第48話 5レーン

 今日は久々に曇天広がる空。そんな頭上を見ながら、思わず顔が綻ぶ。ここ最近の晴天続きだったせいもあり、暑さもこの天気のせいで、早朝から過ごしやすい。だからというわけではないが、朝からの準備がすこぶる捗る。


 まあ地方はお盆も終ると、数日後には学校が始まる。都心の学校と違い二学期の始まりが早い。そうなると、ここのプールも子供がだいぶ少なくなる。それは監視する自分達は多少気が楽になる所はあるが、今まで多くの子供が遊んでいる姿を目にして来た事もあり、それはそれで淋しい。しかも、今日は天気のせいか、それとも宿題の大詰めなのか、並んで待つ客が一人もいない状況だった。


「健吾。今日は暇そうだぞ」


 レンタル用の遊具に空気を入れてる最中に、梶山が来た。


「そうみたいですね。今日は並んでいる客がいないみたいですしね」

「変にカンカン照りよりこっちの方がよっぽど泳ぎやすいっていう事を知らないんだよなきっと」

「まあ、それもあるかも知れませんけど、この辺りって休みもう終わっちゃうんですよね」

「ああーー それもあったかーー 休み少ない癖に宿題多過ぎなんだよこの辺りって!!」

「そうなんですね」


 そんな話に花が咲いていると、ぽちぽちと米内が歩いてこちらの方に近寄る。


「お疲れ様です。二人共」

「お疲れ様でーす。米内さん」

「お疲れ様です。米内さん。きっと遊具の数ですよね」

「茂宮君もう察してまいたか。今日はこんな天気で、お客もいつもより少ないですので、数はとりあえずいつもの半分あれば足りるかと思います」

「分かりました」

「後、開場してからのことですが、茂宮君今日、流水プールの監視やってみますか?」

「俺が、流水プール? ですか?」

「おい、健吾やったじゃん!!」


 今まで、レンタルから始まり、終わる2時間前の競泳プール、子供用プールと、それなりに、下済みは積んではきた。でも流石に流水プールは人気もあり人も多く、水も回転している為、なかなか要救助者を早期発見することが、初心者には難しい。そんな経緯もあり、今まで流水プールの監視は一度もしたことがなかったのだ。ただ、今回米内さんからの直接、配属辞令が出たのだ。それは自分が一人前に仕事が出来るようになったという事を認めてもらえたことになる。


「本当に良いですか?」

「はい。さっき羽鳥君や、実々瀬君とも相談しまして、良いだろうと。それに今日は人も少なそうですので、初めての監視には良いかなと思いますよ」

「ありがとうございます!! 俺頑張ります!!」

「はいよろしくお願いします。それに伴い、梶山君はレンタル担当になりますけど良いですか?」

「了解しました!!」

「後ですね、今日閉園した後に、事務所まで来て下さい。とりあえず他の皆さんにはその胸私から、伝えて置きますので」

「分かりました」

「じゃあ今日もよろしくお願いしますね」


 軽く笑みを浮かべ、彼は管理棟へと戻っていく。が、やはり先日から元気がないのは変わらずで、帰る背中がどことなくもの悲しい。


「やっぱり元気ないですよね米内さん」

「だよなー 結構長いよなあの感じ…… 何があったのかなーー」

「剛さん聞いてみて下さいよ」

「はぁ? 何言ってんだよ健吾。無理だって。米内さんは俺等みたいなバイトじゃないんだぜ。市役所職員だぞ。俺等より複雑な柵がきっとあるんだから、変に首つっこんでも迷惑かけるだけだって」

「うんーー まあそうなのかもしれませんけど…… あっでも、剛さんそういう事、ひっくるめても、勢いで聞けそうな雰囲気が」

「おい、俺はそこまで空気読めなくないぞ!!」

「いや、読めないトコありますよ」

「健吾。お前も言うようになったな」

「そうですか?」


 そして互いの顔を見て、声を上げて一頻り笑うと共に、梶山と別れ自分の持ち場へと向かった。


 案の定今日は当初の読み通り、お客は疎らであり、終日のんびりとした空気が開場中は流れている。自分も開場直後は緊張した面もちで、流水プール監視台に腰を下ろしていたが、客もいつもり少なかった事も幸いし、どうにか大役をやり切り無事に閉場出来た。お陰でかなりの充実感で気持ちが満たされている。そのせいか仕事が終わった直後から自分が思っている以上に感情が顔に出てしまっていた。自身でも自覚はしていたものの、高揚感のせいかうまく制御出来ない。勿論その感情がわからない面々ではない為、その様子を黙認している雰囲気があった。しかし、流石に閉場してからずっとは見るに堪えられなくなったのか苦笑を浮かべた実々瀬が自分を見る。


「健吾。その表情どうにかならんか?」

「うん? 何のことですか大河さん?」

「いや、ずっと同じ表情のまま笑っているのだが、気づいていない? いや無意識なのか?」

「大河さん。健吾。やりきった感で頭の回路おかしくしてますよ」

「…… そうみたいだな」

「怖い」

「おい、健吾、昂に怖いって言われたぞ。それ、益々深刻だぜ」

「剛。それどういう意味?」

「はははは。健吾も相当嬉しかったんだろう。まあ今日は良いじゃないかこの顔のままで」

「だから皆さん。何言ってるんですか? 俺いつもの表情」

『違うから』


 自分の言葉の途中で、4人の総ツッコミが入る。思わず頭をかしげ、着替えを済ませると、ほぼ同時に諸先輩方の支度も整う、そして、朝言われていた事務所集合に従うべく移動を始めた。 


「何でしょうね改めて」

「健吾もそう思ったか。俺も朝からずっと気になってたんだよな」

「なんか、胸騒ぎがする」

「やめろー 昂。お前が言うと本当にシャレにならん!!」


 少し不安そうな表情を浮かべる梶山を横目に、タイムカードを押し、事務所前へと進む。そして代表として、羽鳥が、戸を軽くノックをした。


「失礼します」



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです

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