第37話

「実々瀬さん。監視中すいません」

「何だ」

「あの日陰にいる女の子」

「ああ。あの子か。俺も気になっていた。今日はずっとあのままだ」

「そう…… ですか」


 暫く彼女の方に視線を送り直すと、一回口に水を含ませた。


(とりあえず声掛けてみた方が良い…… よね)


 自分が見回りをしている時に要救助者を出しては、自身がいる意味がない。途端に緊張し口が乾き再度水を飲むと、彼女の方へと向かい背後に立つ。


「あ…… あの……」


 恐る恐る声を掛ける。だが女の子は気づかない。自分は膝をつき、彼女の肩を軽く叩いた。すると、流石に気づき振り向く。


「そ、その…… す、すいません」


 振り向いた女の子の表情が一瞬氷ついたかと思うと、不審者を見るような目でこちらを見る。自分は慌てて、赤いライフジャケットの監視員とうプリントを指に指す。


「あっ、怪しい人じゃないです」


 すると彼女は、監視台に座って居る実々瀬に視線を送り同じジャケットを来ている事を確認し、一回お辞儀をする。そんな彼女が、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた。


「私、何かしましたか?」

「い、いや何もしてないです。ただ、具合悪いのかなと」

「そんな事ないです」


 ぶっきらぼうにその子は答える。思春期にはよくあるケースではあるが、分かっていてもその口調は言われた本人にしてみれば、なかなかのボディーブローだ。ただ、言うだけのことは言っておかなくてはならない。


「そ、そうですか…… それなら良いんです。でも今日は暑いので水分だけは摂って下さい」

「わかりました」


 そう言うと彼女はまた、友達のいるプールへと目を向けてしまった。


「はあぁあ」


 深い溜息をつきながら、自分は自動販売機に向かっていた。今は全体休憩に入って暫くたっている。終わった直後に行くと、軽く渋滞をしていることがあるので、少し時間を置いてから買いに向かうというのが、混雑を避ける手段である。が、今は特に人と顔を合わせる気分ではなかった。実際今も、皆が話している輪に入るのがしんどく、管理棟にある自動販売機とは別の所まで買いにきているのだから。そんな自分の面もちの原因は先の女の子からの対応が頭から離れないという事。


 彼女にも色々あるとは思うのだが、それ以上に自分のメンタルは弱いので、年頃女子と分かっていてもああいった対応が酷く堪えるのだ。

 肩を落としながら、販売機まで辿りつくと、水を購入。急いでその場から立ち去ろうとした瞬間。目の前には例の女の子が自動販売機に向かって歩いてきていた。即座に下を向く。会った瞬間あからさま過ぎたかもとは思ったが、もうしょうがない。軽く会釈をして、そそくさと立ち去ろうとした時だった。


「あの……」


 自分の横から彼女が声を掛けてきたのだ。驚きを必死に堪えつつ、彼女の方に視線を送る。すると、目の前の女の子は先とは違い、何かもじもじと体を動かしていた。すると再び彼女が口を開く。


「さっきその…… ごめんなさい」

「あ、はあ」

「言い方。酷かったかなって」

「ああぁあ。良いです。気になさらず」


 そう答えるも女の子の顔色は優れない。


「あ、あの…… やっぱり具合悪い?」


 彼女は首を左右にふると、今度は彼女が俯く。


「私…… 私」


 すると女の子がいきなりひくひくと泣き出したのだ。


「お、お、おおおおーー」


 周りを見回し、このいきなりの状況に慌てふためく。


「と、とりあえず日陰行きましょうっ」


 そう言い彼女を日陰まで誘導させたものの、どうして良いものか分からず心中大混乱に陥っていた。


(ど、どうしたら良いっ?)


 こんなシチュエーションは今まで経験がない。どんな言葉をかければ正解なのか、どう対処すれば泣きやんでもらえるか、自分の経験値の中で、絞り出した答え。それは……


「み、水飲む?」


 そう話ながら、未開封のペットボトルを彼女の前へと出す。すると女の子はゆっくりとそれ手に取り、蓋を開け一口水を飲んだ。


「ご、ごめんなさい」

「良い、から。その…… 大丈夫?」


 すると彼女は一回頷き、もう一度水を口に含ませると、息を大きく吐く。どうやら気持ち落ち着いたようで、肩の揺れがなくなった。


「私…… 泳げないです」


 いきなり彼女が話し始め驚いた表情をしてしまったが、そんな自分に俯いている彼女は気づくわけもなく、尚も女の子は話し続ける。


「でも、休み明けクラスのみんなが出るリレーがあって、練習に来たのにやっぱり駄目で…… このままだとみんなに迷惑かけちゃう」


 そう話すとまた彼女はしくしくと鳴き始めた。それを暫し見つめ、一回強く食いしばると、意を決し口を開く。


「あの…… 教えようか?」


 俯き涙を流していた彼女が顔を上げ、今の発言の意図を再度問いただすような表情を浮かべた。


「泳ぎ方、僕で良ければ多少…… 教えられるかなと……」

「お兄さんが?」

「う、うん」


 彼女はすぐさま自分の涙を手で拭うと、改めて自分を見た。


「私、泳げるようになる?」

「あっ、うん。君の状況がわからないから何ともだけど、全然っていうことはないと思い…… ます」


 すると彼女の表情が一気に明るくなる。


「お願いします!! 私に教えて下さい」


 言葉の勢いそのままに、女の子は頭を下げた。


「あああ、頭上げて」

「はい」

「じゃ、じゃあ君の都合良い日の午前中を教えて下さい。それに合わせて僕も来ます。集合場所は今日いたプールの所。ど、どうですか?」

「わかりました。それでお願いします」


 そう言うと、彼女は先までの泣き顔が嘘のような笑顔を見せる。


「少し待ってて下さい。スケジュール表持ってきます」


 弾けるような笑みを見せると、直ぐに踵を返し歩き出す。その背中を見つめながら、薄い笑みを浮かべた。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです

※ハートありがとうございました!

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