第20話
雨は、先までの小雨よりはるかに少ない、霧雨程度に落ち着いてきた。お陰で、カッパも特に着用することなく、先より身軽な格好だ。しかし、ペダルを漕ぐ足はどことなく重たく感じる。
先方上司権限が発動され、電話を貰った時には想像だにしていなかった事が自分の身に降りかかっているのだ。どうして自分なのか未だに腑に落ちない。確かにタイミングもあったかもしれないし、実際気にもなっていたが、だからってなぜ故自分がこの役回りになってしまったのか…… 未だに理解に苦しみ、悶々としている間に自転車は目的地の前迄来てしまった。
白壁の二階建て洋館で、それと同色の壁がその家の周りを囲んでいる。ここが、実々瀬の実家だ。自分がバイトを初めてまもなくして、住んでいるアパートの話になった。その時、彼の自宅が少し迂回はするものの、自分の住んでいるアパートと一緒の方面と知り、バイト終わりに一緒に帰宅した事があったのだ。まあその一回ぐらいしか訪れたことはなかったが、思いの外難しい道のりでもない為、難なく来れてしまった。
(っっもう、ここまで来ちゃったからやるしかないか)
門の前で左右を見て、人がいない事を確認すると、素早く自転車から降りる。そして、米内から預かった封筒をポストに投函し、急いでサドルを跨ぐ。その瞬間だった。
「どちら様ですか?」
背後から女性の声に心臓が飛び跳ねる。一瞬自分に声をかけているのではないという暗示をかけてみたものの、周りには自分しかいない。しかも話かけられた内容からしても自ずと、『自分に話かけている』という選択枠しかないのだ。
(ど、どうしよう……)
このまま、自転車で去ってしまいたいのはやまやまなのだが、流石にそれは失礼に当たる。もうこうなってはお手上げとしか言いようがない。
「こ、こんにちは」
ぎこちない感じで、サドルから降りると、声の主の方を向いて一回お辞儀をした。制服を着て、ポニーテールに縛った黒髪。そして、はっきりとした顔立ち。人目で実々瀬の兄妹なのではと読みとれる。そんな彼女は自分を半信半疑の表情を浮かべながら、挨拶をした時から自分を凝視している。
(完全に怪しまれてるよなきっと……)
内心苦笑いをしながら、話しを続ける。
「俺、茂宮って言います。実々瀬さんと今季からバイト一緒にさせて貰っていて」
その言葉に、彼女が何かを思い出したような表情を浮かべた。
「バイト…… もしかして健吾? さんですか?」
「は、はい」
すると、いきなり頭をガバリと下げられ、思わず目を見開く。
「いつも、兄がお世話になっています」
「い、いえこちらこそ実々瀬さんには俺の指導役として色々と教えてもらっているんですよ」
「そう…… なんですか」
いきなり会話がスローダウンしたかと思った途端、自分を再度、凝視しする事暫し。彼女がずいずいと近づいてくると、片腕を抱き抱えられてしまったのだ。
「あっ、あのーー」
「こんな天気の中、ここまで来て下さったんですし、上がってお茶でも飲んでいって下さい」
「いやっ、お気持ちだけで結構です」
「そんな事言わないで下さい。兄も今はまだ大学から帰って来ていないので、少し待って頂くような形になりますけど」
「い、いやいやいいです。お気持ちだけで」
捕まれた腕を抜こうと試みるものの、そうする度に益々強く締め付けられていく。
「す、すいませんが俺……」
「私、ちょっと聞きたい事もあるんです。だからお願いします」
表情は見えなかったものの、声のトーンから言ってかなり切実さを感じとれた。まあ自分とてここ最近の事もあり、実々瀬の様子を聞きたい気持ちが全くないと言えば噓になる。
「じゃあ。少しだけで良いですか?」
「はい!!」
すると先程と打って変わり、晴れ晴れとした声が上がると同時に、腕も方も解放され、自分に満面の笑みを向ける。
「自己紹介してませんでした。 私妹の彩音と言います」
「俺は」
「知ってます。茂宮健吾さんですよね」
「は、はあ」
「こんな所で話していて風邪なんて引いた日には、兄に怒られちゃいますから、早速上がって下さい」
「はあ。あっ、後。ポストに実々瀬さん宛に米内さんから来た封筒を先程入れまして」
「そうなんですね。じゃあそれ回収した方がいいですね」
慌てて彼女はポストへ行くと、素早くポストから封筒を取り出す。そして自転車を屋根の下に置くよう指示を出すと、直ぐに解錠しドアを開けた。
「どうぞ」
「ど、どうも。おじゃまします」
彼女の言葉に促されながら、綺麗に整頓された玄関に怖ず怖ずと足を踏み入れていく。
玄関を上がり、右手に通された部屋は、通りに面したリビングダイニングである。大体15畳程の部屋に大きな窓が4枚つらなり、外壁と同じ白を基調とした室内であり、非常に清潔感のある雰囲気だ。
※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※
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