5.告げられる真実②

 ◆

 

 マリアミーラの飛び出した扉がギイギイと音を立てるのを、ラルフは眉間にしわを寄せて見ていた。その寂しげな後ろ姿を見たアーリックは、小さくため息をついて読んでいた手記をそっと閉ざす。


「良いんですか?」

「……何がでしょうか」

「俺は、マリアミーラが平穏に暮らせるなら、このままここで薬屋の娘として生きるのも良いと思ってるんです」

「ご冗談はよしてください」

「本気ですよ。そもそも……俺は、なんて望んじゃいない」

「ですが、竜の血がそれを許してはくれないでしょう」


 足元に落ちた宝石箱を拾い上げたラルフは、そっと首飾りを手に取った。

 銀の鎖の先で揺れるのは親指の先ほどの大きさの宝石だ。光が当たると、不思議な虹色に輝く。

 手のなかで輝く宝石を見つめる横顔は、ひどく寂しげだった。


「こんな突き放すようなことをしないでも、マーヴェランサで一緒に薬屋を営んで平和に過ごすことも出来ただろって、言ってるんですよ」


 アーリックの言葉に、ラルフは少しばかり頬を緩めると首飾りを納めた宝石箱を彼の前、質素なテーブルの上に置いた。


「そのつもりでしたよ。その為に、今までマリアミーラを娘として育ててきたのです」

「だったら、どうして」

「……略奪王の後を継いだ若き王のことはご存じですか?」

「あぁ。齢十歳にして王位についたバシェルのたった一人の息子ジュリアン。宰相の傀儡だって噂ですね」

「さすがクレメント家は情報が早い……若き王が、金の瞳の娘を探しています」


 低く響いた声に、アーリックの表情が固くなった。ゆっくりと顔を上げれば、厳しい表情を浮かべるラルフと視線が合う。

 

「運命は動き出したのです」


 静かに告げるラルフは、窓の外へと視線を向ける。その先には昏い雲が広がっている。一雨どころか、嵐がやってくるかもしれない。


殿──」

「その名は、もう捨てた」

「では、アーリック様……どうか、マリアミーラ様をお守りください」

「亡き王と公爵のためか」

「はい。そして──」


 アーリックを真っすぐ見つめたラルフは、確かな声で「マリアミーラの父としての願いです」と告げた。

 薄い唇から深々と息が零れる。


「もっと早くに、迎えに来ていれば良かった」

「今まで、私どもの我が儘をお聞きくださり、ありがとうございました」


 深く頭を垂れたラルフに、アーリックは何度目か分からないため息を小さく零すと立ち上がった。彼の手には、銀の宝石箱と古びた手記が握られている。


「あなたも連れて行きますよ。マーヴェランサへ」


 言い放たれた言葉に、ラルフは感謝の言葉を口にすることはなかった。だが、心から穏やかに笑っていた。


 書斎を後にしたアーリックは、マリアミーラの部屋を訪れた。

 ドアを軽くノックしても返事はない。そっと耳を近づけてみると、すすり泣く声が聞こえてくる。


「マリアミーラ、少し話せないか?」


 声をかけてみるも、やはり返事はない。

 ドアノブに指を伸ばし、アーリックは思い留まる。うら若き乙女の部屋に承諾も得ずに踏み込むというのは、いささかデリカシーがないだろう。だが、彼女と話をしないことには──しばし悩んでいると、扉の向こうから微かに彼を呼ぶ声がした。


「……入るぞ」


 返事はなかったが、ドアノブを回せば何の抵抗もなくそれは開かれた。

 マリアミーラの部屋はベッドに机、衣装棚、ごくありふれた簡素なものだった。小さな窓枠の側には鉢植えが並び、机の上には古びた本が何冊か積まれている。どう見ても令嬢の部屋ではなく、彼女が庶民として慎ましやかに逞しく育てられたのが良く分かる。


「顔を見せてくれないか?」


 ベッドのすぐ横に立ったアーリックが声をかけるも、彼女はさらに丸まってブランケットを強く握りしめてしまう。


 さて何から話そうか。話さなければならないことが山のようで、少し困りながらため息をついたアーリックは、持っていた宝石箱と手記をベッドの上に置いた。


「ある日突然、お前の両親じゃないなんて言われたら驚くよな」


 丸まったマリアミーラが小さくもぞりと動いた。


「……金色の目を見たことあるかって聞いただろ? 一人は俺の死んだ父親だったて話。実はさ……俺も両親がいないんだ。十一年前、俺はこの国を出てマーヴェランサの遠い親戚に引き取られた」


 椅子を引いて腰を下ろしたアーリックは、静かに自分のことを語りだした。

 

 ◆

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