第5話
ピーィィィ
場内に響く笛の音の中、一目散に幼児の方に駆け寄ると、浅瀬のプールに足を踏み入れ子供も抱え込んだ。
「ゲホゲホゲホ」
「僕、大丈夫!!」
急いでプールサイドに上がり、日陰を見つけ子供もそこまで運び込み、ゆっくりとその場に座らせ、背中をさする。
「水、飲んじゃったかな? もう大丈夫だよ」
そう話かけていると、笛の音を聞きつけ実々瀬が競歩ばりの早さで歩いてくると、素早く自分達の前に膝を着いた。
「すまない」
「いえ」
「大丈夫? 意識ある?」
「はい」
「状況は?」
真剣な表情に緊迫感が伝わり、返答の前に一回生唾を飲む。
「は、はい。帰宅しようとプールを出た際に足を滑らせて背後から転落。それで、気が動転してしまったようでした」
「そうか。僕、どうだ。少し落ち着いたか? どっか痛い所とかはある?」
少し落ちついてきたようで彼の問いに、左右に首を振るも、いまだ肩で息をしている。
その時、その子供の母親が騒動に気づき駆け寄ってきたのだ。すると、幼児はその姿を見るや、強ばっていた顔がみるみるうちに、泣き顔へと変わっていき、しゃがむ母親に抱きついた。
「うぅえーーーーん」
「ごめんね。ママ達先に行き過ぎちゃったわね」
「親御さんですか?」
「はい」
「ここの監視員してます実々瀬です。お子さん泣けてますので、気道は通っているようですが、浅瀬のプールでの背後からの落下です。先ほどお子さんに強打した所を聞いてみまして、特にないような返答ではありましたが、気も動転しています。なので本人が把握していないと言う事もあるかと思いますので、念の為、病院に行って診てもらってください。後、タオルでよく拭いてもらい、冷えた体を保温して院に向かってもらうことをお勧めします」
「分かりました。この度は申し訳ございませんでした」
「いえ、大事なくて良かったです。今後は出来れば、お子さんの後に大人が出るようにしてください」
「はい。すいません」
泣きじゃくる男児を抱き抱え、母親は再度会釈をすると、更衣室の方へと向かっていった。その姿を、見えなくなるまで見守ると、昼を知らせる音色が辺りに鳴り渡った。
「お疲れ」
「お、お疲れ様でした。実々瀬さんはやっぱり凄いですね」
「そんなことはない」
「でも、何もかもが的確じゃないですか」
「それは、場数もあるだろう。それより健吾はこれで上がりだな」
「はい」
「今日の夕方お前の歓迎会だから、少しの間でも良いから休んでおけ」
「はい!! ありがとうございまっ、ああ!! 浮き輪の空気入れ途中でした!! それやってから上がります!!」
「それはいい。引継カードにでも書いておけ」
「でも」
「良いから。今日はこれで上がれ」
そう言うと、続けて何か言いたげな表情を浮かべ、こちらを見る実々瀬が視界に入るも、慌てて私物を手にする。
「で、ではお先に失礼します」
その言葉に、深く頷く彼を確認しつつ、そそくさとその場を後にした。
夕刻の鐘が鳴り響くも、季節がら日は未だ沈む気配はい。気持ち昼間の暑さに比べれば和らいだ気がするものの、やはり汗ばむ感じは変わらず。お陰で時間感覚が少し鈍る。
昼間の一件もあり、流石にいつもより疲れてしまっていた為、知らず知らずのうちに先まで寝てしまっていた。そんな中、目を覚ました時、外が寝付いた時と変わらない感じだった事で、時計も見ずに少しのんびり構えていたのだ。が、ふと目にした置き時計の時間をみてびっくり。後数十分には出る予定の時間となっていたのだ。慌てて身なりを整え、飛び出すようにアパートから出て、暫し歩いた所で腕時計を確認する。
(どうにか、間に合いそうだな)
流石に自分の歓迎会をしてくれるというのに待ち合わせ時間に遅れることは出来ない。出だしが焦っていたせいもあり、時間はどうにか間に合いそうではるが、汗が滝の様に出る。木立の日陰を選び、日光を避けつつも、時より木漏れ日から漏れる日差しが、ジリリと皮膚に熱を感じさせた。
「風があると少しは違うのに」
独り言を口走りながら、そそくさと並木道を抜け、半日前に居たプール際の道を歩く。流石に閉場時間が押し迫っているので、客もほぼいなくなっていた。そんなプール場を横目にドアが全開に開いている管理棟へと足を進め、入って直ぐの事務所受付に目をやる。すると、米内が書類整理をしていた。
※※12月7日20時以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです
※ハートありがとうございました
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