第31話
そんな背中を鋭い眼孔で見つめる事暫し。視線を横に移すと、未だに頭を下げ続けている梶山の姿あった。彼はあれから一言も発しておらず、表情も伺いしれない。ただその姿が、とてつもなく自分の中で耐えきれない。
「剛さん」
彼の名を呼ぶも反応のない姿に思わず梶山の腕を掴む。するとその手を振り払われる。が、それでも再度彼の腕を掴み直す。
「ほっといてくれよ!!」
彼から発せられた今までにない強い口調と共に、自分の手を剥がそうとする梶山の腕を、強く握る。
「ご飯行きましょう!!」
話の流れとは全くの的外れの自分の言葉に、驚きの表情を浮かべ、梶山がこちらに視線を向けた。それを機とみた自分は彼を引っ張り歩き出す。
「お、おい!!」
「今日は、俺が奢りますから」
そう言い、尚も梶山を強引に連れていく。そんな自分に一瞬抵抗した彼ではあったが暫くの後、どこか諦めた感じの溜息を一回ついてみせる。その後は抵抗することなく自分に連行されていった。
「すいません……」
さっきの勢いはなりを潜め、先の梶山のような肩を落としながら、街頭近くのベンチでペットのスポーツドリンクを両手で掴む。その横に併設されているブランコに座りながら梶山が缶コーヒーを飲んでいた。ここは、お互いの家の中間地点にある公園である。自分が鼻息荒く、近くのラーメン屋に入り食券を買おうと財布を出した所までは良かったのだが…… 奇遇の出会いを果たす前に所持金をほぼ使い果たしてしまっていた事に気づいたのだ。自分自身、啖呵を切ってしまった手前、穴があったら入りたい気持ちであり非常に居た堪れない状況である。が、それ以上にあれから梶山は一切喋らず、出くわした時よりも空気が重く感じとれるのだ。
(どうしたら良いだよーー)
胸の奥で絶叫する最中、今まで反応のなかった梶山がコーヒー缶を見つめたまま、一回溜息をついた。
「ご飯、奢ってくれんじゃないのか?」
その言葉にすぐさまベンチから立ち上がり90度に頭を下げる。
「ほんっとーーーーにすません!! 持ち合わせなかった事忘れてて」
尚も頭を下げ続ける。勿論どんな嫌みな言葉を投げかけられようが、それを甘んじて受ける覚悟は出来ていた。
「ありがとな」
「…… へ?」
予想だにしない言葉に思わず耳を疑い顔だけあげる。すると、やれやれといった表情を浮かべながら自分を見ている彼の姿があった。
「何だよーー」
「えっ、いや…… 予想してなかった言葉だったので」
「そうか?」
「そうですよ!! 今までの流れからいって、どう考えても責めたてられてもおかしくない状況じゃないですか」
「んーー」
曖昧な返答と共に梶山が神妙な表情を浮かべる。
「本当俺。あんな形で言い切って。しかもご飯奢るって店迄行って結果がこんな感じで…… 本当格好悪いですよね」
「それを言うなら俺の方が格好悪いだろ?」
「そんな事は」
「いや、格好悪い。俺自身がそう思うんだ」
「剛さん……」
「まあ、本質的な俺はあれが本当ってトコかな。だからってわけじゃないけど、昔へっぴり腰すぎたから…… そうそう!! あんな感じだったから、女子にもモテなくてさーー その反動が今に出てるっていうか……」
すると、彼の顔がいきなりもの悲しい表情へと変わると、自分から目を反らす。
「本当、情けなくて無様だよな」
吐いて捨てるように言う彼の姿に、自分まで悔しく歯がゆい思いが込み上げる。
「剛さんは情けなくないし無様でもありませんよ!! 俺は今の剛さんしか知らないです。それで十分じゃないですか!! 何かのきっかけで変わろうとする事は悪いことじゃないですよ!! そう言ことは俺にも往々としてあります!!」
感情の作用で威勢のいい言葉を言ったものの、偉そうな事を口にしたと我に返り後悔の波が襲うと同時に、目線を彼から反らす。それから暫し無言の時間が過ぎ、再度梶山の様子を伺うように、彼の方に視線を送る。すると、うっすらと笑みを浮かべながら、薄雲かかる夜空を見上げていた。
「あーあ。健吾に励まされるようじゃ、俺はもう駄目だな」
「えっ、そ、そんな!!」
「うっそー」
そう言うと、頭上を見ていた梶山が、満面の笑みを浮かべて、自分の方を見た。その表情はいつもバイトで見ている顔つきだ。
「酷いですよーー」
自分も自然と笑みが零れる。
「酷いのは健吾だろ? ご飯どうすんだよ!!」
「わかりました。絶対に今度俺奢ります!! でもバイト代入ってからにしてくださいね」
「わかってるってーー じゃあ。どこにしようかなーー」
「じゅうじゅう亭一択ですよ」
「えっ、選択枠ないの?」
「ないです」
笑みが零れつつ、たわいもない話しは暫く続き、お開きになった時には、薄雲は晴れ、瞬く星が輝いていた。
※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※
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