第42話

「ちょっと健吾。なんで無視するのよ」

「いや、お袋だとは思わなかったからさ。っていうか来るなら言えよ。迎えに行ったのに」

「良いよ。あんた忙しいって言ってたし、わからなければ人に聞けば良いんだから」

「まあ。そうだけど」

「それより、この荷物。自転車に乗っけてってよ。重いのよ」

「えっ? これマウンテンバイクだから荷物は積めないし、それようの紐もないだけど」

「もうっ、しょうがないな」

「何がしょうがないだよ。とりあえずあともうちょっとだからさ」


 少し呆れ気味に答える自分に気にすることなく、母は『早く行って』とばかりに自転車一回押す。その仕草に溜息を付くと、自分達は一緒に夕焼けに染められた空の下を歩いて行った。



「思っていたより綺麗にしてるじゃない」

「まあな。っていうか勝手に開けるなって」


 アパートに入って早々に、母はそこいらにある棚という棚を開け始めたのだ。まあ、母あるあるなのかも知れないが、いきなり来た上、いかがわしいモノはないが、やはりやめてもらいたい。自分はそんな母の行動に厳重注意を促す。が、そんな事で引く親がどこにいるだろうか。


「いいじゃない、お母さん入学式以来二回目だもの、あの時だってバタバタしててアパートだってちゃんと見れなかったし、このへんの観光だって一個もしないで帰宅したんだから!! 今回はちゃんと楽しんでいくわよ」

「因みに、今回はどうして来たの」

「どうしてって。健吾がお盆中帰らないっていうから。家にお父さんと二人だと疲れるでしょ? だからお互いリフレッシュってことで」

「じゃあお盆中はこっちにいるって事?」

「そういうことーー でももっと居て欲しいならいるけど」

「いや、良いです」

「それよりお母さんお腹空いちゃったんだけど」


 言葉の勢いそのままに冷蔵庫をいきなりガバリと開ける。


「何にもないわね。健吾日頃何食べてるのよ」

「だから勝手に開けるなっているだろうに」


 すると彼女はやれやれといった感じで溜息を突く。


「まあ予想通りだけどね」


 ニンマリと笑みを浮かべ彼女が持参したキャリーケースを自分を使い部屋の真ん中迄持ってこさせ一気開封する。すると、その中にはたくさんの野菜と、タッパ。そして自分が好き好んで食べていたお菓子がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。あまりのみっしりさに感嘆の声が思わず漏れる。


「これじゃあ重いわけだよ」

「こう見ると圧巻ね」

「そういう問題かよ。野菜なんかはこっちの方が安かったりするから今度は良いから」

「分かった分かった。とりあえず直ぐ食べれるものっと。あっ、これこれ健吾の好きなすわい大量に作ってきたんだけど」

「食べる」

「じゃあ後は、ご飯って炊いてない?」

「冷凍のある」

「じゃあ肉じゃがも作ったからこれで、漬け物あるしとりあえず直ぐ食べれそうね」


 母はさっきの棚チェックで把握した食器を手際よく出し、暖めるものをささっと温めると、ものの数分で夕食の用意を完了させた。流石主婦歴が長いだけあって手際はハンパなく早い。まあ、自分も空腹ではあったのでありがたい。にしても半年ぶりぐらいの母自家製料理。いざ並べられると懐かしさが込み上げる。やはり一人暮らしをし始めと実家暮らしのありがたみがわかるようになってきた。そんな事をしみじみ感じながら床に座ると、遅れてお茶の持ってきた母が座った。


『頂きます』


 同時に言葉を発すると、自分等は料理を口に運ぶ。


「すわい久々ーー」

「どう?」

「変わらないけど」

「じゃあ良しね」


 少しずつ箸を進めていく中、母が自分に声を掛けた。


「バイト結局何してるの?」

「監視員のバイト。プールのね」

「プールね…… そうなの。で、どうなの皆さんに迷惑かけてない?」

「最初は、わからない事だらけだったけど、今は小規模プールの監視とかもやらせてもらってる。先輩達も良い人ばかりだし」

「そう。それは良かった」


 彼女はお茶を含み、その湯飲みを暫し見つめる。いきなり母がしゃべらなくなったことに違和感を感じたが、そこには特には振れず、母の手料理を堪能することに意識を向けた。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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