第11話 共鳴

 エスカが、一昼夜列車を乗り継いで合宿所に着いたのは、翌日の深夜だった。足音を忍ばせて、そっと自室に滑り込むと、そのままベッドに倒れ込んだ。

 昼近くまで眠り、元気を取り戻すと、キッチンに向かう。グウェンが、廊下の掃除をしていた。エスカを見て、歓声をあげる。

 アニタが、キッチンから飛び出して来た。ランチの支度をしていたようだ。

「お腹空いてる? ちょっと待ってね」

 エスカが、家出らしき事をしていたことには触れない。全員で、申し合わせでもしているのだろうか。ほどなく、アダが来た。魔女号が帰ったんだ!

「やあエスカ!」

 くしゃくしゃと、頭を撫でる。

「アダ、毎日ランチに来てるの?」

「まさか。一日おきだよ」

 グウェンが、笑っている。留守の間に、進展があったらしい。グウェンがそれを喜んでいる。ホロも同じなのだろう。家族全員で喜んでいるのが感じられる。

 ああよかった。このふたりは大丈夫だ。

「ウリ・ジオンは?」

「帰ってすぐに、会長に報告。その後ここに来て、セダにお前の手術の話を聞いたよ。グウェンとアニタも呼んで、みんなでな」

 そうか。ありがとう、セダ。

「それで、この子がヒステリー起こしちゃってさ」

 母親にとって、子どもは大人になっても子どもなのだ。

「お高〜いティーカップを、力いっぱい床に叩きつけたんだよ。その後でソーサーもね。アダさんのカップに手を伸ばしたから、アダさんが止めたの。 

 そしたら、この子ったら目にいっぱい涙を溜めて、アダさんを睨みつけると、外に飛び出して行った。アダさんが、追いかけて行って……あとのことは知らない。で、これが現在の姿ね」

 アダとアニタは、ちょっと照れくさそうに笑った。終わりよければ全てよしか。

「あの後で、誰が床掃除したと思ってるんだい。破片があちこち飛び散って、大変だったんだよ」

「お疲れ様、グウェン」

 ふたりが笑っているので、なぜかエスカがグウェンを労った。

「それでウリ・ジオンだが」

 アダが、真顔になる。

「セダの話を、ずっと下を向いたまま聞いていた。それで話が終わると、黙って出て行ったよ。シェトゥーニャの所に行ったんだと思う。

 エスカが留守の間、三日間か? こっちには泊まってないな。普段、そういうことはあまりないって、サイムスが言っていたが。

 シェトゥーニャと、何処かに出かけているようだ。グウェン、ホロは何か言ってないか?」

「会長さんのお宅ね。合宿所の人たちになら、話してもいいんじゃないかって、主人が言ってるから」

「話が分かるな、ホロ」

「実は今、あそこは腐った卵状態だって」

「腐った卵って?」

「外見は普通だけど、中はめちゃくちゃ。お金があれば幸せってわけではないんだね。

 ウリ・ジオンさんは、彼女のことで奥方と揉めて、実家に寄りつかなくなった。会長にも愛想が尽きたようで、必要最低限の報告しかしなくなったみたい」

「僕が、原因だよね」

 アダが遮った。

「いや、それだけじゃない。元々会長とウリ・ジオンは、根っこが違うと思っていたよ。むしろ、よく今まで保っていたくらいだ。

 会長は、根っからの商人だが、ウリ・ジオンは違う。王族の血が入っているせいかな。少なくとも、人の命を金に換算するようなことはしない」

「おまけにね、お嬢さんが反旗を翻し始めたって」

「ヴィットリアさんか?」

「それは奥さま。お嬢さんはオッタヴィアさん。何でも会長が、若い会計士と結婚させたがっているって」

「オッタヴィアさんは、幾つだっけ?」

「十六才」

「僕と同い年? 未成年じゃないか」

「早いとこ、お相手を決めておきたいんだろ。お相手は、とっても乗り気なんだってさ。お嬢さんは、嫌がってるって。奥様はその人が一般人だから、これも猛反対」

「でも、面接で奥方が採用したんじゃないのか?」

「それが、会計士は別枠だとかで、会長さんが勝手に採用しちゃったんだって。奥さまは、ますますご立腹だよ」

「その会計士って、会長のお気に入りなんだね。野心的な人?」

「逆玉狙いかなぁ?」

「上手くいって、将来結婚したとする。優秀で人望のある義兄は、目の上の瘤では? 

 それで、会長にウリ・ジオンの陰口を吹き込んで、追い出しにかかるとか」

 と、アダ。

「その人は幾つ?」

「確か、お嬢さんよりひと回りぐらい上だって」

「野心家だね。焚きつける人間はいる?」

「その方面には、気づかなかった」

 アダは言うと、エスカを見た。

「その会計士、調べた方がいいかも。会長に内緒でね」

「そうだな。で、セダだが、何日か留守だよ。国に帰っている。お袋さんが亡くなったそうだ。実の母親は、セダが赤子の頃に亡くなっていてね。今回は継母なんだ。

 セダが幼児の時に、後妻として嫁いで来て、可愛がってくれたそうだ。よくできた人で、自分の子を産んだあとも、変わらず大切にしてくれたって。

 セダが義務教育を終える頃に、親父さんが亡くなってね。セダは『勉強は嫌いだ』と言って、家を出た。食い扶持を減らすためだったと言っている。

 職を転々としながら、夜学に通ったそうだ。食うのがやっとで、家に仕送りできなくて辛かったと言ってたな。

 タンツ商会に就職してから、やっとゆとりができた。あれよあれよと言う間に、企画二部のツートップだもんな」

「企画二部って?」

「ウチでは、情報部をそう呼んでいるんだ。給料もいいが、危険手当てがたっぷり出る。その手当を、そっくり送っていた。一番大変な時に手助けできなくて、すまなかったって言ってたな」

