第2話

「おおおお」


 いつもフェンスの外からしか見れていなかった景色だったものが、今はその中に自分がいるのだ。初めて見る景色に思わず感嘆の声が漏れる。と、同時に目の前の階段を軽快に登り、周りを見渡した。プール中央には流水プール。その奥には幅広い層が楽しめそうなぐらいのスライダー。左側には利用者の更衣室を真ん中にし、その両端に競泳用のプールが二つに小さい子供の用のプールが併設されている。自分が思っていた以上の充実した施設で思わずテンションが上がってしまう。


「凄いですねここ」

「そうだな。ただ、その分大変ということだ」

「そうですよね。敷地もさるもことながら、プールの種類もありますもんね」

「…… そうだな」

「実々瀬さん?」

「ああすまない。では早速、サイドに出てからの点検基準だが、基本持ち回り制で行われることだが、健吾は初めてなので、とりあえず一通りの手順でいく」


 そう言うと、プール内を万遍なく回るような感じで、様々な事をレクチャーを受けた。プールの消毒薬の管理、濃度検査もあれば、管理の点検。ゴミ拾いに、遊具のレンタル。プールの水温と、水質検査は、時間ごとにチェックと事細かく決められている。そのような事をやりつつ、監視も行うのだから、なかなか大変な立場なのだと、改めて感じ実々瀬の説明に真剣に耳を傾ける事数十分。大量の情報量に途中から、メモを取り始め、その紙を見ながら、彼に確認しつつ、管理棟の前まで足を運ばせた。


 直後、耳に不思議な音が飛び込みそちらの方に目をやる。すると綱引きの縄のように巻かれていたコースロープを長く伸ばし、破損の確認する巨体の男性が目に飛び込む。


 その情景に思わず視線を送ると、その気配を感じ取った彼の方からこちらに向けて大きく手を振りながら、ズカズカと近づいてきた。高身長の、がっしりとついた筋肉。そして、黒髪でサイドを刈り上げた目鼻立ちがはっきりした男が自分達の目の前に立つ。


「おう大河」


 体型からも想像出来る、非常に通ると共に大きな声に、周りの空気が振動したような錯覚を覚える。


「御影さんお疲れ様です」

「お疲れ様。いやー今日もプール日和だな!!」

「今の所は」

「はははは。確かに。で、その隣の青年が米内さんの言っていた新人か!!」


 豪快な言いっぷりと共に、初対面からのインパクとの強さのあまり、呆然と立ち尽くす。そんな自分に、隣にいた実々瀬が軽く腕で小突かれ我に返る。


「は、初めまして。今日から一緒に監視員やらせてもらう茂宮健吾です。よろしくお願いします」


「おおっ!! 健吾。こちらこそよろしく頼む!! 自分は羽鳥御影だ。S大学5年になる。因みに大河は3年で、もう一人梶山剛也っていうのがいるんだが、そいつは2年になる。健吾は……」

「俺R大なんで羽鳥さん達は大学違うみたいです」

「おう、そうだったか!! 通りで見たことない顔だと思ったんだ。大学5年ともなると大抵の学生は見たことあるからな。大河だってちょくちょく学内で見かけるが、いつも変わらずのポーカーフェイスでな」

「余計な事言わないで下さい」

「ああ。すまんすまん大河」


 やれやれと言う表情を浮かべる彼を余所に、尚も羽鳥の大音量がプール内に響く。


「健吾、大学は違えども、今日から自分の後輩と変わらないのだから、なんでも聞いてもらって構わないぞ。それに確か昂はR大だよな大河?」

「ああ」

「だと言うことだ健吾。R大の先輩も在籍していることだし、安心して仕事を全うしてくれ!! 期待しているぞ!!」


 そう言うと、分厚く、ずっしりとした掌が、自分の片肩を2、3回叩く。その直後、いきなりもう片方の肩をガシリと掴む。


「へ?」


 すると何の前触れもなく肩から始まり、体中を解すように触り始めたのだ。


「あっ、あの!? 羽鳥さん?」


 驚く自分を余所に、彼は自分のペースで触診を進めること暫し。


「実々瀬さん…… これって?」

「通過儀礼だ」

「えっ?」


 半信半疑の中、羽鳥の手が自分から離れると、何かを確信したかのように一人で頷く。


「うん。鍛えごたえのある筋肉だ」

「あのーー」

「監視員は体力は必須!! となると体は常日頃から鍛えておかなくてはならない。イコール筋肉をつけるというのは最優先事項ということだ!!」


 するといきなりサイド・チェストのポージングを始めたかと思いきや、次々とボディービルポーズを繰り出す。


「健吾!! 筋肉は最高だろ!!」

「あーー あははははは。実々瀬さん」

「新人が入った初日には必須の話が筋肉の話題でな。悪い人ではないんだが、あのスイッチはなかなかオフにならない。なので監視員の間では暫く放置というのが認識事項になる」

「わ、分かりました…… 実々瀬さん因みに、ロッカーで言っていた適任者って」

「察しの通りだ」

「な、成程」


 妙に納得している間に、自分の視界に米内かひょっこりと現れた。羽鳥は今までしていたポージングを即座に切り上げ、彼の前に立つ。自分自身もそれに揃えるように一列に並ぶと、米内は一回咳払いをした。


「皆さんおはようございます。えーつきましては、二人も知ってるかと思いますが、今日から茂宮君が一緒に働いてもらう事になりました。教育係として、実々瀬君にお願いしていますが、羽鳥君も色々教えてあげてください。後の二人には、また追々会う機会あると思いますので、その時にでもまた紹介します。では」


 そう彼が話を閉めると、必然と二人が、前へと歩み寄り円陣を組む。自分もそれに習うようにその輪に入る。


「では、皆さん今日もよろしくお願いします」


 米内がそうつぶやく。その直後。


「天気快晴!! 利用者安全第一!!」


 歯切れの言い滑舌で羽鳥が、声を張る。


「うっす」


 緩い返事と共に、その円は解かれていく。いきなり且つ、一瞬の事で、半ば呆然としている自分に、実々瀬が肩を叩いた。


「御影さんと話していて、説明の機会なくしてしまったが、始まる前に、天候の確認と、現場の注意力喚起の意味での声かけが、持ち回りで開場前にルーティンとして入るから承知しておいてくれ」

「えっ、そ、そうなんですか」

「大丈夫だ。数やれば慣れる」

「そう言う問題なんですか!!」


 戸惑いの表情を浮かべる自分を余所に、彼は『いくぞ』と言わんばかりに、自分の背中を二回叩き歩き出す。 少しの動揺を抱きながら慌てて、前を歩く実々瀬の後を追う羽目になってしまった自分がそこにいた。



※※明日20時30分以降更新。烏滸がましいですが、星、感想頂けると至極嬉しいです※

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