第50話

 管理棟を無言のまま出ると共に、先頭を歩いていた実々瀬が東屋へと向かうと一言告げ先導する。そんな中、一番最後尾にいた自分も東屋に到着するも、沈痛の雰囲気は未だに引きずり自分含む彼等周辺に漂う。いつも元気な筈の梶山もじょうぶ元気がない。しかしそれは仕方がない事。今季から働き始めた自分とて先程告げられた米内の言葉に動揺を隠せないでいる状況で、自分より長く在籍している彼等はそれ以上にショックな筈。中でも羽鳥は一際落胆色が濃い。そんな面々の様子を見るのも辛い。


「俺、何か飲み物買ってきますね」


 そう言うと同時に踵を返し東屋のある場所を小川隔てた隣ある体育館に設置してある自販機で飲み物を適当に買う。そして、速攻皆のいる場所まで走って戻ると、数本のペットボトルをテーブルの上に無造作に置く。


「とりあえず、適当に見繕ってみました」

「すまない健吾」

「良いですよこのぐらい大河さん」

「にしても、なんか甘い系多くね。特にこれ何? イチゴミルクって」

「いや剛さん。こんな時は甘い物摂取した方が良いですよ」

「だからってさーー」

「僕。飲む」


 そう戸乃立が言うと、イチゴミルクを手に取り、勢いでステイオンタブを開け、口に流し込んだ。


「昂が…… お茶と水以外を口にした…… これは相当やばいよ……」

「確かに緊急事態だな」

「梶山さんも大河さんもそれで話盛り上がらないでくださいよ!!」

「健吾言う通り。そうだな。緊急事態はそこじゃない。プール存続危機だ」

「そうですよ。大河さん」

「にしても、どうしてこんな話の流れになっちゃたんですねーー」

「剛も少し考えてみろ。俺もさっきは寝耳に水で、あんな言い方をしたが、全く合点がいかないと言った話ではないからな。やはりあそこは市の運営だから、税収が少なくなれば、赤字の施設の維持はただの、お荷物だろ。それに市民も赤字の施設の税金をまわされているとわかれば、非難囂々だろうしな」

「まあそう言われると…… 去年の稼働率も確かに酷かったな」

「昨年は、俺の経験している間でワースト1位だ」

「マジっすか大河さん」

「さっき米内さんも言っていたが、異常気象が大きな要因だな」

「学校でも軒並み水泳授業中止してましたもんね」

「健吾の高校でもそうだったか?」

「はい。水温が上がりすぎたとか色々言ってました。本当は暑いので入りたかったんですけどね。却って脱水になるからと」

「そっかーー 学校でそうなら、室外施設はどうにも手だてないですよね」

「まあ。そういうことになる」


 険しい表情を浮かべつつ実々瀬は、目の前に置いてあったコーヒー牛乳を手に取り一口、口に含む。


「甘っ、健吾。甘過ぎ」

「すいませんーー」


 そんな2人を余所に、梶山は炭酸飲料を一気に口に含み、半分を飲み干すと一回おくびを出す。


「汚い」

「昂。悪い悪い。にしても、米内さんなんか可哀想でしたね」

「ああ。きっとここ最近、元気がなかったのはこの事だったんだろ」

「なんか、凄い辛い立場ですよね。あの表情から見て、米内さんの本心ではないだろうから」

「でも健吾。社会人はああいうもんなんだよ。学生はそういった事思えばまだ、社会の柵があまり影響されないだけ気が楽だけどさ」

「剛。働いている以上は社会人だろが、バイトだろうが関係ないぞ」

「はい。すいません大河さん!!」

「でも俺。米内さんの事だし、上司には出来うる、手立てはしてたとは思うんです。俺、ここのバイトの面接の時、凄い熱心にプール場の歴史とか話してくれたから。その時、この人ここの施設に愛着あるんだなって思いましたよ」

