第53話
「健吾休み中なのにすまない。自分も少し設備棟の事が知りたくてな」
「気にしないで下さい羽鳥さん。俺でよければですけど」
全体休憩中に羽鳥と設備棟に向かっていた自分は彼に笑みを溢す。その時、自分達の目の前にビニール製のヨーヨーを持った3歳位の男の子がこちらをジッと見つめながら立ち塞がり、暫しの時間が流れた。自分と羽鳥は男児の目線に合わせ膝を折る。
「どうしたの?」
自分が問いかけるとその子は指を刺す。
「お兄ちゃん達のチョッキ赤くてカッコ良い」
「ははは、そうか。これはここで働くと着れるようになるぞ」
「へーー そうなんだ。じゃあ僕も着る」
「それは大歓迎だ!! バイトが出来る年齢なったら面接に来ると良い!!」
「そういえば僕。お父さんかお母さん一緒だとは思うけどどこに居るか分かる?」
その自分の問いに男児が首を傾げてみせた時、背後から足音がし、羽鳥と共に立ち上がる。
「すいません。プール上がった隙にどこかに行ってしまったもので、探していたんですけどありがとうございます」
「いえ」
軽く会釈交じりで会話を交わす中、自分等の短パンを掴み軽く引っ張る。
「どうしたの僕?」
すると男児が手にしていたビニール製ヨーヨーを軽快に鈴の音をならしながら、自慢げにやり始め、誉めて欲しげに自分等を見た。それを察し自分はにこりと笑う。
「僕、上手だね」
「うん。いいぞ!!」
そんな事を言った矢先、ヨーヨーが下に勢いよく叩き落ちた。自慢げにやっていた男児は、その状況に一瞬表情が止まると、じわじわと顔が崩れ鳴き始めてしまったのだ。少年的には不本意だったのであろう。すると男児の足下に転がっていったヨーヨーを母親が拾い上げた。
「二番目の指は揺るいから外れちゃうんだよ。その次の指だと。ほら取れないでしょ」
ヒクヒク泣く子供の手を取り持たせると、彼女は自分等に視線を向け会釈する。
「すいません。この子、ここで働く皆さんの事、恰好良いと思ってるみたいで」
「そうなんですか? 先程息子さんから『チョッキが恰好良い』と言われました」
「多分息子なりの言い回しだったんでんでしょうね。そんな事もあってこの夏、結構利用させてもらっています」
「ありがとうございます。嬉しいですね羽鳥さん」
「ああ」
「ふふふ。それに今も、このおもちゃが大好きでお兄ちゃん達に見せびらかす次いでに良い所みせたかったんでしょうけどね」
「そういう時期あります。自分もありましたから」
すると、いまさっき泣いていた男児が、何もなかったかのような表情で、お気に入りの虹色のおもちゃを自分等に見せた。
「良いでしょーー」
自慢げに話す子供に、羽鳥が再度腰を曲げ彼の目線に合わせた。
「ああ、良い色だな。なあ健吾」
「はい。綺麗な色だね」
すると、その様子を見ていた母親が誰かに手を振ると共に、子供に肩を叩く。
「お父さんも来たから行こうか」
「じゃあ自分等はここで」
笑みを浮かべつつ言葉を子供にかけると彼は立ち上がる。
「では、楽しんで行ってくれ僕」
「すいません。ありがとうございました」
そう会話を交わし、微笑みながら会釈をすると親子をその場を去り、自分達は背中を暫しみつめつつ、自然と笑みが零れる。
「何だか嬉しいですね羽鳥さん」
「そうだな。少しずつリピーターを増やす事は、来季に繋がる。我々も再度気を引き締めなくてはな」
「はい。そうそう後、米内さんから言付けでメガホンあるはずなので探してみますとの事でした」
「おう、そうか。いや結構年期の入ったメガホンだったんだが、流石に破損してしまってな」
「しょうがないですよ。自分が使っているのもそうですし。どうにか今季持ってくれればって感じです」
自分で話ながら思わず渋い顔をすると、羽鳥は声を上げて笑う。
「とりあえず、もう休憩も終わりだ。持ち場に戻る事にしよう」
「はい」
その後、羽鳥と別れ全体休憩はあっと言う間に終わり、自分は今日の持ち場でもある子供用プールへ戻り監視を再開する。今日は程良い客の入りで、プール内もそれぞれのテリトリーが十分に確保できるぐらいの密集率だ。まあ、人がいない分客同士のトラブルも起きにくいし、また監視する自分達とて、客の動きが把握しやすい。お陰で今日は監視しやすい状況である。そんな中、プール横のレンタル倉庫から米内がいきなり大きな箱を抱え出て来た途端、派手に落とし、中に入っていたメガホンが散乱した。
※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※
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