第22話

 雨は止んでいる。が、空にはいつまた降ってもおかしくないであろう雨雲が厚く空を覆っていた。そんな空模様と同等のような面もちで、実々瀬の後を自転車を押しながらついて行く羽目になってしまっている。前を先導する彼は、家で話をして以降何もしゃべることなく無言を貫いていた。また、あの流れで、自分が家の中に居た事の間の悪さも重なり、非常に気まずい。


 出来ることなら、勢いで一言言って、自転車で立ち去りたいぐらいである。しかし今し方、『顔かしてくれ』と言われてそんな対応が出来るわけがない。


(これからどうなるんだよ)


 戦々恐々としている最中、実々瀬が、いきなり左に折れると、二、三体の遊具が置いてあるこじんまりとした公園に入った。それについていく形で、自分も園内に足を踏み入れる。すると、園の中央ぐらいまで歩いて行くと、いきなり彼の足が止まった。それに合わせ自分も一定の距離を置いて歩みを静止させる。すると、今まで何も話す気配がなかった実々瀬からいきなり名前を呼ばれ、慌てて返事を返した。そして続けて彼は話し出す。


「今日はどうして家まで来た?」

「さっき、妹さんが回収してましたけど、米内さんから給料明細を預かって。届けて欲しいと言われたので。あっ、でも俺はポストに入れて直ぐ帰宅しようとしたら、妹さんとばったり出くわして…… お茶でもと誘われたんです。俺っ断ったんですけど……」

「…… 彩音から何か聞かれたか?」

「…… そ、そのっ」

「躊躇することはない。どうせ俺絡みの事だろしな」

「はあ……」

「で」

「妹さんが、先日バイトから帰宅してから実々瀬さんの様子が変だと…… 何か事情知らないかと……」

「…… それで、健吾はどう答えた?」

「先日のバイトの時に確かに実々瀬さんらしくない事はありましたと」

「…… 他には何か妹言ってなかったか?」

「そうですね…… そう言えば、まだ気にしてるとか、私絡みだとかは言ってました」


 すると、実々瀬は大きな溜息をつき、横にあったジャングルジムによりかかり黒雲を仰ぐ。


「そうか……」

「あの……」


 自分が発した言葉の後暫しの沈黙の間、空を見上げていた彼が、いきなり自分の方を向くと深々と頭を下げたのだ。


「すまない色々と」

「えっ、いやその。よくわからないですけど、頭上げて下さい!!」


 あまりの唐突な事にあわてふためく自分を余所に、実々瀬はゆっくりと頭をあげ、苦笑浮かべた。


「色々と俺の事で健吾を振り回してるな」

「いやっ、そんな事は……」

「まあ、これだけ巻き込んでしまったんだ。少しだけ俺の話しても良いか?」

「…… は、はい」


 重い空気が流れる中、彼は腕を胸の前で組むと遠い目をする。


「あれは俺が小3。彩音が年長の時だった。家族でキャンプに出かけたんだ。小川が流れるファミリー向けのキャンプ場で他の家族もたくさんいた。俺と妹は、親が夕飯の準備をしている間、浅瀬で、水遊びをしてた。その時に俺が少し目を離した隙に妹が居なくなっていて、慌てて回り見渡すと、俺を呼ぶ声が微かに聞こえて、慌てて声の方向に目をやると、妹が下流に流されていたんだ。その時『助けに行かなくては』と思っていたものの、俺の足は一行に動く事が出来なくてな。ただただ、俺に助けを呼ぶ妹が下流に流されていく姿を見てるしかできなかった。結局、別に遊んでいた家族の人が妹を助けてくれたことで、彩音も危機を脱することが出来たわけだ。結果的には大事にならずに済んだが、俺自身は後悔しか残らなかった。あの一瞬目を離さなければ、あの時助けに行けていれば、妹が怖い思いをしなくて済んだのに。何も出来ない自分を責めた。だから、あの二の前を踏むまいと思ってなこのバイトを始めたんだ」

「そうなんですね」

「でも、幼いときに受けた劣等感やら、恐怖はなかなか抜けきれずのままでな。こじれにこじれた結果が健吾も見たかと思うがあの状態だ」

「でも、今までそんな実々瀬さん見たことなかったですよ。この前のが初めてというか」

「あれが発動するにはある条件と、精神的に疲労が重なった状況でなってしまうようでな」

「条件ですか?」

「ああ。俺の場合は女児ってことだ。いつもという訳ではないのだが、そこに精神的に疲労が増すと昔の負の記憶が気持ちで抑え切れなくなって突発的にあんな状態になってしまう。どうしてもあの時の情景とだぶって見えてしまってな…… 一回思い出したトラウマ的な記憶は鮮明に残るだろ? そんな事もあって暫くは条件に満たしただけでこの前と同じような事が起きる…… 負の連鎖だな」

「…… 因みにその事情を知ってる人っているんですか?」

「とりあえず、米内さんは承知はしているが、他の仲間には話していない。でも、羽鳥さんあたりは薄々気づいているかもしれない」

「そうですか…… でも実々瀬さんが、このバイトに真剣に取り組んでいる理由がわかって俺うれしいです」

「何でそこでお世辞言うかな……」


 すると、彼は空笑いを浮かべた。


「情けないだろ。この前健吾に自覚だのなんだのと言っときながらこの有様だ」

「そんな事ないです。それこそ完璧な人間はいないんですし!!」

「だからもういい!!」


 いきなり怒鳴り、彼の声が小さな公園に響くと同時に、自分の体が硬直する。


「すまない。あれからどうにも落ち着かないんだ」

「いえ……」

「とりあえず、一方的で申し訳ないが先日米内さんには健吾の指導役降ろしてもらうように伝えてある」

「えっ」


 予想だにしてない展開に半ば呆然としている自分の横を実々瀬は通り過ぎた直後、絞り出すような声で囁いた。


「今日はすまなかった。 ありがとうな」


 その言葉を口にすると同時に、彼は一人公園を出て行く。そんな彼の背中はとても淋しくそれ以上の声をかけられるような空気は微塵もない。自分は完全にその場の雰囲気にのまれ、ただただ実々瀬の背中を目で追うことしか出来なかった。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

※メリクリです! ハートありがとうございました!



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