第23話

 黒雲が覆う空の下、公園に一人残された自分は、思わず深い溜息をつく。かなり参っているのは確かだ。


 最初に会った時の自信に満ちた、そして彼について行けば大丈夫だと思わせるような頼もしさのようなものが全く感じられない。ましてや、さっきの話しだと、米内に指導役を降ろして欲しいと懇願したとか。それは、今までの師弟関係をいきなり解消させてくれと言っているようなものだ。


(確かに、率先して指導役を受けたわけではないとは思うけど、それでも役を降りた話は自分に少し相談してくれたって良いんじゃなかったのか?)


 そう思うとなんだか怒りも覚え、煮え切らない思いが渦を巻く。一方で、自分は信頼されていないのだと、突きつけてられてるような気がした。確かに、バイトを始めて日が浅いのは否めない。だが、それなりに信頼関係を築き上げてきたつもりではいた。


 しかし、今回の話しの流れからいくと、自分だけがそう思っていただけで彼はそんな心情は皆無に近かったのではないかと思えてしまう。そう思うと先の怒り感情は消え、変わりに切なさが胸を覆う。


「なんで、こうなっちゃったのかな」


 思わず心の声が漏れる。その時、公園に面した道からパタパタと音を立てて誰かが走っているような音がした。すると、公園入り口でパタリとその音が止まった直後だった。


「あっ、居た居た。茂宮さん」


 聞き覚えのある声にそちらの方に視界を広げると、彩音が息を切らしながら立っていたのだ。そして、彼女はズカズカと公園を歩き自分の前に立つ。


「どうしたんですか? 凄い形相ですよ茂宮さん」

「はははは…… それよりもだいぶ暗くなってしまっているので自宅に戻らないと。お兄さんに見つかったら怒られますよ」

「それは大丈夫です。この辺は昔から遊んでいるので、私の庭みたいなものですから。それに兄と言い争った所で、兄が私に勝った事なんでそうそうないんで。まあそれは良いとしてちょっと茂宮さんにお願いがあってきたんです」

「お願いですか?」

「はい」


 そう言いきった彼女の顔がやけに清々しい。と共に、何を明らかに企んでいるようにも見え、思わず苦笑いを浮かべた。


 天気は朝から快晴で、一週間ぶりのプール開場である。今日は朝から気温が上がり、お客は開場前から数十人並んでいたぐらいだ。そんな状況から始まった7日ぶりのバイトは猫の手も借りたいぐらいの急がしさと化している。


  右を向いても左を向いても、人、人、人。久々のバイトで鈍った体が重い。それは自分だけではなく他のメンバーもそれは同じなようなのだ。先も、一回目の全体休憩の時に声を掛けてきた梶山がいつもより、オクターブ声が低く感じた。しかし、これだけの人数が集まるイコール女子も来るわけで、彼は断然気持ちだけは前向きだ。勿論自分が休憩している今も彼らしい声が掛けられた。


「健吾。お疲れーー。 今日はプールサイドが艶やかだと思わないか!!」

「お疲れ様です。剛さんは元気ですね。俺は久々すぎて体が重いです」

「えっ!! このプール場でこれだけ圧巻な景色はなかなかないぞ」

「まあ、圧巻といえば圧巻ですが……」


 そう自分がしゃべった直後彼が一瞬周りを見回すと、いきなり顔を寄せる。


「な、なんですか!?」

「ちげーよ。何お前考えてんだよ」


 すると彼は再度周りを確認すると珍しく小声で、話しをし始めた。


「なあ。大河さんなんか様子おかしくなかったか?」

「…… そう…… ですか?」

「おう。今朝あった時から、生気がないっていうかさ。ほら、大河さんも御影さんとは部類違うけど、覇気っていうかあるじゃん。それが全くって言うほどなかったなって」

「…… 覇気ですか……」

「まあ、でもこの前のバイトの後半あたりからなんか一気に様子がおかしかったよな」

「そうですね……」


 この話しの感じだと、先日プールであった事については、自分と、羽鳥、米内が周知しているのみのようだ。が、ほぼ全容を把握出来てしまっている自分にとっては、結局何も出来ない。それに加え、バイトに入って一番の下っ端である自分がその経緯を知ってしまっているという事がどことなく後ろめたさと共に、申し訳ない気持ちを覚える。



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