第21話

(ここに引っ越して着て、人んち上がるの初めてだな)


 そんな事もあり、部屋をなにげに見回していると、彼女が、お茶をテーブルに置いた。


「茂宮さんどうぞ」

「あっ、すいません」


 いきなり苗字を呼ばれ慌てて反応すると、テーブル横のソファに腰を掛けた。すると、彩音も自分のマグカップを持参し、自分の前に座る。


「部屋真っ白でしょ。ママの趣味なんだよね」

「そう、なんですか。いや俺引っ越して来て人んち上がるの初めてで。思わず見回しちゃったんですけど、すいません」

「うんん。良いんだよそんな事気にしなくても」

「それより、ちゃんと挨拶してませんでしたね。俺」

「あっ、良いよ。そんなに改まらなくても」


 彼女がクスリと笑うと、続けて口を開く。


「外でも言ったけど、あの口重の兄から聞いてるから」

「はあ」

「だって兄から人の名前が出てくる事ってほんとないから、覚えちゃいました」

「それは、ありがたいことです」


 すると、今まで柔和に表情を浮かべていた彼女の顔つきが、急に真剣な面もちに変わる。


「で、本題なんだけど。兄何かありました? 確か、数日前のバイトから帰ってきてから様子が変なんですけど……」

「はあ……」

「家でもあまりしゃべらないのに、ここの所は全く。家族の会話にも入ってこないし、最近では思い詰めたような顔してるんですよ。元から怒ったような顔してるから益々怖いでしょ?」

「い、いや…… そんな形相いつもしてます?」

「してます」

「はははは」


 身内ならではの率直な回答に思わず乾いた笑いを浮かべるも、彼女はそんな事はお構いなしに尚も話しを続ける。


「あんな顔してたら、本当彼女出来ませんよ。そう思いません茂宮さん!!」

「う、うんー 何とも…… 俺の口からでは」

「それに、家帰って来るなり辛気くさいオーラ出されてたらこっちまで、気分が下がっちゃいますよ」

「はあ」

 

 曖昧な返答をした直後、彩音がずいっと自分の顔に近づく。その勢いといきなりの事に動じてしまい息を飲む。


「で、兄何かありました?」

「そ、そうですね…… っていうかあの実々瀬さん。定位置に戻ってもらって良いですか?」

「あっ。ごめんごめん。後、彩音で良いから」

「えっ、い、いやそんな」

「良いから。で?」

「そうですね…… 原因となるような事が何かはわかりませんけど、異変はありました」

「異変?」

「はい。俺まだ入って間もなくて実々瀬さんに指導してもらっていて、実々瀬さんは作業も接客も的確で…… とにかく完璧って言う感じなんです。そんな実々瀬さんが数日前に要救助者を見つけたんです。その人の異変に最初に気付いたのは実々瀬さんだったんでが…… いつもならあっという間に助けてしまうのに、その時は立ち尽くすというか……」


 その話しに食い入るように聞いていた彼女が、暫し何かの思考をめぐらす。


「因みに、その溺れて? いた人っていうのは?」

「確か女児です。小学校上がる前かと」

「ああ…… 成る程ね……」


 彼女の中で何か合点がいったらしい。と、動じに深い溜息を一回つく。


「まだ、あの事気にしてるんだ」

「うん?」

「多分それ、私が、絡んでいると思う」

「彩音さんが? ですか?」


 すると、玄関の方からドタドタと凄まじい音がしたかと思った途端、リビングの戸が勢いよく開いた。同時に、息を切らし、目を見開いた実々瀬が仁王立ちで現れたのだ。あまりの急の事に言葉が出ない。そんな中、第一声は彼からだった。


「健吾!! 何で居る!?」

「お、おじゃましてます」

「お兄ちゃん。せっかく来てくれたのにその言い方ないでしょ。それにうちに上がるように言ったの私だし」

「はぁあ!? 何でお前が!!」

「色々聞きたい事があったの」

「何を健吾から聞きたいんだ?」

「何って……」


 いきなり黙り込んでしまう彼女の様子を、深く一回息を吐く兄。


「まあ、しょうがない。とりあえず健吾。ちょっと顔かしてくれないか?」

「は、はい」


 久方ぶりに彼から声をかけられ、うれしい反面どことなく緊張の面もちはかくせない。そんな中、淹れて貰ったお茶を一気に飲み干すと、実々瀬に促されつつ、室内出入口の方へと向かう。


「彩音さん。お茶ご馳走様でした」


 すぐさま振り向き、挨拶をすると、既に玄関のドアを開け待つ彼の姿が目にはいり、慌ただしく戸口を出た。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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