第15話

「あ、ああのですね。この前の一件の前に、実々瀬さんが君の話、僕にしてくれた事話たでしょ…… その時『凄く良い後輩が入った。まだ場慣れはしてないけど、熱心にやってる』っていう事も言ってて……」

「実々瀬さんが? 俺の事?」

「…… 実々瀬さんが人を褒めるの初めて聞いたんだ」

「そう…… なんですか?」

「うん僕。実々瀬さんから褒め言葉言われたことないから」

「そ、それは戸乃立さんが褒めるまでもなく完璧にやってるからですよ」

「そうなのかな……」

「そうだと思います」


 すると、今まで指先しか見ていなかった戸乃立が自分に視線を投げかける。


「何とも思ってないよ。僕も含めて」

「戸乃立さん」

「勿論、君が一番気にかけてる実々瀬さんも」

「…… ありがとうございます」


 その言葉の後思わず顔が綻ぶと、意図が読めずに不思議そうな表情を浮かべる彼に、再度笑みを向けた。


「戸乃立さんのイメージが俺の中で、変わったなって」

「どういう…… こと?」

「そう言うことです」

「僕、変な事言った?」

「まさか!! 今日どんな用事で大学に来ていたかは知りませんが、こうやって待って伝えてくれたじゃないですか」

「い、いやそれはその……」

「とりあえず、さっき教授からご飯代頂いたんです。だからどっかで食べませんか?」

「ぼ、僕とご飯!! 一緒に食べてもおいしくないよきっと!!」

「そんなことないです。さあ行きましょう。ちなみ何か食べたい物ありますか?」

「き、急にそんな決められないしっ、それに本当に僕とご飯食べてもっ」

「そんな事ないですよ。第一俺が一緒に食べたいんですから。それとも戸乃立さんは嫌ですか?」

「い、いやいやっ、そういう事はないけど……」

「じゃあ。食堂をとりあえず見てから、ピンと来るものなかったら、大学近くの店も見てみますか戸乃立さん!!」

「わ、わわわわあ」


 言葉の勢いそのままに、戸乃立の腕を掴むと、影から引っ張り出し食堂のある本館へと向かう。その足は頗る軽く、それと共に胸に張り付いていた靄が一気に晴れた感覚がした。



 今日も天気は快晴であり、お客も多く訪れている。夏休み中の事もあり、小さい子供も多く、その子等も夏休みを謳歌しているようで、楽しいそう声を上げ笑いながら遊んでいた。そんな様子をレンタル場から、少し複雑な面もちで様子を見ている自分がそこに居る。 

  体調回復と、現実逃避で承諾したゼミのヘルプの経緯もあり、丸々一週間バイトを休み、今日はその休み明け初のシフトだ。朝、出勤すると皆心配の声をかけてくれたので、少し安堵はした。が、やはり、休み前の事が自分でも未だに尾を引いている事もあり、実々瀬が気になって仕方がない。


(今朝も、挨拶はしてくれたんだけど……)


 ただ、自分もそうなのかもしれないのだが、以前より彼の接し方が、余所余所しく感じて仕方がない。


(前みたいに話せれば良いんだけどな……)


 でも一縷の望みはある。それは先日戸乃立が教えてくれた事。自分をそれなりに評価し期待もしてくれているという事が知れたことが、自分の救いであり、今日ここに来れた要因でもある。


(戸乃立さんには感謝だな)


 思わずほくそ笑んだ時、ペタペタという足音と共に自分の前に人が立つ。慌てて真顔に戻し、人影の方に顔を向けると、米内が立っていた。


「お疲れ様です茂宮君」

「お疲れ様です。どうしましたか米内さん」

「レンタル状況は如何ですか?」

「そうですね。今日も結構動いていますよ」

「そうですか。ちなみですが、在庫はどうです?」

「それでも、まだありますかね。朝礼後に羽鳥さんが、ガンガンにいれておけと言ってたので、結構空気は入れておきましたから」

「なるほど。では行けそうですね」

「? 何かあるんですか?」

「いえね。ここのレンタル場は、メインの流水プールから離れていましてね。そうなると、いざ借りたいという人が、ここまで来るのを億劫がって結局は借りないという感じになるかなと」

「確かに、流水プールからは離れてますね」

「そこでです!! 今日も利用客が多いですし滑り台降下の日陰を利用して、臨時レンタル場を設けようかと」

「ああ。確かに良い案だと思います!!」

「ですよね。少しでもこういう時に収益をあげないと、いけませんからね」

「じゃあ俺は浮き輪諸々あちらに運びます」

「はいお願いします。後、私はおつりケースを事務所から持ってきますので、茂宮君は臨時の方の管理お願いしてもいいですか? こちらは私が管理します」

「分かりました」


 すると、即座に管理棟に行ったかと思いきや、直ぐにこちらに戻って来たのだ。それと同時に小銭ケースと『浮き輪臨時レンタル場』と大きく印刷された紙を自分に渡した。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

※ハートありがとうございます


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