第10話

「俺の実家って海水浴場の目の前だったんですよ。もちろん念願の一人暮らし始ったのは良いんですけど、十数年間、目の前にあった筈の海とか浜辺がないのが凄く寂しいっていうか…… 兎角何故だが目の前が海なのに小学校4年生迄海岸とか行かせてもらえなくて。そのせいもあって海の憧れが人一倍強いんですよ。でもここは四方山に囲まれていて、今まで住んでいた環境と真逆っていうか。だからっていうこともあって、少しでも水っていうか海とは違うかもしれないんですけど、皆がわいわい海で戯れて楽しんでる雰囲気の所にいたいなって思っていたら、そしたら丁度ここのバイトを見つけたって感じでしょうか」

「なるほど。ここは海なし県だから今まで海が当たり前にあった人からみれば恋しくなりますね」

「そうなんですよ米内さん!!」

「軽度のホームシックという所か」

「実々瀬さん…… その例えちょっと…… で、でも夏になると浜辺にはライフセイバーの方も居て格好良いとは思ってましたよ!! その影響もありますから!!」

「そうか」

「実々瀬さんーー 信じて下さいよーー と、言うか。そう言う実々瀬さんはどうしてこのバイトしてるんですか?」

「どうして……」

「はい」


 目の前の彼は暫し思考を巡らせるように視線を下へ向けて暫し。


「贖罪」

『えっ?』


 ボソっと口にした彼の一言の意味が、飲み込めず、自分と、米内両者共に驚嘆の声が上げる。その直後、梶山の方に赴き筋肉談義をしていた羽鳥が、元の席に戻ってきた。


「何の話をしてるんだ?」

「いやあの、俺がどうしてこのバイトを始めたかという話をしていて」

「そうか!! で、どうしてだ?」

「ホームシックらしいぞ」

「だから違いますってば実々瀬さん!!」

「そうかホームシックか!! 初めての一人暮らしは心細いものだからな」

「羽鳥さん!! 実々瀬さんの話鵜呑みしないで下さいよ…… でも羽鳥さん含めて、皆さんはホームシックかかったりしたんですか?」

「自分か? 自分は実家だぞ。確か他の3人も実家から通っている筈だが」

「そうなんですか!!」


 驚きの声を上げると同時に端の席で落胆の声をあげつつ、ふてくされる梶山の姿が目に入る。


「あーあ俺も一人暮らししたかったなーー」

「今更嘆いてもしょうがないぞ剛」

「御影さん。それはそうっすけど」

「剛もきっとホームシックになるぞ!!」

「な、ならないっすよーー」

「まあ、俺のホームシックうんぬんかんぬんは置いといて、羽鳥さんはどうしてこのバイト始めたのか聞きたいです」

「自分か?」

「はい」

「そうだな…… 今この場で強いて言うなら筋肉だ」

「ん?」

「この俺の鍛え抜かれた筋肉を多くの人に見てもらいたい!! と切には思っている節はある」

「肉体美に自信があるんですね羽鳥君は。私なんて歳のせいか、人様に見せられるような格好ではないので羨ましいです」

「何言ってるんですか米内さん!! 歳なんて関係ないですよ。的確且つ効率的に鍛えれば筋肉は答えてくれます!!」

「説得力というか、熱量が凄いですね羽鳥さん」

「そうか健吾。っと言うか俺には関係ない風を拭かせている昂!!」


 左側でただただ静かにお茶を啜っていた彼がいきなりビクリと体を動かす。


「聞く機会を逃して聞いた事がなかったが、昂はどういった経緯なんだ」

「僕は……」


 細い声と共に目線は斜め下をむいたまま、再度彼が口を開く。


「唯一。得意分野…… なんです。僕はそれ以外は何の取り柄もない人間なので」

「いっ いやそんな事ないですよ!!」

「健吾の言うとおりだぞ!! それだけでも十分だ!! 泳げない人なんざ五万といる!!」

「そうだぞ昂!! 昂はうちらの中で唯一指導管理士持ってるんだから凄いじゃんかさ」

「剛さんそうなんですか!! 戸乃立さん基礎泳法とか教えられるってことですよね」

「そういう事になるかな」

「凄いですよそれ。俺なんてとりあえず急務でのしか取得してないから」

「なーに。これから採ってけば良いってことよ。それよりも健吾」

「はい何です剛さん?」

「俺に聞くことない?」

「うーん?」

「おい!! そこ考える所じゃないだろ!! 話の流れから考えて同じワードあるだろうが」

「同じワード…… あ……」


 質問ワードは勿論浮かんでいるものの、梶山の答えが読めてしまっているせいか彼に対する問いかけに思わず二の足を踏む。その状況を察してか苦笑を浮かべつつ、実々瀬が明らかにわかる単語を並べ読唇で自分に聞くよう伝えてきた。


(やっぱ自分が聞けって事ですよね……)


 一回大きく息を吐き、気分を切り替える。


「あの、因みに剛さんのバイト理由ってなんですか?」

「よくぞ聞いてくれた健吾。俺はな」

「はい」

「俺は、モテたいからだ!!」


 彼は言い切ったと言う満足感に酔いしれている。が、自分含め他の者達は、最後に聞いたのが彼にしてしまったという後悔が滲むかの様な苦笑を浮かべていた。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

※ハートありがとうございます!


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