第2話 こんなはずじゃなかった



「——え、マジ? それやんの——⁉」


 現在時刻、午前9時——と数分。

 俺は薄暗い部屋で、昨晩録画したアニメを鑑賞していた。


「うっそぉ……カッコよすぎんだろ——」


 現代最強と呼ばれる存在が、絶体絶命のピンチに追いやられた後の必殺技。

 これ以上に熱くなる展開はそうそうないと思う。

 

 ——アニメを見ながらプレイしていた、ゲームの方に集中できなくなる程には。


   ◇


「いやぁ——今回も面白かったねぇ……」


 アニメを見終え、ゲーミングチェアに深々と座りながら一人呟く。

 当たり前だが、この部屋に俺以外の人間はいない。


「——さて、次はこっちやらないとな」


 そう言いながら、アニメのせいで集中できず机の上に置いたゲーム機へと手を伸ばす。——と、その前にコーラを一飲みしてから。

 

 ちなみに俺は、マルチプレイなどしない。

「討伐タイムの更新」という目標がある俺にとって、野良でのマルチプレイなど足手まといを自分から呼ぶようなものだ。

 プレイの邪魔をする論外から、属性を理解していない初心者まで。プレイヤーが増えれば増えるほどストレスも増していく。それが、俺のやっているゲームという訳だ。


 ——とはいえ、今この時間にマルチ募集しても、一人も来ないというのが大きな理由だったりする。

 

 なにしろ、今日は火曜日なのだ。ばりばりの平日である。振替休日という言い訳もできない平日。祝日の類でもない。

 そんな平日の朝——10時。

 世の人たちは今頃、仕事や学校が始まりだした頃だろうか。


 ——そんな時間帯から、コーラとポテチを準備しゲームにいそしむ俺。

 そう、俺は世間一般で言う所の「ニート」というやつである。働かず、食っちゃ寝を繰り返し、起きてる時間はアニメ、漫画、ゲームに費やす生活。


 もちろん、収入などあるわけがない。だが安心して欲しい。

 俺はいつまでも親のすねを齧っている訳じゃないのだ。家はとうの昔に出た。

 そんな俺が、どうやって生活しているかというと——


「おい将太しょうた、仕事の時間だ——」


 そう言いながら俺の領域テリトリーに入ってきた腐れ縁——南野悠歩みなみのゆうほ

 俺が生きていけるのはコイツのおかげだったりする。


「仕事の時間——? バカな事言うなよ。俺は職に就いてねぇよ」

「緊急事態なんだ、今すぐ来い。——いや、拒否ってもいいぞ。その代わり無理やり連れて行くからな」


 そう言いながら、腕を組んで俺の返答を待つ悠歩。

 なんともまぁムカつく上から目線だが仕方ない。俺はコイツに生かして貰ってるわけで、おまけに悠歩は官僚なのだ。

 俺みたいなクソ雑魚ヒキニートじゃない、普通の一般人でも敵わないだろう。


 とにかく悠歩は、日本の政治やら、そこで流れる闇やらを知っているという訳だ。詳しいことは俺も知らないが。


「——いや、待てよ。なんでお前が俺の力を必要としてるわけ?」

「——チッ。いいから早く答えろよ。ニートなんだから予定もないだろ」

「今舌打ちしたよなぁ⁉ いったい何を企んでんだよ!」

「……感だけは鋭いよな。お前」


 勘だけは鋭い——なんて悠歩は言ったが、俺からしてみれば当然の話だ。

 俺には特殊能力なんて何一つない。「実は○○でした~」とか、「俺は一般人だと思ってたけど実は~~」なんてことは一切ない。


 正真正銘、ただのオタクで引き籠りなのだ。

 そんな俺に、官僚である悠歩が助けを求める? そんな状況、万に一つもあり得ない。十中八九、何かを企んでることは明確だ。


 ——が、まぁ。


「……分かった。いつも世話になってるしな。ついてくよ」


 俺がニートで引き籠りをやっていられるのも、全て悠歩のおかげだ。一回くらい、企みに乗ってやるくらいしてやらないと。

 ——いつか「恩を返せ」とか言われたりした時が怖くなる。


「——なら、先に車に乗ってろ。玄関の前に止めてあっから」

「ウイー。……てか、どこまで行くんだ?」

「車を出してから伝え……いや、別にいいか」

 

 一瞬、悠歩は言い淀んだものの、すぐに目的地を告げた。


「千葉県の船橋ってとこだ。お前に分かるか?」

「————はぁ⁉」

 

 軽くバカにしてきた悠歩に、俺は大声で聞き返す。

 だが何も、船橋の場所が分からなかったわけではない。むしろ、場所を知ってるから聞き返したのだ。


「静岡から千葉に行く——? 車で? バカじゃねぇの⁉」


 てっきり日帰り程度の、近所のおつかいかと思っていたのに。

 まさかそんな、新幹線を使っても日帰りできるか怪しい大がかりな用だったとは。


「あ、あのさ——。やっぱりナシに……」

「取り消すなら、今すぐお前を家から追い出す」


 無感情にそう言われて、俺は嫌な予感しかしなかった。

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オタクの皆さん、お仕事の時間です 豆木 新 @zukkiney

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