3.金色の瞳のマリアミーラ③

 アーリックを助けて丸二日が経った。すっかり動けるようになった彼は、畑の水やりを手伝ってくれている。


「ねぇ、急いでいるんじゃなかったの?」

「命を助けてもらったのに、礼もしないで出ていくのは不義理だろ?」

「でも……急ぐ理由があったんでしょ?」

「山を越えれば、どうにかなる」

「何よそれ。計画性なさすぎじゃない?」


 呆れながら聞けば、彼は私を見てふっと笑みを浮かべた。

 青白かった頬もすっかり血の気が戻って健康そうな肌色になっているし、泥まみれでごわごわとしていた金髪も艶やかな光を取り戻している。改めて見ると、とても美人だ。

 男の人に美人って言葉は失礼になるのかしら。でも、十六年近く生きてきて、今まで一度も彼のような美しい人を見たことがない。まるで、絵本に出てくる王子様みたいだわ。


 よく見れば、彼が身に着けている耳飾りやローブの留め具も上品で素敵なのよ。派手ではないし、とても洗練された銀細工。こんな辺境の地では手に入らないだろう品だ。もしかしたら彼は、マーヴェランサ国でも大きな街、王都とか中央に住んでいたのかもしれない。


 思わず彼に見とれていたことに気づき、慌てて顔を逸らせた私は、何か話題を変えようと必死に考えた。だけど、彼の綺麗すぎる顔が気になって──


「ねぇ、アーリック。あなたの国には金色の目の人は、普通にいるの?」


 吸い込まれるように、再び金色の瞳を見つめていた。

 だって、私と同じ色の目よ。気にするなって方が難しいじゃない。綺麗だからとかじゃなくて、初めて会ったから──そう、好奇心のようなものだろう。


 亡き母の目は茶色だったし、父の目は青い。

 幼かった頃にそれを気にして、二人の娘じゃないんだと言って泣きわめき、両親を散々困らせたことがあった。それを怒りもせず、二人は私を抱きしめて、ご先祖様に金色をした人がいたのだろうと話してくれたことがある。隔世遺伝というらしくて、ごく稀に起きることらしい。


 アーリックはマーヴェランサ国から来たと言っていた。もしも、金色の目をした人がたくさんいるなら、私のご先祖様はマーヴェランサ出身なのかもしれない。

 私の質問をどう受けたのか、アーリックは困ったような、申し訳ないような表情を浮かべた。


「……俺が知っているのは、二人だけだ」

「たった二人?」

「あぁ。死んだ父親と、もう一人は──」


 どこか切なそうに微笑む彼は、そっと私の頬に触れた。ひんやりとした指先が目じりの側を撫でる。

 綺麗な金色の瞳が輝くアーリックの目は、鏡の中に見る私のものより切れ長で涼しく、洗練された装飾品に負けないほど美しい。

 吸い込まれてしまいそうな気がして、息を飲んだ。


 わずかな沈黙はまるで、そのもう一人は私だと言っているようじゃない。


 瞬きを忘れて彼を見上げていると、家の方から私を呼ぶ声がした。はっとして家を振り返ると、父が手を振っていた。


「朝食が出来たんだと思うわ。行きましょう!」


 木桶を持ち、アーリックの返事を待たずに私は歩き出した。

 次第に鼓動が激しくなる。それはまるで、心臓が耳の横にあるんじゃないかと思うほどだった。


 後ろで私の名を呼ぶ彼を振り返らず、私は大股で歩いた。だって今振り返ったら、真っ赤な顔を見せてしまうじゃない。どうしたのか訊かれたら、何て答えれば良いか分からなかったの。

 それにしても、もう一人の金色の目は誰なのかしら。探してる人かなって思うのは安直かしら。


 食事をとりながらも、そのことが頭から離れなかった。ちらちらとアーリックを見ていると、父が私を呼んだ。


「マリアミーラ、朝食が済んだら裏の栗を収穫してくれるか?」

「いいわよ。それならアーリックも一緒に──」

「彼と少し話がしたい」

「……話?」

「あぁ。人を探していると言っていたからな。何か手伝えるかもしれない」


 そう言って、豆のスープを飲み干した父はアーリックを見た。


「だったら、私も一緒に話を──」

「栗の木があるんだ?」

「え? うん……」

「好物なんだよね。食べさせてもらえるかな?」

「いいけど……」

「楽しみにしているよ」


 にこりと笑った彼は、パンを口に運んだ。

 何だか除け者にされたような気分だったけど、後で話を聞けばいいんだしと納得することにした。


 それに、栗が好きならご馳走しないとね。もう数日いられるなら、渋皮煮もご馳走したいな。──甘い栗を頬張る至福の時を思い出しながら、私はせっせと栗拾いをした。


 今年は本当に豊作だ。きっと森のドングリや木の実も豊かに実っているだろう。近くの農場がイノシシや熊に荒らされることも少なくなりそうだ。そんなことを思いながら、すぐ裏にある森を振り返った。

 アーリックの魔法で倒された熊の姿が脳裏に浮かんだ。


 もし生きていたら、あの熊も今頃はせっせと冬ごもりの支度をしていただろう。

 肩に乗ってきたリスがキキュと鳴いた。


「リスさん、また森から出てきたの? 冬ごもりの用意は出来ているの?」


 励ましてくれているのだろうか。ふわふわのしっぽを私に押し付けて、リスは再び鳴く。


「熊さんの分まで、あなたはしっかり冬を越すのよ」


 そう、いつまでも悲しんでいる訳にはいかない。冬は確実に近づいているのだから。

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