ラストシーン

青いひつじ

第1話

「おにぃさん、どこ配属なの?」


そう聞いてきたのは、私の後ろに並ぶ、小太りの中年男性である。



「私は、映像制作チームです」


「いやぁ、それはいいですなぁ。出世コースまっしぐらですね」


この世界にいながら、今更出世も何もないだろうと思いながら、私は軽く愛想笑いを返した。


ここでは"上の世界"が死者の世界であり、"下の世界"が、人々が生きている世界であることを意味する。

今、私がいるのは、上の世界である。






この世界に来た人には、後日、記念DVDが送られるという。

これは、その人が亡くなる直前に思い出した、人生最後の記憶を映像化したショートムービーである。



下の世界で編集の仕事をしていた関係で、こちらに来て早々、映像制作チームに配属となり、1ヶ月が経とうとしている。


仕事内容は、死者の記憶を元に、物語を構成し、ショートムービーを作成する。

校了データをDVD-Rに落とし込み、配送業者へ納品するという流れだ。



人の記憶とは曖昧なもので、時に複数の記憶が混在し、よくわからない物語になっていることがある。

辻褄が合わないところ、無駄なシーンは取り除き、死者たちの悔いが残らないような映画を作るのが、私たちの仕事である。



「1276番、このデータ、フォーアイチェックしといて!」



フォーアイチェックとは、自分が制作した映像を、別の人に確認してもらうことである。


上の世界では、名前を失い、その代わりとしてそれぞれに番号が与えられる。

私は、1276番と呼ばれている。



「1276番、これ校了予定日今日になってるけど、修正進んでる?」


「納品先から、データにミスがあるからやり直せってー」


「飯食って戻ってきまーす」



こうして亡くなってしまった今、私自身、最後の記憶とやらを見てみたいものだが、いかんせん作業が大幅に遅れており、2ヶ月前の死者の映像制作が、やっと今日終わろうとしている。




翌日早朝。

ブラインドから差し込む朝日が目に染みる。


「お疲れ様ですー。お先に失礼します」


校了を終えた者たちが、オフィスを後にする。

私は腫れた目にタオルを当て、椅子にもたれかかり、そのまま眠ってしまった。


目が覚めたとき、オフィスは私1人になっていた。

戸締りをして、家に戻ろうと立ち上がったその瞬間、カタンと、保管庫の方から何かが転がる音がした。

保管庫には、手付かずの死者の記憶が、ネガフィルムとして保管されている。



「誰かいるのか?」

オフィスに私の声だけが響く。



暗証番号を入力し、扉を開くと、足元に1枚のDVDが落ちていた。



「制作済みの記憶か?」



名前の欄を見ると、透明のケースに書いてあったのは、私の名前だった。


ここに、私の最後の記憶がある。



どの記憶を担当するかはチームリーダーから振り分けられ、自分の記憶を映像化することは禁止されている。

自分の記憶を見ることも業務規定違反となる。


しかし、今、このオフィスにいるのは私ひとり。

私は、迷うことなくDVDをパソコンに差し込んだ。




春のようだった。

女性が1人、桜の木の下に立っている。

そして、木に向かって何かを呟いていた。

彼女は、泣いているように見えた。 


しかし、最後、彼女は涙を拭き取り、満面の笑みでこちらに手を振った。

そして、振り返ることなく、太陽に照らされた道を進んで行った。




「これって、もしかして」




その時、ガチャっとオフィスの扉が開く音が聞こえた。

私は急いでDVDを取り出し、ケースにしまった。

入っきたのは563番リーダーだった。




「あれ?まだ帰ってなかったの。今日校了のものあったっけ?」



「いえ、早朝に校了して、そのまま寝ちゃいまして、、、」



「あー、おつかれだったね。あれ?そのDVDは」



「あ、保管室から音がしたので見に行ったら、落ちてました」



「あ、それ、ちょっと返して」



563番リーダーは少し慌てた様子だった。



「失礼しました。あの、これ、何か特別な記憶なんですか?」



「あぁ、ちょっと依頼を受けたやつなんだ。個人情報だからあんまり言えないけど。とりあえず返して。送るのは少し先になるんだ」


そういうと、563番リーダーはフィルムを布で包み、机の引き出しにしまって、鍵をかけた。



「一旦帰って、また出社します」


「校了したんだよね。今日はもう、そのまま休みでいいよ」


「あ、それでは、ありがとうございます」







平日昼下がりの公園は、みんな消えてしまったかように誰もいなくて、とても静かだ。

私は缶コーヒーを片手にベンチに座り、公園にある桜の木を眺めた。





途切れ途切れの、おぼろげな記憶。

多分、私は、彼女と結婚するんだと思っていた。

彼女を見た時、私は人生で初めての一目惚れというものをした。


私の猛アタックの末、交際が始まった。

プロポーズをしようと思っていた矢先、私が遠くへ行くことになり、離れ離れになってしまった。


私たちは、少しずつ、些細なことですれ違うようになっていった。


どんなことかと言われれば、はっきりと覚えていない。

それは、つけようと思って押したスイッチが、電気を消すスイッチだったように。

壊れたカートが、思う方向とは別の方へと進んでしまうように。

下り坂を転がっていき、もう止めることができなかった。


そんな時だった。

検診で、私の体に影がみつかった。


それから私たちは、今まで会えなかった時間を埋めるように、毎日一緒に過ごした。

2人でベンチに座りながら、桜を眺めた。

時々、彼女は涙を流した。

そして「ごめん」と呟いた。



私の人生のラストシーンは、彼女が流した涙だったのかも知れない。



しかし、この映像を見て、安心した。

彼女が、新しい人生を歩もうとしているのだと知ることができた。

本当に良かったと、心からそう思う。




「私も、こちらの世界で出来ることをやってみるよ」


私は、桜の木に向かってそう呟いた。






次の日。

今日は、先週配属された社員の新人研修が行われている。



「ここが、保管室ねー」



「へぇー、あ、この赤いテープが貼ってあるDVDは何ですか?」



「あー、これは特注のマークだねぇ。たまにあるんだよ。死者が後悔なくあの世に行けるように、物語自体を変えてやってほしいって依頼が」



「制作終わってるのに、送らないんですか?」



「内容ごと変えてるのは、審査委員会に一度提出しないといけなくてさー。過剰な表現してないかーとかね。めんどくさいよね」



「死者・田中和人、と書いてありますね」



「あぁ、それ僕が作った映像だ。記憶がなかなか凄かったよ。女の子がずっと泣いてて。

確かに、あれをあのまま映像にしたら、それを見た死者の方は心配でしょうがないよね」



「女の子?」



「下の世界にいる、彼の恋人からの依頼だよ。元気でやってるって、嘘でもいいからそう伝えたいって」


















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ラストシーン 青いひつじ @zue23

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