第16話

「とりあえず必要なのはこれぐらいかと思いますが、 まだ必要な物があれば…… はっ、紙に貼るものが……」

「管理棟の出入り口に使ってない簡易な机借りても良いですか? それなら俺持って行きますけど」

「それ良い案ですね。それでいきましょう」

「了解です」

「ではよろしくお願いしますね、茂宮君」

「はい」


 そう答えると、持てるだけの遊具を手に、第一陣として拠点となる、滑り台の方へと向かった。いつもは客の減る時間に監視員をやるぐらいで、混雑時はいつも、後方から様子を伺うぐらいなので、人入りのピークにここに足を踏み入れるのは初めての事。やはり実際に来てみると、人のごった返しようが凄い。プールサイドも勿論だが、プールの中も滑り台を爽快に滑り歓声を上げる客が視界に入った。明らかに自分が日頃目にしている、子供用プールとは雰囲気が全く違う事が実感できる。


 そんな状態の中で、監視をしなくてはならないというのが、想像以上に大変で、また重い責任が課せられている事を改めて肌で感じた。


(この状態だもんな…… 実々瀬さんが言い放つのも無理もないよ)


 改めて反省の念を抱きながら、遊具を抱えて人の間を歩いてく。すると、威勢の良い声で名前を呼ばた。自分はその声の主の方へ視線を送ると、監視台から降りていた羽鳥が視野に入る。


「健吾何してるんだ?」

「米内さんの指示で、滑り台降下での臨時レンタル場を作る事になったんです。なのでその設営しに」

「そうか。今日も天気良好で大入りだからな。米内さんも色々考えているではないか」

「そうですよね。ちなみに羽鳥さんはどうしたんですか? 監視台から降りて」

「ああ。プールサイドにゴミが落ちていたのでな。どんなゴミせよ、客が踏んで怪我をしてしまっては身も蓋もないからな」

「確かに」

「まあ、健吾もおいおい混雑時の従事も出てくだろうし、今回は大河の背後斜めに当たる場所。俺は真後ろだが目の前だ。よく見ておけよ!」

「はい」


 彼の勢いに押されるように少し力の入った返事の声を上げてしまったのだがその反応に羽鳥は、満足気な笑みを浮かべ頷く。そして、それぞれの持ち場へと向かい、自分も今出来る事を全うするべく、設営をすぐさま終わらせ業務を始めた。

 米内の考案したレンタル場は読みが当たり、次々と客が遊具を借りに訪れている。勿論うれしい悲鳴ではあるが二人の様子を見るような状況ではない。その上、持ってきた遊具をギリギリで回転させていたものの、明らかに不足の自体に陥ってしまっていた。だからと言って、せっかくのお客を逃すのは忍びがたい。ここは一旦、米内の所迄行き、遊具を調達した方が得策と考え、一度その場を離れ、早歩きで彼の方へと向かう。


 その途中、実々瀬の背中を横目で見ながらその場を通り過ぎた数十秒。楽しげな笑い声を、切り裂くような鋭い笛の音に、一瞬にしてその場の空気が変わる。と、同時に足が止まった。自分の後尾から確実に鳴らされた警笛。すぐさま踵を返し、プールの方を見る。


 すると、一人の女児が明らかにおかしな息継ぎをしている。まちがいなく、何かが起きているのだ。だが、いつもなら、笛が鳴ったと同時に監視員が飛び込み救助する筈が、そんな様子が全くない。すると、その異変に即座に気づいた羽鳥が、プール内に入ると、幼児の所までかけより抱え上げた。


「大丈夫か?」


 一連の騒ぎに米内もかけつけ、子供の様子を伺う。どうやら、会話は出来るようだった。が、やはり周りは騒然する。そんな中、自分はとある場所へと即座に向かう。そうあの笛は確実に実々瀬から発信したもの。


 彼なら即座に対処しておかしくない。だが、今回はそんな様子が全くなかった。どうして、実々瀬は救護に入らなかったのであろうか。漠然とした疑問を抱き、監視台へ視界を向けると、プールの縁に直立不動で立っている実々瀬の姿が目に飛び込む。それと同時に、明らかに彼の様子がおかしい。


「実々瀬さん」


 彼の名前を呼び隣に立つも自分の方には目を向ける素振りもない。いくらこの前の一件があるとはいえ、隣で声をかけても反応がまるでないなど、彼の性格上まずない事。すると、あることに気づく。実々瀬の手が震えているのだ。それを必死に押さえるべく、片手で自身の手首を押さえつけている様に見える。が、その震えは止まる気配がない。


「どうしたんですか? 実々瀬さん」

 

 自分が疑問を呈すと同じくして、全体休憩のチャイムが鳴る。すると、目の前の彼は、表情が読めない程深く頭を垂れさせ、自分の肩に手を一回置く。


「すまない。お客の誘導頼む」


 そう言い残し、管理棟へと戻っていく。すぐさま振り向き彼を目で追うも、その周りには尋常ではない重々しい空気が漂い、それ以上言葉をかけることが出来なかった。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

※ハートありがとうございます


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