第2話 ごんのすけは、さきちゃんを待つ
窓の外で女の子の泣き声が聞こえた。
僕は仕事の手をやすめ、窓の下を覗き込んだ。
すると、事務所下の駐車場で幼稚園の制服を着た女の子が母親に泣きながら何か言っている。
よく見ると、女の子の足元には野良猫の「ごんのすけ」がいた。
どうしたんだろう?
下まで降りて行くと、岡田のおばあちゃんがちょうど家から出てきたところだった。
「どうしたの?」
おばあちゃんが聞く。
「この子が、この猫を気に入ってしまって、どうしても家に連れて帰るって聞かないんです。」
と母親。
「へっ?この猫を?」
おばあちゃんは、まじまじと、ごんのすけを見た。
「ふーーーん・・・」
「はい。それが・・うち、市営のアパートだから、猫は飼えないんですよ・・」
なるほど、そういうわけか・・・。
「ねー、お嬢ちゃん、お名前は?」
おばあちゃんは聞いた。
「さき。」
「そう。ねー、さきちゃん。この猫、そんなに可愛い? 子猫でもないし、野良猫だし、汚いよ・・」
「うん。でもいいの。この猫とっても可愛いんだもん。」
あれあれ・・こりゃ、相当の熱の入れようだ・・いったいこいつのどこがいいんだか・・
まったく岡田のおばあちゃんの言う通りでぼーっとした風貌に、毛並みという言葉にはおよそほど遠いささくれだった茶色の毛。だんごのように短い尻尾。
極めつけは、見えてるのか見えてないのかわからないほど目にくっついた目ヤニ・・どこをとっても、いいとこなんてひとつもないない。
「実は、この子、恐がって今まで猫には触われなかったんですよ。」
母親が続けた。
「そしたら、この猫の方からこの子にすり寄ってきて・・・はじめて猫に触れたもんだから、きっと嬉しいんだと思います。」
『ははは・・こいつ・・エサくれそうな人には誰にでもそうするんですよ・・』
つい、そう口に出しそうになった。
「あのね、この猫はね、家では飼えない猫なんだよ。」
僕は言った。
「どうして?」
すぐにさきちゃんが聞き返してきた。
うーん・・・
すると、僕を助けるようにおばあちゃんが言った。
「この猫はね、お外でずーっと遊んでいるのが大好きなんだよ。好きな時にお昼寝したり、屋根に登ったり。さきちゃんも、お外で遊ぶの好きでしょう?」
「うん・・・」
「もちろん、おうちに居るのが大好きな猫もいるけど、この猫はずーっとお外にいるのが好きなの。だから、おうちに連れて帰ったら可哀想でしょう?」
「うん・・・」
「でもね、さきちゃんが幼稚園の帰りに毎日ここを通るんなら、心配いらないよ。
この猫は、いつもここにいるからね。好きな時に遊べるよ。」
「うん。じゃあ、明日からさきがお昼ごはんを持ってくる!!」
「うん。そうしてやったらきっと喜ぶよ。」
さきちゃんは、おばあちゃんの話しに納得したのか、元気に帰っていった。
そして次の日、ちゃんとさきちゃんはごんのすけのお昼ご飯を持ってやって来た。
次の日も。
今日も昼時になると、いつものように野良猫たちは岡田のおばあちゃんの家の前に集まり、お昼ご飯をもらいに、一匹ずつ家の中へと入っていく。その列の一番後ろにくっ着いてごんのすけが入ろうとした時、おばあちゃんが言う。
「こらー、あんたはさきちゃんが来るのを待ってなー!!」
途端に追い返される。
途方に暮れた顔で、ごんのすけは遠くを見た。
ごんのすけは今日もさきちゃんを待っている。
そして明日も。
「まあそのうち、さきちゃんも飽きるだろう。それまでの辛抱だな。」
僕は笑いながら、ごんのすけにそう言った。
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