第19話

「久しぶりだな」


 地方のわりには立派な5階立ての建物を地上から見上げる。流石に5階建築はこの周辺にはそうはお目にかかれるものでもなく非常に目立つ。まあ自分も初めて市役所に訪れようとした時にわからず、通りすがりの人に尋ねた経緯があった。が、すこぶる順調に来れた事を思い出す。


 そんな少し昔のことが、頭を掠めていったものの、すぐさま我に返り建物に飛び込む。そして、受付の声に会釈をして入って右側にあるエレベーターに乗り、3階ボタンを押す。ゆっくりとドアが閉じると、瞬く間に目的階数に着き、ゆるりとドアが開く。それに合わせ足を踏み入れた。


 降りた先は直ぐに簡易的なロビーが広がり、目の前には長い廊下が建物奥まで一直線。その廊下を挟み、それぞれの課に分かれている。ちなみに米内がいる場所は一番の突き当り。自分は、手前の両端の課には目もくれず、スポーツ促進課の受付まで足を進める。すると、窓口に着くか着かないかの所で彼が気づき、自分が課の前に来る時には窓口で待ってくれていた。


「お疲れ様です米内さん」

「お疲れ様です茂宮君。こちらこそ無理言って来てもらってすいません」

「いえそんな。で、どんな用件ですか?」

「あっ、すいませんね」


 少しやってしまったという表情を浮かべ急に振り返り、彼自身の机に戻ったかと思うと、封筒を二通手にし、再び自分の前に経つ。


「肝心な物を忘れて来てしまって。これなんですけどお渡ししておこうかと思いまして」

「なんですか?」

「今月分の給料明細です」

「あ、はい……」


 すると、いきなり米内の声がつぶやくようなトーンに変わる。


「ほら今月。お盆とかあって、経理関係も色々と言ってくるんです。本当はプール再開時に渡せば良いと思っていたんですけど、その関係の方々がね口酸っぱく言ってくるもんですから」

「ははははは。成る程わかりました。じゃあこれ頂いていきます」

「はい。お願いします。後ですね……」


 いきなり、彼の言葉が濁る。不思議に思いその様子を伺っていると、もう一つの封筒が前に出された。


「非常に厚かましいお願いだとは思うのですが……」

「はい……」

「これを実々瀬君の家迄届けてほしんです……」

「お、俺がですか?」


 寝耳に水発言に思わず声を上げてしまい、フロアに自分の声が響き渡ってしまった。慌てて回りを見渡しながら二人で会釈しつつ。米内の顔を凝視する。


「ちょ、ちょっと待ってください。意味がわからないんですが」

「そう、なりますよね……」


 著しく決まりの悪い表情を浮かべつつ、薄い笑みを見せる。


「実々瀬君電話でてくれなくてね。渡せない状況なんです」

「だ、だとしても俺じゃなくても、別の方々に」

「それがですね。他のバイトさんには渡しちゃって宮茂君が最後なんだよ」

「えっ」

「いやーー 私もそこまで頭が回らなくて。それに、実々瀬君家。確か茂宮君のアパート方面でしたよね」

「まあ、多少道を逸れればっていやいや!! だからって!!」

「ただ、ポストに入れてくるだけでかまいませんので」

「だとしても!!」


 思わず声が大きくなる自分と反し、米内が先程のばつの悪そうな表情から一変、含みのある笑みをひたすら、こちらにむける。


「…… 米内さん。それは俺にいかなくても良いという選択肢って?」


 尚も笑みが浮かべたまま、こちらを見続けた。


「…… ないって感じですか?」


 まだ、その笑みは崩れることはなく、暫し互いに硬直状態が続く。そんな中、自分は一回大きな溜息をついた。


「分かりました。実々瀬さんの所行ってきます」


 先程までの胡散臭い笑みから一転、晴れ晴れしい表情へと変化する。


「茂宮君ありがとうございます!! 助かります」

「ただし。本当にポストに入れてくるだけですから」

「構いませんよ」


 彼は鉄は熱いうちに打てとばかりに、すぐさま先程一緒に持ってきた封筒の上にその封筒を乗せた。


「ではお願いしますね茂宮君」

「は、はあーー」


 歯切れの悪い返答をする中、目の前の彼は対照的に達成感に満ち満ちた形相を見せる。そんな米内を目の前にし、再度深い溜息をつくことしか出来なかった。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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