第13話

「ハッ」


 突如として視界の風景が途切れ、慌てて目を覚ます。すると、最初に目にしたのは、年期の入った蛍光灯であった。


(天…… 井……)


 状況がうまく把握できない。しかしながら、背面にかけて、堅い感触と額には、何かを貼られている感覚がある。


「貼られ…… てる?」


 ゆっくりと額に手を伸ばしつつ、視界を左右に移す。すると、自分の右隣に、目を瞑り、腕組みをした状態で座る実々瀬の姿がそこにあった。


「実々…… 瀬さん」

「……」

「あの…… 俺……」

「休憩室だ。どこまで覚えている?」

「…… 子供と一緒に管理棟に向かって…… 米内さんが見えて声かけようと思ったら…… いきなり視界が真っ暗になって…… それ以降は……」


 すると彼は一回溜息を付き、口を開く。


「その後、健吾は倒れ、ここに運ばれた」

「そう…… なんですね…… 皆さんにご迷惑を…… あの子供は……」

「ひどく動揺していた」

「そっか…… 悪いことしちゃったな…… ロッカーの話は……」

「その件は米内さんが対処済みだ」

「そうでしたか…… 良かったです」

「…… 茂宮」

「はい……」

「率直に言う。今お前は熱がある。自覚はあったのか?」

「…… 今朝来る前にちょっと疲れた感じはあったんですけど、ゼミ合宿に疲れが出ているのかなと……」

「その時、熱測ったのか?」

「…… いえ」


 すると実々瀬は深い溜息をつくと同時に鋭い眼光を向ける。


「俺は、このバイトを始める前に言った筈だ。体調管理は重要だと。無理を押して出てきて、客に何か合った時、今のお前に対処出来ると思うか?」

「いえ…… 無理です……」


 言葉を発した直後、実々瀬の背後のドアがノックされると、ゆっくり戸が開く。そして、その間から中を伺うように米内が顔を出した。


「実々瀬君。茂宮君の様子は……」

「今、目覚ましました」

「良かった」

「米内さん。俺もうそろそろ持ち場行きますんで、よろしくお願いします」

「わかりました」


 すると彼は、自分を一瞥することなく席を立つと、米内と入れ替わるように、ドアノブを掴む。その姿に、とっさに横になっていた体を少し起こす。


「実々瀬さん…… すいませんでした」

「…… 謝る相手は俺じゃない」


 真意をついた一言で一喝すると、部屋から勢いよく出る瞬間動きが止まる。と、同時に彼が口を再度開く。


「体調が万全になるまで、来るなよ。良いな」


 冷たく鋭い口調で言い放ち、実々瀬は直ぐに二人の前から姿を消した。残された部屋の中は、非常に重い空気が流れ、暫しの間、無言の時間が流れる。その時を打破したのは、米内の一言からだった。


「茂宮君。体調はいかがですか?」

「…… はい。先程よりは良いかと」

「そうですか。それは良かったです」

「米内さん。今回の件。すいませんでした」

「いえ、とりあえず大事なくて良かったです」

「ロッカーの件も」

「ああ。あれはね。ここの施設自体老朽化してるから。とりあえずお金を返金して、そのロッカーには使用中止の紙貼っといたので大丈夫ですよ」

「そうでしたか。ありがとうございます。後さっき実々瀬さんから聞いたのですが、一緒に来た男の子は……」

「ああ僕ね。確かにびっくりはしてたよ……」

「そうですか…… 悪い事しちゃったな……」

「でも、私も直ぐに気づきましたし、偶然にも実々瀬君が近くにいて、対処してくれたので、大事にならずに済みました」

「そうだったんですね…… 実々瀬さんにもちゃんとお礼言っとかないといけないな」

「まあ、今日はとりあえずこのまま帰宅して、実々瀬君も言ってましたが、体調万全にしてから、また復帰してください」

「わかりました。今回は本当にすいませんでした」

「いえいえ」


 米内は、笑みを浮かべつつ自分を残し、事務所に戻っていった。その背中を見送り、再度起こした体を横たわらせ、天井に再び視線を送る。すると徐々に視界が霞すむのがわかり、ゆっくりと両手で顔を覆う。


「俺、何やってんだろ」


 ポツリと呟いた言葉が、静寂な部屋の中で、響いているような感覚を覚える。そんな中、部屋から暫く出る事が出来なかった。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

※星、ハートありがとうございます! すこぶる嬉しいです!

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