった。早くマーヴェランサに移り住むよう言われていたが、病を患ったエイミーを連れて行くのは難しく……」
「略奪王がマリアミーラを探している気配もなかったし、このまま平穏に過ごせるならと、私たちも同意したんですから、気にしないでください。ただ、そうもいかなくなりましたが」
「……やっぱり、ここを出ていかなきゃ行けないのね」
「真相が分からないうちは、身を隠した方がいい」
アーリックの言葉に頷いた父は、それにしてもと小さく唸った。
「妙な話ではあるな。スペンサー家のマリアミーラを探しているという御触れはではない。出ているのは『金色の瞳の娘』なのだから」
フォークを置いた父の眉間には、深いしわが刻まれていた。
「金の瞳って珍しいのでしょ? 私が行方知れずになったのは十一年前。容姿が変わっても、瞳の色は変わらないだろうと思ったからじゃないの?」
「しかしそれなら、銀髪で年の頃十六とすれば良い。その方が対象が減るだろう」
「確かにそうね……」
「ここで考えても答えは出ないでしょう。クラレンス家も情報を集めているし、早々に移動しましょう」
アーリックの言葉に、確かにと同意した父は、夜明けには出ることを決めた。
長年ここで暮らしてきたんだから、お世話になった人たちも多い。だけど、何も告げずに出ていくことになるのね。
ほんの少しだけ胸の奥が痛んだ。
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