第6話

「お疲れ様です」


 ガラスの戸を開けつつ、会釈をすると彼は作業を切り上げこちらに目をやる。 


「お疲れ様です茂宮君。今日は二回もここに足を運ばせちゃって申し訳ないですね」

「そんな事ないです。それに今回は自分の為に企画してくれたんですし凄くうれしいです」

「そう言ってくれると、企画した甲斐がありますよ。それに今日は茂宮君良い仕事してくれた記念でもありますしね。昼間はありがとうございました」

「あっ、いえそんな」

「こんなご時世ですからね。ましてや、近年の異常気象で、屋外プールの稼働率も減少してますし、それに伴い来客数も年々減少傾向ですから…… そんな中で、少しでも何かあれば利用者はさらに激減してしまうのは目に見えてますしね…… そうなると色々と弊害は出てきてしまうわけで……」


 先までにこやかに話していた筈の米内の表情が一瞬影を潜める。が、ばつの悪さを隠すかの様に彼は後頭部を掻きながら笑みを浮かべた。


「時に茂宮君」

「あっ、はい!!」

「閉場のお手伝いしてもらっても良いですか?」

「構いません!!」

「ありがとうございます。本当は梶山君もこの時間いる筈だったんですが、店に電話しても繋がらなくて予約が取れなかったんです。その話をしたら彼が場所を確保すると意気込でしまいましてね。まあこの時間ですし、閉場1時間ぐらいになると一気に人も減りますから、私も行かせてしまったんですよ」

「そうだったんですか。にしても流石剛さんって感じです」

「そうですね」

「因みに自分本格的に閉場作業した事ないんですけど、手順とかってあるんですか?」

「あーー そうでしたね。それなら戸乃立君がいつもの所にいるので、彼に教わりながら作業してみて下さい」

「分かりました。じゃあサイド入ります」

「はい。お願いします」


 軽く会釈をしながらガラス戸を閉めると、プール出入り口でジャケットを羽織りドアを開けた。日差しは先刻よりだいぶ弱くはなってきているが、やはりまだ、暑さを感じる。しかし、周りに水があるせいか、気持ち先ほどこちらに向かう時よりは涼しい。また、昼間の鉄板のような熱さを感じることなく、普通にプール内を闊歩出来ることに感動を覚える。


「えーっと、戸乃立さんは」


 辺りを見回すと、客は誰一人いる気配がない。また、監視員らしき人も見あたらない。


「確か戸乃立さんって……」


 以前他のメンバーから彼の話を耳にはしていて、何やら客がいないと競泳プールにいりびたっているらしいのだ。実際にどうかは今回が初めて目撃することにはなる。

何でも彼は、午後から閉場時間専門で、昼のシフトはどうしてもという時にしか入らないらしい。剛の話だと、客の出払ったプールに入るのが戸乃立にとって至福時らしいのだ。なので今日の様に思いの他、客が早く居なくなった時など、思う存分堪能出来るわけで、閉場の時間にいないと、その楽しみが味わえないうのが大きな理由としてあるらしい。まあ自分も人つての話ではり、定かではないものの、変に納得してしまう。というのも、この人物もまた癖が強いのである。


「居るのかな?」


 話を参考に一番奥にある50メートル競泳プールの方へと歩いていく。監視員席には座ってはいない。


「戸乃立さん。いらっしゃいますか?」 


 プール際に着く前に一回声を上げるも、その問いに答える声は耳には入ってこなかった。


「戸乃立さん」


 その時、水音が聞こえそちらに視線を送ると、黒く細い棒の上に青白い手首が、自分に手を振っているのだ。一瞬息を飲み、プール際まで歩みを進める。すると5レーンに黒いボディースーツを着用し、深々と同色の水泳キャップを被った細身の人が浮いていた。


「お疲れ様です戸乃立さん。それにしても、プールの中からいきなり手振られて、びっくりしましたよ」


 すると彼は今までの状態を解く。そして、水に潜りそのまま潜水したままプールの縁まで来ると、自分の足下近くで浮上した。


「驚かすつもりはなかったんだ御免。僕、やっぱり駄目な人間だね」

「そ、そんな事ないですから!! そこまで罪悪感持たないでください!!」

「そう、なの?」

「は、はい」


 彼はその言葉を聞いて、半信半疑な表情を浮かべつつ、細くて長い腕が縁に掛け、プールから上がる。そしてキャップを取り濡れて纏まった髪を軽く梳かし、ゆっくりと歩み始めた。自分はそれに合わせて隣につく。


 戸乃立昂。自分と同じ大学に通っている一つ上の先輩とのこと。身長は190cmと長身でとにかく細い。それに輪を掛けるかのように全身の黒のボディースーツをバイト中は着用しているので細さが際だつ。その上、肩ぐらいまでかかりそうなワンレン長髪。そんな彼の人相は細い切れ目の一重。そして超塩顔という、見た目だけでもバイト内1、2を争う個性を醸し出している人だ。



※※明日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです

※星、ハートありがとうございました!

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