第38話
「なんか、頑張ってるみたいだな!!」
「そうなんす御影さん。今も休憩中に昂が、泳ぎノウハウを話してるみたいですよ」
「そうなのか。いやはや良いことじゃないか」
「そうっすよねーー」
「にしても、どんな話の流れでこうなったんだ?」
「そこですよね大河さん。俺も聞きたいです。剛さん何か聞いてたりしてますか?」
「なーんも知らん」
「えーー」
今は午前一回目の全体休憩中であり、管理棟内のサークルルームで休憩を取っている最中、戸乃立以外のメンツが集まっていた。そんな中もっぱら彼等の話題の中心は、『戸乃立、人に泳ぎ教えるの巻』の話しで昨日から盛り上がっているのだ。
散々自分達が泳ぎの指南を頼んでもやんわりと断って彼が、どういう風の吹き回しが起きたのか、日頃から彼に接点のある皆は興味がわかないわけがない。
「あああーー 気にるーー 剛さん聞いてきて下さいよ!!」
「まあ待て健吾。それは皆同じだ。でも確か今日で教えるの最後だって言ってたから全部終わってからにしてやってくれ!!」
「わかりました…… でも一日長いなーー」
『同感』
三人の声がシンクロしつつ、そこにいる全員が深く頷いた。
「ヘックション」
かなり大きなくしゃみが出た。隣で説明を聞いていた彼女が驚きの表情を浮かべる。
「ご、ごめん」
「大丈夫ですか戸乃さん」
「う、うん大丈夫」
昨日含めて二日目の練習である。とりあえず彼女は昨日、今日の二日間しか時間がさけないということで、その二日間で集中的にたたき込む形になったのだ。また、当初から短期ということもあり、彼女の名前はあえて聞かずにいた。それに合わせてと言う訳でもないが、自分も名字を一時削除した形で呼び名を伝えている。そんな形でスタートした練習も佳境を迎えていた。
結局の所彼女の泳げない原因は、泳ぐ前に体が沈んでしまう事であった。が、息を止め、肺に空気があれば浮き輪替わりになり、沈まなくなるという事を教えた。すると、その悩みは難なく解消され、その後、時間を追うごとに形になり、今日に至ってはどうにか泳げるようになってきていたのだ。
当初はどうなるかと不安しかなかったのだが、これなら及第点ぐらいは役目を果たせたであろうし、有言実行という事で安堵している。と同時に、自身がこうやって人に教えを説く事などないと思っていたのにも関わらず、現に教えている自分に一番の驚きを覚えた。
そう自動販売機での彼女の姿。あの泣いて俯くあの姿は、劣等感で押しつぶされそうになっていた自分だと。そう見えてしまった途端、居ても立ってもいられなくなってしまったのだ。
兄と比べられ、劣等感に駆られる思いも、そこからくる虚しさ、悲しさも全てわかる。それは今も自分が味わっているのだから。でもせめて、少しでもその思いが和らぐとしたら、自分も少しは救われるような気がしたのだ。
(結局は自分の為だったのかも)
そんな事を思いながら、彼女との練習は順調に進み、お昼休みの鐘が鳴った。これで一連の指導は終わりを告げる。プールから上がった自分と女の子の顔はどことなく晴れ晴れした表情を称えていた。
「ありがとうございました。こんなに泳げるようになるなんて思っていなかったです」
「そうですか、それは良かったです」
「戸乃さんのお陰です」
「い、いや僕は何も」
「私を泳げるようにしてくれました」
「は、はあ」
「もっと自信持ってくださいよ」
「あ、あうん」
「じゃあ。私帰ります。本当にありがとうございました。リレーがんばるね戸乃さん」
「あ、はい。頑張って下さい」
そう言い彼女は手を降ってその場を後にする。自分もまた遠ざかる背中が見えなくなるまで見ていた時だった。
「戸乃さーん」
慌てて振り向くと、監視員メンバーがその様子を後ろから見ていたのだ。瞬時にして、視線を反らす。そんな自分に皆が近づいて行くと、梶山が自分の肩に手を置いた。
「昂。お疲れ。すげー感謝されてたじゃん。良かったな」
「そうだな。この前の時とは比べものにならないぐらいに良い表情をしていた」
「そうなんですか大河さん。じゃあ今度は是非俺にも教えてください戸乃立さん!!」
「待て、健吾。自分も混ぜてくれ」
「ちょ、ちょっと話ふったの俺!! 御影さんまで抜け駆けナシっすよーー 俺も頭数入れてくれないとーー なあ良いだろ昂」
4人が話で盛り上がっている中、いきなり話題の中心人物となりっている。そんな経験など皆無の上、思いの外大事な話になりつつある事に、自然と体がいつも以上に屈んでいく。そんな自分の様子に気づき始めた面々の視線が一気に自身に集まる。
「どうした昂」
代表として実々瀬が声をかけてきた。そんな彼の言葉に唇が小刻みに震える。
「ど、どうしよう。今になって自信なくなってきた」
今までの人生において面と向かい賛嘆された機会が乏しいあまり、返って不安の二文字しか出てこない。慌てて反らしていた視線を周りに向ける。
「あの子泳げなくなったらどうしよーー」
動揺が隠しきれず、思わず声を上げ頭を抱えしゃがみ込む。
「おいーー 昂!!」
「だ、大丈夫ですよ戸乃立さん!!」
「ど、どうした? 昂」
「何も問題ないぞ昂!!」
総突っ込みのような慰めの声が飛び交う中、自分は暫くその格好のまま自問自答を繰り返していた。
※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※
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