第25話

「取り込み中すまないが、健吾。こちらのお嬢さんとは知り合いなのかね?」

「は、はい」

「では、先程俺が、彼女が誰かを探して居ると気づいた時には知っていたのかな?」

「い、いえそれは断じてありません。彼女がこっちに近づいて来る直後ぐらいに、そうかなーー っと」

「ほーー。 因みに2人はどのような関係なのかね?」


 話しを進むに連れて、彼の口元がひきつっていく。このままでは自分の身が危ない。第五感のようなモノが自分の中を駆けめぐり、大慌てて、彼女の方に手の平を向けた。


「こ、こちら実々瀬さんの妹さんの彩音さんです。 実々瀬さんこちらは、俺より1つ年上の先輩で、梶山剛也さん。俺より一年前からこのバイトしてる人なんだ」


 唐突な自己紹介の上、いきなり一緒に働く先輩の兄妹の登場に、あれだけ不信感を露わにしていた表情が、一変驚きの顔へと変貌する。


「あっああああ。 そうなんですか!! いつもお兄さんにはお世話になっています」

「いえ、こちらこそ兄がお世話になっています」

「いやいや、こちらこそ大河先輩には多方面でフォロしてもらってるんですよ俺等。なっ健吾」

「は、はい」

「っていうか、大河さんの妹なら早く言えよ」

「す、すいません」


 そんな2人のやりとりを目の前に、彼女はクスリと笑う。


「凄く仲良いんですね」

「はい。チームワークが取り柄なので」

「そっかーー お兄ちゃんはそんな人達とバイトしてるんですね」


 すると、管理棟から羽鳥が出てくるのが見えた。どうやら休憩時間が終わるようだ。自分等はそれを察し、彼女に事情を説明する。すると、彼女は急いでその場から離れると言い、一瞬プールに戻ろうとした。がすぐさま、Uターンで戻ってくると、自分等に再度声をかける。


「すいませんが。私が来ている事は兄には秘密にしておいて下さい」


 そう言うと、瞬く間にプールサイドの人混みの中に消えて行った。



「言わないで下さいって言っても……」


 今日も先日と同様、臨時レンタル場を設営し、次々と来る客を捌いている。まあ、時折誰も来ない時間もあるので、その時は暫し、小休止を兼ねつつ、空気の補充などをやっていた。流石に忙しいと、こういった漠然と何も考えずに出来る事があるのは、ありがたいことなのだが、今日はその時間も落ち着いてはいられない。 


 先程のように、いきなり、妹君が現れるような事があると思うと気が気ではないのだ。ましてや、最後に兄に口止め依頼迄されては、知ってる自分もそうだが、もしはち合わせでもしたらと、どうなるのであろうか? その要因を作ってしまっている事もあり、何も存ぜぬとは一概に言えない。それに、彼女が来た意図も読めない以上、心配でたまらないのだ。


「頼むから一日何も起こらずに終わってくれよ」


 自然と独り言が漏れてしまう。そんな最中、後ろから背中を叩かれ振り向く。すると、先方人混みに消えていった彩音が立っていたのだ。


「ちょっ。どうしたんですか? こんな所来たら実々瀬さんに見つかっちゃいますよ!!」

「だって、競泳の方って日陰ないんだもん暑くて。ここは涼しいですね」

「まあそうですけど」


 一人で慌てふためくも、当の本人の彼女は臆することなく、レンタル場の隣に座る。


「ここからだと、全体がよく見えますね。ここに居ようかなーー。うん? 今お兄ちゃんいないかな」

「何悠長な事いってるんですか!! ここで見てたら目立ちますって」

「そうかなーー わりかし盲点かもよーー」

「えーー」


 その時だった。何か物音がした直後。


「彩音?」


 聞き覚えのある声に、天を仰ぐ。聞き間違いなどするわけがない。噂の主である。恐る恐る声の方を見る。驚いた表情を浮かべたのもつかの間、彼の目つきが厳しくなった。


「どうした? しかも何故、昨日と良い今日と良い、健吾の所に居る」

「そんな事、どうだって良いじゃない。私は今日暑いからプールに来ただけなんだから!! お兄ちゃんこそ、何俳諧してるのよ!!」

「俳諧などしていない。さっき急遽レンタルのビーチボールが高い場所に上がってしまって、取れないということで、米内さんからお呼びがかかっている間交代していた。それで戻る次いでに臨時レンタル場に少し補充分を置いていくよう頼まれただけだ」

「へーー そうですか」


 エキサイトする2人の間に仲裁に割って入ろうとした矢先、自分の視線の先に、幼い手が不自然に動いている事に気づく。空に手を伸ばすような感じで、手を振っているようにも見えるが、それに答える人もいな。


「実々瀬さん」


 声を掛けるも彼女との言い争いで、自分の声が耳に届いていない。


「実々瀬さん!!」


 尚も名前を呼ぶが、こちらに意識を向ける感じが全くない。


「大河さん!!」


 強い口調で彼の名前を叫ぶ。すると、2人は我に返ったように、こちらに視線を移した。それを機にプールに指を指す。


「あれ、おかしくないですか?」

「確かにあれは……」


 周りを見回す。監視台には梶山が座っているが、彼からは滑り台の鉄柱があり見えずらく、まだ気づいていないようだった。


「俺、行きます!!」

「待て健吾!! 俺が」


 その言葉にするやいなや、彼の手がまた震え出している事が目視できる。


「くっそっ」


 実々瀬の苦悩に歪む顔を一瞥すると、自分はプールに走り出す。


「おい!!」

「大丈夫です!! だって実々瀬さんからみっちり教えてもらってますから!!」


 そう叫ぶと一気に自分は現場へと向かった。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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