第26話

(やっぱ健吾は凄いな)


 入った初日からそう感じた。だいたいよくわからないまま、このバイトに入ってくる人が多く、ただ監視台に座っているだけで良いと思ってるのが大半である。しかし実情は細かい作業や人命に関わる仕事だという認識が希薄しているのが実状。実際にやってみたものの、当初の本人達が抱いていた仕事内容とのギャップの違いと、人命に関わるという任の重さに定着する人員はそうはいない。そんな中、健吾は資格や講習を受けここへと足を踏みいれた。業務内容も把握しての事だと思うが、大半のバイトより明らかにこの監視員という職種に対しての心持が上である事は、当初から明確。勿論、教えていても熱心に作業などを取り組み、新入りとして入って間もないと言うのに人命を救った時には感心せずにはいられなかった。


 それが自分の事以上にうれしく思わず戸乃立にその話をしたと共に、水の事故に対処できる人間が増える事で自身の様なトラウマになる人が少しでも減ってくれるのなら…… また、それにより己を少し許す事ができるのではないかという思いが芽生えていたのだ。そんな矢先、彼の意気込みが空回りを起こし、それに続き、自分はトラウマで使い者にならない状況。健吾とて複雑な思いを今、抱えている筈にも関らず、彼が人命を救う為、走る姿を目の当たりにしている。

 そう俺自身が育てた彼が……


(これで良かったんだ…… もう自分がやれる事は何もない。俺もお役御免だな)


 そんな気持ちが沸き上がりつつ、健吾の背を目で追う。その時、自分の背中を猛烈な力で叩かれ、振り向くと今まで見た事もない様な真剣な表情をする彩音がこちらを凝視していた。


「お兄ちゃん何してるの? 助けるんでしょ?」

「……」

「お兄ちゃんはここの監視員なんだよ!!」

「だとしても、今の俺は使い者にならない」

「何弱気な事言ってるの? しっかりしてよ!! 私はここに居る。死んじゃいないし、お兄ちゃんだってあの時とは違う」

「……」

「助けられる力と、知識がある!! そして仲間もいるでしょ!! だから大丈夫!! 早く助けてあげて!!」


 すると、彩音が目の前に立つと赤いライフジャケットの紐を引っ張り、彼女の顔前までたぐり寄せられた瞬間、両手で自分の顔を掴んだ。


「お兄ちゃん!!」


 その声と同時に胸の奥で錆びつき強固までに胸に雁字搦めに巻かれていた鎖が勢いよく切れた感覚を覚える。と共に自然と足がプールに向かっていた。既に、戦陣として向かっていた茂宮は現場へと着く寸前となっている。それを確認しつつ、彼が入水した直後、笛を思いっきり吹いた。



「今日はありがとうございました」


 梶山が深々と頭を下げる。今日もどうにか閉場を迎え、ロッカー室で皆が着替えている時の一幕。


「いやたまたまだ」

「でも、俺全然気づかなくて。大河さん達が救助に入ってくれて本当に助かりました。お陰で女児も無事でしたし」

「うむ。それが一番大事な事だな。それに誰が助けようが自分達はチームみたいなもんだし、そう気に病む事ないぞ剛!!」

「御影さんにもそう言って頂けるなんて!! 俺嬉しいっす!! でも今回を機に思った事あってあそこ見えにくいですよね。あの監視台からだと」

「そうだなーー 自分もそれは薄々感じではいたんだが。柱にミラーか何かつけてみるとかはどうだ」

「それ良い案っすね御影さん」

「うむ。それなら米内さんに早速話してみよう」

「ありがとうござます」


 梶山、羽鳥双方が話しに没頭している最中、自分は片手をじっと見つている時だ。


「どうですか?」


 背後から、茂宮が心配そうな声を掛けてくる。


「ああ。大丈夫だ」


 彩音と言い合い直後は以前と同様震えが止まらない状態ではあった。しかしその後、無我夢中で助けに入ってからは、いつの間にか震えもなく、いつもの作業に準じることが出来たのだ。自分はゆっくりと手を握り茂宮の方に視線を送る。


「今回の件。色々とすまなかった」

「い、いえそんな事ないです。今日の救助だって俺一人より実々瀬さん居てくれたので安心でしたし助かりました」

「いや、あの時、救助者同様、俺も助けられたんだ…… 本当に…… ありがとう健吾」

「実々瀬さん」


 すると、いきなり何かを言いたげな表情を浮かべると、一回大きく息を吐いた。


「ちなみに、特に言いはしなかったがいつまで名字で呼ぶんだ? さっき一回名前を呼んだと思いきや、今はいつもの呼び名に戻っているようだが。彩音とも顔見知りで話がややこしくなるから名前に変更してくれ」

「えっ!! 名前って下のですか?」

「そうだが」

「そう改まって言われると呼びにくい」

「俺も呼んで良いですか?」


 いきなり話しに参戦してきた梶山が、目を爛々に輝やかせている。


「何の事だ?」

「えっ、大河さんの妹さんの話しじゃないんですか? 名前で呼ぶとか」

「違う。俺自身の話しだ」

「そうだったんすねーー でも大河さんの酷いっすよあんな可愛い妹いるなら教えてくださいよ。って言うか紹介を熱望します!!」

「断る」

「だって、健吾には紹介したんでしょーー」

「剛さん。紹介はされてないですよ。たまたまです」

「たまたまにしても、あれだけ話せれば十分だろ!! よし決めた。これから大河さんちに行きます」

「駄目だ」

「そんな冷たい事言わないでくださいよーー お義兄さん!!」

「はぁあ? いつから剛の義兄になった?」

「今からです」

「断固拒否する」

「お義兄さんかっ、はははっは。面白い」

「何楽しんでるんですか御影さん。剛の行動を助長させないで下さい。健吾も何とか言え!!」

「いや俺では……」


 そう言いつつクスクス笑う茂宮と、豪快に笑い飛ばす羽鳥の姿に、助け船は来ないと察し諦め顔を浮かべる。そんな自分を余所に梶山は尚も懇願の声を上げる。


「お願いしますよっ、俺を紹介して下さい大河さん。基、お義兄さん」

「だから誰のお義兄さんだ」

「冷たくしなで下さいお義兄さん」

「しつこい!! 妹は紹介しない!!」

「おにーさーんーー」


 自分と梶山のコントのような掛け合いは暫く続き、その声は管理棟に響きわたっていた。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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