第30話

「遅くなっちゃったな」


 どっぷりと日は落ち、辺りは暗くなっていた。といっても地方は街頭が少ないものの、個々の車保有率も多い事もあり車のライトでどうにかなってしまう事も多々ある。まあ裏をかえせば、一歩わき道に入れば真っ暗。そんな状況であり、あまり土地勘のない場所に足を踏み入れたのなら、主要道路を通って帰宅するのが一番の安全パイである。


(それにしても今日は急だったな教授)


 時間を遡る事2時間前。更衣室でたわいもない会話し、帰路に着こうとタイムカードを押した直後に、着信を知らせるベルが鳴り響いたのだ。急いでその電話にでると、教授からだった。


 教授は自分のゼミの研究でとある資料が必要となり、書店でそれらの関連で掲載してある書籍を全て買って来て欲しいという依頼だったのだ。バイト後で疲れている事もあり断ろうと一瞬思ったが、以前ご飯代を出してもらった手前断りずらくなり承諾した。


「えっとーー これできっと最後だよな」


 片手に持っているビニール袋の中には5、6冊の書籍が入っており、なかなかの重量感である。本当は承諾した際にはこんなに関係書籍があるとは思っていなかった。それに、本屋も今のネット通販ブームで書店も淘汰され、あまり店自体少ないのではと高をくくっていたのだ。だが、思いの外書店が在ったという事実を改めて探す事より知った。ただかなりの点在ぶりで、市を端から端まで横断するような感じになってしまっていたのだ。お陰で今日はこんな遅くまで俳諧する形になってしまっていた。因みに、ここは自分の住んでいるアパートからやや離れてる。また、バイトだけの日は体を鍛える為に徒歩でプール場に向かっている為、もう暫く歩かなければ住処には着かないのだ。 


 明日は、これを教授に渡してから、バイトに行く事になるので、出来れば早めの帰宅をしたい。そんな焦る思いに、少し歩幅を広げ大通り沿いを歩く。すると、見慣れたビルが視界に入ってきた。バイト御用達のスポーツ洋品店の入っているビル。自分も知らなかったのだが、歓迎会をしてくれた時に皆が口々に行っていた洋品店である。その時以前、自分が新しいウォーキング用シューズが欲しくて梶山に連れられ一緒に来た事を思い出す。


(確かに品揃え良かったな)


 土地勘がまだない自分にとってはとてもこういった情報はありがたいのだ。しかも彼はそういった自分や他の人が必要としている情報を、こちらが聞く前に教えてくれる。あの個性の強い人の中で、一番声をかけやすく、またなんやかんやでバイトの面々の中和役のような事を担っている梶山。ある意味あの集団における凄い役所だと改めて感じる。そんな事を思いビルに近づいていく。

 一階はカラオケ屋と言うことで、一際その周辺だけ明るい。また、夏休みに入った学生の集団が店先に固まり楽しげに話していた。日頃はこんな光景はないのだが、やはり休みに入ると、箇所箇所で見られる光景ではある。すると幹事らしき人が店内から出てくると、目の前にいた集団が民族大移動のように動きだした。


 これから二次会に行くのか、飲み屋が比較的集まる方へと歩いていった。自分もバイトをやっていなければ実家に戻り、昔の級友と会っていたであろう。しかし今年はバイトに入ったばかりもあり、帰省しないと決めている。なので、ああいう光景を見ると、少し羨ましく感じ、目を細めつつ、店前を通りすぎようとした。その直後、カラオケ屋から急に人が出てきた途端、自分の肩とぶつかってしまったのだ。


「すいません!!」


 自分が言う前にその彼から声があがる。が、聞き覚えのある声に瞬時にしてそちらの方を向く。


「剛さん?」

「健吾…… か?!」


 その言葉にした直後、梶山の顔から血の気が引くと同時に表情が一瞬にして硬直したのが見て取れた。


「どうしたんですか剛さん?」


 すると、店の自動ドアが開くと同時に罵声に近い強い口調の声が上がる。


「おい! 俺等がトイレ行ってる間に、何帰ろうとしてんだよ梶山」

「多田野。何でも明日バイトがあるって言ってたぜ。まあ俺等には関係ない話しだけどな」


 いきなり出て来きた、同学年位の青年2人から、予想だにしない悪態に目を見開く。と同時に自分に前にいる梶山がそれらに反論もせず、俯き何も反応しない事にも驚かされる。が、先程の顔色や今まで見た事のない形相を彼が浮かべた姿に、これは明らかに一大事であると直感する。


「剛さん。奇遇ですねこんな所で」

「……」


 2人は梶山の背後に居た自分が彼に声掛けてきた事に少し驚いたようで、顔を見合わす。そんな彼等の方に胡散臭い笑みを浮かべつつ、軽く会釈をした。


「剛さんにはいつもお世話になっているんです。俺バイトで一緒なので。級友の…… 方ですか?」


 その問いに2人はほくそ笑んだ表情を浮かべる。


「そうなんですよ。今実家に帰省してるんで、最近遊んでるんです。なあ三鷹」

「そうそう。卒業式以来だしな」

「まあ、昨日も会ってることだし、今日はこれで解散にするか。じゃあ梶山君。また明日」


 小馬鹿にしたような笑みを浮かべる二人は、俯く彼の肩を一回叩く。そして、先程の集団の向かった飲み屋街の方へと下劣な笑い声を轟かせながら、カラオケ屋から離れていった。



※※1月6日21時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

※ハートありがとうございます!

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