第14話

 構内に鐘の音が響き渡り、2時限目の終了を知らせる。いつもなら、その鐘が鳴ると同時に、多くの学生が講義からの解放と、お昼の為一斉に動きだし、賑やかになるのだが、今は夏休みのまっただ中。そんな情景はなく、ただただ構内に音が鳴り渡るだけであった。


 そんな中、別館の研究棟に、椅子の背もたれに寄りかかりながら、背筋を伸ばす自分がそこに居た。あれから、二日間体調が優れないままだったが、その後、熱も下がり体力も戻ってきた。そんな矢先、教授からのヘルプのメールが届きそれを承諾したが為、数日ゼミの研究にかり出されているのだ。しかも朝早くから夕方まで、みっちりと教授の手伝いをさせられている事により、バイトに行く時間がさけずにいた。だが、その状況に内心安堵している自分がいる。


 あれから、最低限の連絡を米内と交わすだけで、諸先輩方とは全く連絡をとってはいない。どことなく後ろめたさを感じずにはいられない中での、渡に舟状況ではある。が、先日せっかく歓迎会をやってもらった矢先の失態でもあり、第一バイトに行ったとして、自分はどんな顔をして実々瀬に会えば良いのかわからない。熱心に教示してもらい、自分もリスペクトしていた分、彼が最後に痛烈に言い放たれた言葉と、姿が幾たびも脳裏に浮かぶ。


「体調は万全なんだけどなーー」


 ただ、気持ちが重い。


「もう行けるんだけど……」


 深い溜息と共に、机の上のパソコンの上に突っ伏す。それと共に、解決する糸口さえ見つからず悶々とした気持ちを抱え、暫しそのまま硬直していた時だった。肩を軽く叩かれ、顔を上げ背後を振り向くと、担当教授が立っていたのだ。慌てて背筋を伸ばし正面をむく。


「教授お疲れ様です」

「疲れ様茂宮君。そんなにかしこまらなくて良いですから。君には色々と手伝って貰っていることですし、そんなに改まってしまうと、私も困ってしまいます」

「あっ、はい。で教授何か用ですか?」

「私の用は今、君が手伝っているので良いんです。そうではなくて、君の友人でしょうか…… ここの直ぐ左階段下で学生が一人。こちらの教室をうかがっている様子でして。実は昨日も来ていて一回声かけようとしたんですよ。そうしたらそそくさとその場から離れてしまってね。でも今日もまた来てるみたいなんです」

「そうなんですか……」


 確かに今日は休みなので、それなりの用件があるか、時間をもてあましている学生しか来ない。


「心あたりはあるかい?」


 思考を巡らせる中、程なくして合点の行く人物が浮かんだ。


「教授。わかりました。きっとその人。俺の知人です」

「そうか。それなら早く行ってあげなさい。後これ」


 するとゆっくり、自分の手を取ると、何かを握らせた。その感触が何わからず、掌を広げると、数枚の紙幣があった。


「お昼まだでしょ。これでお友達と食べてきなさい」

「教授でも」

「手伝ってくれてるお駄賃です」

「…… ありがとうございます」


 ニコリと笑みを浮かべる老人の前で立つと、一回頭を下げ、紙幣をポケットに入れ、急いで教室を後にした。そして一目散に階段下へと向かうと、影に隠れるように、体を縮こませながらこちらの様子を伺う人物が目に留まる。自分はすぐさま、その人物の前へと走り込む。


「戸乃立さん」

「あっ、わっわわあわ、し、茂宮君奇遇だね。こんな所で会うなんてっ」

「戸乃立さん。良いですよそんな事言わなくても。うちの教授も気づいてましたから」

「そ、そうなんだ…… 僕は隠れきれてたと思っていたのに。やっぱり駄目だな僕は」

「そんな事ないですよ。戸乃立さんここまで来てくれただけでも俺嬉しいです。確か棟まるっきりちがいますよね」

「うん。そうだけど」


 すると少し間二人に沈黙が走るも、その空気に口火をつけるべく、自分は彼に視線を向けた。


「あの、すいませんバイト行けなくて 皆さんに迷惑かかってますよね」

「そうだね」

「ですよね」

「でも、どうにかやってる」

「そうですか」


 思わず気まずそうな表情を浮かべる自分を一瞬目に留めた彼だがすぐさま視線を逸らす。そして、戸乃立は自身の胸の前で指先同士をくっつける動作をし、じっと指先の方を見つめつつ、今度は彼が沈黙を破る。


「もう、来ないの?」

「そんな事ないです!! 教授の手伝いで行けなかっただけですから。でも…… 実際の所、行きづらいと言いう気持ちはあります」

「どうして?」

「どうしてって…… 戸乃立さん。俺の話聞いてたりしますか?」

「うん」

「知っているなら話は早いです。先日歓迎会をやって頂いた矢先で、申し訳ないっていうのと、どこかこの前子供を助けた事で無意識に浮ついていた気持ちがあったのかなって。それで今回みたいな過信的な事から皆さんに迷惑をかけちゃって。そんな思い上がりが恥ずかしくて」

「それだけ?」

「…… 一番は、実々瀬さんを失望させちゃたような感じが一番堪えます。指導役として一生懸命に教えてくれてて、体調の件はプールサイドに初めて足を踏み入れる時に言われた事だったので」

 自分の落胆の色に困惑しつつ、慌てて戸乃立は口を開く。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※


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