第33話

 もしやとお思い、その声の方を見ると、多田野と三鷹輩2人が、プール際の一番近い一等地のような場所で騒いでいたのだ。しかも、皆が日陰を求め集まる為、譲り合いながらスペースを使っているというのに、彼等は日陰に荷物を置き悠々と使っているような状態だった。ある意味彼等らしいと思うと同時に人格が滲みでているとも取れる。


 まあしかし、それは人としての行いであって、譲り合うというのは本人達の意識の問題。監視員がそこまで関与することではない。とりあえず、休憩ももう少しで終わりでありそれを待つしかないのだ。その輩を複雑な思いを抱きつつ、目で追っていた直後だった。


「梶山いたーー」


 三鷹が声をあげる。それに便乗するように、多田野もそちらを見た。


「ホントだ。梶山君」


 その声に軽く会釈を通過しようとすると、尚も声が掛けられる。


「せっかくバイト先まできてやったのに対応冷たくない?」

「そうなぜ梶山君。俺等淋しいよな多田野」

「本当だぜ客として来てるのにその態度ないだろ? 皆さんもそう思いません?」


 大声で話す2人に周りの客も少しざわめき出す。このままだと別の問題を起こす可能性もある。ましてや俺個人の事で昨夜の様な大事にはしたくはない。強く手を握り、腹をくくり彼等の方へ赴く。


「剛さん」


 健吾が声を掛けるも、それには軽く手を上げ答えつつ彼等の方へ足を向けると前へ立つ。


「何のご用ですか?」

「何のご用って梶山がやけに熱入れてるバイトを見に来てやっただけだけどなあ、三鷹」

「そうそう。仕事っぷりってやつを見にきたわけ。にしてもこのプール場ってぼろいよな。やばくね」

「まあ、いいんじゃね。こういう感じ梶山っぽいじゃん」

「ぎゃははは。違いねえ多田野」

「じゃあ。用件がなければ業務に戻りますので」


 彼等に一言そう言い放つと、体を反転させる俺の前に、多田野が立ちはだかる。


「おい、何俺等に言ってるの? お前は呼ばれたら用があろうがなかろが来るんだよ」


 睨みつけるような視線が送られる中、俺の前に立つ多田野からアルコールの臭いがした。基本プール内での飲酒は禁止になっている。瞬時にして周りを確認する。すると、彼等の座っている場所に明らかに怪しい紙袋が置いてあった。また、自分に嫌みを言う三鷹からも、その類の臭いがする。こんな猛暑日にたとえプールに入っていたとしても、こまめに水分をとらなければ脱水症状に陥ってしまうというのに、この2人は愚行行為しかできないのであろうか。ある意味情けなくもなるが、明らかに違反をしているのだ。監視員的には没収などの処置を行う必要がある。それはわかっているがやはりそれが言い出せないまま立ち尽くす最中、休憩終了のアナウンスが流れた。すると、多田野はニヤリと笑い、彼の肩に手を置くと耳元で囁く。


「俺の言うことを聞いてれば良いんだよ」


 そう捨て台詞のように言い放つと、押すように肩の手を離し、プールの方に向かって行く。


(もういいや。あいつらがどうなっても。俺はもう知らない)


 情けなさと悔しさで奥歯を強く噛みしめ、拳を強く握る。その時だった。


「剛さん」


 自分の名前を呼びながらこちらへと向かう健吾の足音が耳に入る。そして昨夜彼に言われて言葉が脳裏に浮かぶ。


『俺は今の剛さんしか知らないです。それで十分じゃないですか!!』


 俺の初めての後輩がそう言ってくれたのだ。俺は今の俺で良いのだと。この場所には過去の俺はいない。新しく変わろうとしている俺がいるだけなのだと。その刹那無意識にすれ違った多田野の手首を掴んだ。


「ちょっと待って下さい。お酒飲んでますよね。プール場内は禁酒です。また飲まれた状態で入水する事は許可できません」


 すると、プールの縁辺りで、手首を握られた彼は俺の手を強い力で振り払った。


「ああぁあ。梶山何言ってやがる。俺に指図するつもりか?」

「本当だぜ。何いきがってるか知らねーけど、偉そうな事言うんじゃねーよ」


 三鷹も悪態をつきながら近く寄ってくると、俺の隣で睨みつける。そんな2人の威圧的な態度をひしひしと感じながらも、自身の気持ちはもう固まっていた。


「この場内には、来場者が安全で楽しんで貰う為のルールがあります。そのルールを守れないようなら、お帰り下さい」

『ああっ!!』


 2人の輩が凄みをきかせた声を上げると共に辺りに響く。すると、俺の目線の先に心配そうな表情を浮かべつつ、こちらに来る茂宮の姿を捉えた。俺は一瞬笑みを浮かべるとすぐさま二人の同級生に視線を替え、強い眼光を向けながら言い放つ。


「俺は、ここの監視員です。ここではこちらの指示に従ってもらう!!」

「何言ってやがる!!」


 そう言いながら、多田野は俺の手を力任せで振り払うと体を反転させ、拳を上にあげようとした途端、酔いも回ってきたせいか縁に足をとられバランスを崩す。


「お、おいっっ」


 慌てて近くにいた三鷹の腕を掴むも、いきなりの事と彼もまた酒を煽っていたせい

かふんばりがきかない。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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