第49話

 その声に、中から『どうぞ』という声が聞こえ、羽鳥がドアを開ける。それと同時に、次々と後に続いて事務所の中に入って行き、最後尾にいた自分が静かに戸を締める。すると自分の目の前に朝の時とも違う、厳しい顔つきの米内が座っていた。もしかすると、これが朝梶山が言っていた社会人としての顔つきなのかもしれない。だとしても、彼のこんな厳しい顔は見たことがないのだ。第一米内の性格上、業務時にこんな表情を浮かべる人ではない。


(昂さんの読み当たったかもしれない……)


 只ならぬ空気は他のメンバーも感じとったようで、事務所の中は異様な空気が流れていた。すると、目の前の椅子に座っていた米内が立ち上がる。


「今日はお疲れ様でした。バイト後に疲れているのにすいません。とりあえず、そこのソファに座って下さい」


 そう促され従うように、随時腰を下ろしていく。皆が座り終わった所を確認すると、彼は一枚の紙を手にし、自分等の机の前へと歩き前に出た。


「今日、こうやって集まって貰ったのには、あるお知らせをしないといけないからです」


 すると彼は、手にしていた紙を、ソファ前のテーブル上に置く。その用紙を自分含め覗き見る。すると、米内が口を開く。


「先週可決された内容です。この市民プールは5年を最長とし、完全閉場します」


 彼の言った言葉に自分含め絶句し、暫くの間重い沈黙が流れる。その空気の中、羽鳥が声をあげた。


「どういう意味なんですか?」


 どことなく動揺と怒りのような気持ちが混じる声。


「そうですね。もう少し噛み砕いて説明します。ここの施設は皆さんも知っての通り、かなり老朽化が進んでいます。その為、いざ補修をしようとすると、莫大な資金が必要となります。ただ、その莫大な資金を投じ修繕した所で、近年の異常気象による休園。それに伴う使用者の激減。諸々の事を検証した結果。現状維持のまま、故障等起きた場合。業者は入れず、自分達で補修出来る範囲で執り行うという事です」

「ではもし、設備棟で、濾過システムが故障場合。そこで濾過していたプールは使えないですよね」

「そうですね実々瀬君。そこのプールはそれ以降は使用中止になります」

「じゃあ。それって他のプールやシステムも同じ事言えますよね」

「そうですね梶山君。そしてこの設備の状況から逆算すると5年はどうにか稼働出来るだろうと。それ以降はいつ閉じてもおかしくないということです」

「そんな……」


 梶山が絞り出すような声を出したかと思うと、羽鳥がいきなり立ち上がる。


「どうにかならないんですか、米内さん!!」


 まっすぐな視線を彼に送る。また米内もその問いに真剣な眼差しを向けた。


「すまない。これは決定事項だ。どうしたってこれが、覆すことはない」 


 米内の言い切った言葉と、態度がその可能性が本当にないのだと、突きつけられる。それを目の前にした羽鳥は、強く拳を握り、俯く。そんな彼の姿に自分含め言葉を失う。くやしさと、切なさが入交じる。この空気感は部屋にいる皆が味わっている思いなのだろ。


「とりあえず、話は以上です。疲れている所申し訳なかったですね。明日もあります。気を付け帰宅してください」


 労いの声をかける米内の顔がとてつもなく悲しげに見える。大の大人にあんな表情を見せられては、これ以上の言葉はもうかけられやしない。


「御影さん行こう」


 その場に立ち尽くす羽鳥の肩を実々瀬の手が掴む。彼は俯いたまま、実々瀬の言葉に従うように、事務所のドア迄行くと、自分達メンツを先に出させた。その後に、実々瀬は足取りの覚束ない羽鳥を部屋の外に出す。そして中で、自分等の様子を見つめる米内の方を見た。


「米内さん。決定事項だとはいえ、そんな急に告げられても納得いきません。すいません。失礼します」


 その言葉を口にし一例すると、ドアを閉ざした。


 

 彼等達が出ていき、肩を落としプール場を後にした姿を、窓際から見送る。事務所には私一人、先の緊迫感の残る部屋留まり、椅子にゆっくりと座り天井を仰いだ。


「皆びっくりしだだろうな」


 この話が可決されたのは結構前の話だと言うのに、告げる勇気が私にはなかった。一緒にこの場所で働く同士でもあり、近くで彼等を見て来た事で、この場に愛着を憶え、仕事を全うしている事を肌で感じていたから。なので今回の件を告げる事で、ある程度の反応は想像はついたが、流石に目の前で皆の悲壮に満ちた顔を見るに耐え難い。どちらにせよもう言ってしまった。でも、やはり心は晴れない。伝えるべき事を告げ、少しは胸のつかえが下りると思っていたが、やり切れない感情が込み上げる。この気持ちはどうすれば解消されるのであろうか…… 全く持ってわからない。


「権限が持てる立場だったら良かったのに…… はあぁあ、もっと偉くなっておくべきだった!!」


 溜息と共に、天井を見ていた顔を机の上に突っ伏し暫くそのまま動く事が出来なかった。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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