「あーー 俺の時もプールの歴史とか話してくれたわ。一年前と話す事変わらないんだな」

「その話。俺もされた」

「大河さんも!! それ筋金入りって感じじゃないですかーー」

「米内さんは打つ手ないような事言ってましたけど、何か存続出来る方法とかないですかね」

「そんなのあるなら、米内さんが手打うってるって健吾」

「でしょうけど、盲点みたいな……」


 不意に東屋の屋根を見上げつつ、視線を何気なく一番奥に向けると化石のように微動だにせず、俯き続けている羽鳥の姿が目に飛び込む。管理棟から出て実々瀬に促されるようにここまで来たが、あれ以来一言も言葉を発することなく、座り続けていた。そんな彼のあまりの落胆ぶりに誰一人、声を掛ける事も出来ずにいたのだ。それは、自分も同じであり尚の事、彼の内情を知ってしまっている為、今、羽鳥がどれだけ絶望の淵にいるのかわかってしまっている。そんな事もあり、彼の切なさが他の誰よりも伝わってくるのだ。


(悲しいですよね)


 でも今はそんな話をしに集まっている訳ではない。どうにか今の窮地を打破するべく、どんな手だてがあるのかを話合う為にここに集まったのだ。

 完全に負の空気が満ちている東屋に、それを一変する為に自分が出来る事。新人だから言える言葉がある。まずは、眠れる獅子ではないが、羽鳥を今の状態から脱却させねばならない。腹を据えると共に意を決し、大きく息を吸うと彼の方を向く。


「羽鳥さんは、どうしてさっきから黙ってるんですか?」

「おい、健吾!!」


 制止の声をあげる梶山にはめもくれず、尚も羽鳥に問いかける。


「ショックなのはみんな一緒ですよ。その為にどうしたら良いのか話に集まっているのに、どうして、羽鳥さんはこちらの話に参加しようとしないんですか? 羽鳥さんはあの場所が好きで、この仕事に誇りを持ってやっていると思っていたのに…… すげー がっかりです!!」

「言い過ぎだぞ健吾」

「大河さん。分かってます。分かった上で言ってるんです!! 皆さんだってあの場所が好きなんですよね!! 誇り持って監視員の仕事やってるんですよね!! そうじゃなきゃあんな人の命預かるような仕事、やれるわけないです!! 何年も続けてやりたいと思わない!!」


 訴える自分の言葉が、暫く東屋の中に余韻として残る感覚を覚える。そんな自分の叫びに、今まで、沈黙を守ってきた羽鳥が口を開く。


「全くもって、恥ずかしいものだ。今年入った仲間に叱咤されてるとは」

「羽鳥さん……」

「健吾。すまない、嫌な役回りさせてしまった。許して欲しい」

「許して欲しいなんて……」


すると羽鳥は一回自身の顔を両手で思いっきり叩いた。その音が周囲に響くと共に、彼の頬が赤く色づく。だがそれにより、羽鳥の中で何かがふっきたのだろうか、いつもの彼の顔つきに変わった。


「よし、じゃあ考えるとしよ。どうしたらあの場所を存続させることができるか!!」


 その彼の声に歓喜に似たような声が上がる。


「御影さんはこうでなくっちゃーー 俺等もいつもの調子でないっすよーー」

「剛、お前はいつもとそう変わらなかったぞ」

「えっ、そんなことないですよーー 昂はわかっただろ? 俺のこのナイーブっていうか」

「うんーー いや分からない」

「おい!! もうこうなったら健吾!! お前は分かっただろ? いや分かれ!!」

「えっ、無理ですよ。しかも俺は強制ですか?」

「そう、強制。何か問題でも?」

「大ありですってば!!」

「うん。良いオチを迎えた所で早速だが、本題にはいる事にするぞ!!」

「羽鳥さん酷いですよ」


 そう言い肩を落とす自分を皆が笑うと、それから始まった存続会議は、空に星が光り始める迄続けられた。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

※ハートありがとうございます!

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