6.告げられる真実③
ブランケットの下で聞くアーリックの声は、とても静かだった。
「父は忙しい人で顔を合わせない日も多かった」
剣の腕が立ち、心根の優しい人だった。そう語る声は淡々としていて感情が読めない。
アーリックは私より少し年上に見えるけど、もしかしたら父親との思い出はそんなにないのかもしれない。
「だけど俺にとって父は憧れで、同じ色の瞳で生まれたことが誇りだった」
少しだけ声が明るくなり、あぁ、これは本心なんだって分かった。
誇りという言葉に、私は母エイミーを思い出す。
この辺境の地で、近隣の町や村の人々に献身的になり、いつだって最高の薬を作ろうと真剣だった母の姿は、私が追い求める理想そのものだ。
そうよ。フォスター公爵なんて知らない。その夫人が私を生んだ人なんだろうけど──苦しくなる胸元を握りしめ、どうしようもない焦燥感に息が苦しくなる。
ぽんっと私の肩のあたりが叩かれた。そっと気遣うような優しい重みに、目の奥が再び熱くなる。
「十一年前、ドラゴニア国に混乱が訪れたのは知っているだろう? 当時、流行り病も蔓延して政治は荒れ、多くの子どもが親を亡くしたんだ」
アーリックは十一年前のことを語り始めた。
平穏な日々の水面下で、ドラゴニア王は実の叔父と長年対立していた。こともあろうことか、正当な王位継承者は自分だと主張を続けていたという。様々な問題を起こしては、
その当時のことを私は覚えていない。
王城までここから馬車でも十日以上かかるし、私はまだ五歳にも満たない幼子だったから知る訳もない話だけど──さっき、父が告白したことを考えると、私もその場にいたのかもしれない。
「俺が七歳の時だった。うっすら覚えているけど、当時の市井は本当に酷いものだった」
寂しい声がつまり、彼の父親もその時に死んだのだと察してしまった。
ブランケット越しに感じる指が、小さく震えている。悲しみ、怒り、恐怖──どれかは分からないけど、彼は当時を思い出して震えているのだろう。
そっと顔を出すと、優しい微笑みが降ってきた。
「あの反乱で、たくさんの人が死んだ。幼かった俺は逃げることしか出来なかった。だけど、そのおかげで今ここにいる」
「……うん」
「君にもこうして会えたのは、今の両親が俺を育ててくれたおかげだ。だから、マリアミーラ、君もラルフさんを父親だと言って良いんだ。本当も嘘もないんだよ」
私の頭にかかるブランケットをそっと退かし、ごつごつとした指が髪を撫でた。
「親が四人もいるなんて、俺たちは恵まれていると思わないか?」
「恵まれてる?」
「あぁ。人より多くの愛をもらってるだろ」
「……そうなの、かな? でも、私は覚えてない」
「大丈夫、ちゃんと愛されていたよ。だから、ラルフさんも隠せなかったんだ」
優しく微笑むアーリックの指が示したのは、ベッドに置かれた手記だ。少し古びた表紙には
最初のページの日付は十六年前、私の誕生日だった。
『愛しいマリアミーラ、生まれてきてくれてありがとう。お兄ちゃんたちは、早く貴女を抱っこしたいと言って大騒ぎだし、お父様は今からあなたをお嫁に出したくないって泣いているのよ。可笑しな人たちね。』
短い文だけど、ほんわかと伝わってくる優しさと幸せな家庭が思い浮かんだ。
毎日、毎日、その手記には赤ん坊に向けた言葉が綴られていた。
『マリアミーラの髪はとても綺麗で、まるで輝く夜空の月か星のようね。大きくなったら、お父様やお兄様とは色が違うって悩んで、どうして金髪じゃないのって私を責めるかしら。喧嘩をしてしまうかもしれないわ。
親子喧嘩をしたらどうすれば良いか、今から考えておきますね。貴女が私とお父様の子だと信じるまで、お母様は諦めません。
貴女の髪が大好きだと信じてね、愛しのマリアミーラ。』
脳裏に、私の髪を梳きながら髪色を褒めてくれた母エイミーの姿に、もう一つの顔が重なった。表情はよく分からない。だけど、確かにもう一人が重なった。もしかしたら、それが──胸の奥が熱くなり、頬を雫が伝い落ちる。
綴られる言葉は希望と不安と、愛が詰まっているようだった。
「ラルフさんは、亡くなった夫人の思いを捨てられなかったのは、込められた思いが分かるんだろう。君の父親だから」
ひやりとする指先が私の頬を優しく擦る。それに驚いて顔をあげると、微笑みを浮かべるアーリックの瞳が細められた。
「私……お父さんに、謝ってくる!」
「それがいい。ほら、これも」
「……ペンダント?」
「あぁ。ちゃんと礼を言っておけ。こんな大層な宝石、売らないで今まで保管してくれてたんだからな」
売れば一生暮らせるくらいの値段だろうなと、冗談か本気か分からないことを言ったアーリックは、私の首に虹色の宝石をかけた。
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