第51話


 眩しい程の光が差し込むいつも見慣れたプール。日陰に座りこむ自分に対し、背を向ける形でプールサイドに立つ少年。

『兄ちゃん!! 待って』

 声と同時にすくりと立ち上がる。すると、その呼び止めに反応した少年は、声の主の方へと振り向く。その顔はとてもうれしそうな笑みを称えていた。



「っっ」


 思わず息を飲んだと同時に、目に飛び込んできたのは、自分の部屋の天井であった。


「何だこのタイミングは……」


 つい独り言を溢しながら一回大きく息を吐くと、再度周りを見渡し、自分の状況を確認する。自室のベッドに寝転び、天井を仰いでいるということ。すなわちそこからはじき出される事といえば、暫し眠りについてたいという事実。実際兄の夢をみて目覚めたのだから。


 にしても日頃この歳になって就寝前に寝る事はなかったのだが、やはり今日は色々な事が一気にありすぎたせいなのかもしれない。まあ今日だけではない。先日の健吾の件も、つい先日の出来事である。 

 

 あの時、彼の話を両親に伝えた時、驚きはしていたものの、淡々と自分の話を聞いていた。が、話終えると母がとても切ない表情を浮かべていたのが、印象に残っている。


「しょうがない事だがな……」


 当時幼い自分には身内の死について、ちゃんと理解できずにいた節もあったものの、昨日までいた筈の兄がいない寂しさと、切なさは何となく覚えている。それ以上に親は、当時の自分では計り知れない悲しく、辛い思いをしてきたのであろうと歳を重ねていくにつれ想像がつくようになった。


 それを実感させるような出来事は奇しくも、健吾が持参した新聞記事。

 

 そうあれは、夜中トイレに起きた時、居間の明かりがついていた。自分は誰かが消し忘れたかと思い、戸を開けたのだ。すると母がソファに座っており、こちらに顔を向けた。その時、母の目には涙で潤んでいたのだ。自分はすぐさまぐわいが悪いのかと問い近づくも、彼女は『大丈夫』と一言言い笑みを浮かべて見せ、その手には年季の入ったファイル。まあ、その時は、そのまま母の言葉を鵜呑みにし、その場を立ちさった自分。ただ違和感はあった。そんな事があって間もなくして、日頃足を踏み入れないパントリーに入る機会があった。母が定期的に購入しているミネラルウォーターだ。丁度その時は、自分が受け取り、その物をいつも母が収納している場所へと運び入れた。その時、偶然にも母が手にしていたファイルを見つけてしまったのだ。瞬時に母の姿が脳裏に浮かび、躊躇する事刹那。それよりも怖い物見たさが勝り、それを開く。すると、そこには兄の写真が貼られ、最後のページには新聞の記事……

 それは紛れもなく、健悟が差し出した記事と相違なく、本当に兄が助けた子などだと理解した。


 それと同時に、あの時の母が心に浮かんだ。だとしても、健吾を責める気は毛頭ないと言った事には二言はない。

 

 それを踏まえ、あの場所を守りたいと再度気持ちを新たにした矢先、降って湧いた米内の言葉。今まで生きて来た中で、味わった事のない絶望に襲われた。が、そんな自分を健吾は懸命に叱咤し、迷い混んだ道から早々に抜け出す事が出来、今ここに居る。


(ふん。健吾に一本取られたな)


 思わずほくそ笑むと同に、先程自分の夢に満面の笑みを浮かべる兄の姿が瞼の裏に浮かぶ。


(このタイミングでだからな。まあ、兄貴らしいか)


 夢枕に現れた兄の顔を再度思い返しながら自分は顔を綻ばし、小さく囁く。


「兄貴、あなたが助けた少年は立派な青年になってるよ」


 そう呟くと、またゆっくりと目を閉じた。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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