第3話
シュコシュコシュコ
監視員のバイトを始め一週間になる。最近は晴天も続いているので、来場者も昨年より多いと羽鳥が朝礼の時に言っていた。そのせいもあり、浮き輪等のレンタルも借りに来る人も多く、二日連続でレンタル専属になっている。15時以降は人も減るので、そんな時は、競泳用のプールで監視作業に従事する事もあるが、やはり、慣れないのと緊張もあいまって、今の所はこの専属が自分には合っているような気がしていた。
(それに、ここってわりかし全体見れるから、他の人達の仕事っぷりがよくわかるんだよな)
レンタルブースは来場者のプールサイド出入り口の直ぐ横に併設されているおかげで、ほぼ施設の中央にあるような形なのだ。まあ実々瀬の事なのでここから、様子を見て学べという事のようには感じる。
にしても、ここから見ているかぎり、羽鳥もさることながら、実々瀬の監視員たるや、監視員鏡という感じに思わず感嘆の声が漏れそうな程だ。仕事の的確さは勿論、未然防止の為の、お客に対する声かけ、また迷惑行為に対する揺るぎない断固たる対応など瞠目してしまう。つい昨日も園内で男性グループが、女性グループに執拗に声を掛け明らかに困っている様だった。そんな中、彼はその男性グループに逡巡せず注意勧告を促し、その場を納めたという事があったのだ。普通なら数人の男子の中に割り込んでとなると、ためらいが生じるのだが、昨日見た彼には微塵も尻込みする雰囲気はなかった。
(格好良かったなあ。あの時)
男の自分から見ていても尊敬という言葉しか思い浮かばない。
(俺もあんな風に出来る様になる……)
暫く、脳裏でシミュレーションを試みるも、どうにも今の自分では想像すら出来ず、自信がなくなっていく。現在の自分にはあまりにもほど遠く感じる行動である。
「はぁああ」
空気を注入する手を止め、あまりの雲泥の差に大きく溜息をついたその直後、背後からペタペタという足音が耳に入り、人の気配を察知した。
「おいおいーー 何だその溜息は。悩み事か?」
「い、いえ。梶山さん。大した事ではなくて」
「たいした事じゃなくても、少しずつの蓄積が後で大事になるんだからな!! それに梶山じゃなくて剛だろ!!」
「そ、そういう訳には……」
「なーに。一つ年上ってだけで俺も去年からここでバイト始めたんだから、大差ないって!!」
「はあ……」
すると、自分の隣に立ち、場内をぐるりと見渡す。
「今日は、午前から人が多いな」
そう言いながら、片手に握っていたカチューシャを、少しウエーブかかった長めの髪に装着すると、ニンマリと笑みを浮かべた。梶山剛也。自分より一つ年上の先輩で、話によると、実々瀬達と同じ大学に通っているらしい。身長は少し小柄で、一緒に働く先輩達と比較するとなれば、体形は心許なく写りがちがちだが、仕事は的確に対処していると感じた。ただそれ以上に行動力とある意味バイタリティーが凄い。
と言うのも、若干ではあるが、私服もさることながら、しゃべりの雰囲気と、少し長髪気味の髪型が、チャラ男という雰囲気を醸し出ている彼。それがあまりにも反映された行動と発言をするのだ。なんせ会った初日から乱れ打つが如く『ナンパ』を自分の目の前で繰り広げられるのだから、こちらも目のやり場に困ってしまう。
まあそれを返せば自分がそう言ったことに無縁であり、ましてや初対面の異性に声を掛けると言った事をしたことのない自分が返って動揺してしまっているのが現状。ただ、梶山は運営側の人間であり、そんな立場が公然とナンパをしても良いものだろうか? まあ彼とて自分のそんな心情など知るわけもないわで…… なので休憩中に決まって、来場している女の子にナンパする姿を目にする度に、バイトを始めて日の浅い自分は色んな意味で心配になってしまう。
そんな梶山だが、たとえ無視されようが、断られようがお構いなしと言った雰囲気である。また、口を開けば、異性の話が多く、どう返答すれば良いか悩みの連続。まあ悪い人ではないと言うのは理解しているものの、手に余る事が多い。そんな日頃の行動もあり、仕事はしっかりと全うする人と理解しているものの、よもやバイト中だと言うのに突発的にナンパに行ってしまうのではないかと気が気ではない。そんな心模様を知り得ない彼が自分の名前を呼んだ。
「何ですか剛さん」
「マット型の多く作っておけよ」
「マット型ですか?」
「ああ。あれな女子にわりと人気があるからな。今日は朝から天気も良さそうだし、きっとレンタル多くなるぜ!!」
「…… 分かりました」
破顔を浮かべ、親指を立てて見せた直後、用があるという事で、本部の方へと早歩きでその場を後にした。そんな彼の背中を無意識に追っていると、いきなり会釈をしたと同時に、入れ替わりに米内が、ポチポチとこちらへ向かってきたのだ。
※※明日20時30分以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです
※※また初ハート、フォロー有難うございます!
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