 サイムスが聞いたら、感涙だな。

「だから、あいつには幸せになってもらわないとな」

 エスカを見る。はいはい。後押ししますよ。

「そうだ、アダ。僕も報告したいことがあるんだけど」

 食後、エスカはアダを部屋に招き入れた。

「ディル・ミューレン中尉にあったよ」 

「ディル……あ、あの副官か? お前、まさかイシネスに行ったのか?」

「この三日間で、そんなはずないでしょ。向こうから来たんだよ。女神殿のアンテナは、侮れないかも。この話は、セダだけにしてほしいと言ったら、商会の社員には無理かな?」

「大丈夫だ。俺とセダには、ここだけの話がごまんとあるぜ」

 さすがツートップ。エスカの話が進むにつれて、アダの顔が曇ってきた。

「会長がミスリード?」

「僕も、乗ってしまった。公爵は、やはり野心をお持ちではないようだ」

「俺もセダも、聞いた事をそのまま伝えるのが仕事だからな。後は、それを聞いた者の解釈による。

 なぜ会長は、公爵犯人説に傾いたんだろう? 公爵に野心があると思ったのは、自分の物差しで測った可能性があるな。

 なぜ、エスカを疎むようになったのか。讒言する者がいたのかも知れない。将来、邪魔になるかもしれないから。

 エスカとウリ・ジオンを追い出せば、怖いものなしだな」  

「僕とウリ・ジオンについては、意外とそんなところかもね。ところで、イシネスの件だけど。

 女神殿の本当の狙いは、王女殿下かな。自分たちの言いなりにならない為政者。排除したいはずだ。

 でも王女殿下は、唯一無二のお方だ。なんとか、合理的に排除する方法はないものか。

となると、女神殿がクーデターを利用する手もあるな。反体制側も、殿下を北の塔送りにしたいだろうし。

 その後は、手のひらを返して公爵擁立派に回る。

 だが、会長は公爵犯人説に傾いた。王女殿下が善良な方なのは、周知の事実ということになっているからね。だから、公爵が王女殿下を陥れようとしている説には、説得力がある。

 巫女さまたちは、想定外の展開に大慌てだろうな。公爵を残したいからだ。考えたくない事だけど、女神殿とは別に、王女殿下が後ろ盾になっている可能性もある。

 本当に、殿下は善良なお方なのか? 僕、何を信じていいのか、分からなくなってきた。 その場合は、さらに黒幕がいることになるけど」 

「どういう意味だ?」

「霊廟」

「何?」

「先祖代々の怨念かな? 今は聞かなかったことにして。薬草事件と四人の殺害事件は、別物の可能性があるね。

 それに、大巫女さまが長くないとすると、僕に帰国させたいかもね。戦士の後継者が他にいないから」

「だいぶ煮詰まってきたな」

 アダは、納得したようだ。

 夕方アニタが帰った後、エスカがキッチンで食事をしていると、賑やかな音がした。がらりと、キッチンの引き戸が開けられる。

「いたいた! やっぱりな」

 アルトスが、嬉しそうな顔を見せた。背後に、苦笑のサイムス。

「たっぷり食べろよ。また後でな」

 言うだけ言うと、アルトスは出て行った。

 食後、エスカが自室にいると、サイムスがやって来た。

「ごめん。エスカにだけ、話しておきたいことがあって」

「どうぞ、座って」

 サイムスは、少し緊張しているようだ。

「あのさ、それとは関係ないんだけど。アルトスが、ちょっと変なんだ。訓練と関係あるかな?」

「変って?」

「この前、エスカが行方不明になった時、アルトスは、貫禄でみんなを落ち着かせた。今回は、それとは違うふうに感じたんだけど。

 けろりとして『大丈夫だよ』にこにこ。それで、なぜかみんなが納得したんだよ」

「……失敗したかも」

「え?」

「訓練と関係はあるよ。想定外に、アルトスの感度がよかったんだ。それで共鳴しちゃったのかも」

 サイムスの表情が、一気に明るくなった。アルトスを褒められると、自分のことより嬉しそうなサイムス。

「困るんだよ。GPSの役目なんかされると。訓練なんかしない方がよかったな」

「おおっ!」

 と、サイムスは、膝の上でガッツポーズをした。

「それなら、エスカが行方不明になっても、探し出せるって事だな?」

 まずい。アルトスの力を見くびっていた自分のミスだ。砂漠の民、恐るべし。

「それとな、エスカに礼を言いたかったんだ。お陰で、アルトスが完全に元に戻った」

「元って?」

「子どもの頃、王宮に行く前の状態に」

「え、あんな駄々っ子だったの?」

 サイムスは、嬉しそうに笑った。

「そうだよ。ずっと感情がないみたいだったのに、エスカが来たら戻ったんだ」

「僕、喧嘩してただけだよ?」

「喧嘩は、感情が出るだろ? それがよかったかもな」

 怪我の功名か?

「で、エスカ。ウリ・ジオンが出ていったら、お前も出る気だろ? 俺たちも、出るつもりだ。ウリ・ジオンのいない合宿所なんて、意味がない。

 ウリ・ジオンは、当分踊り子さんの紐になるとして」

 ここでサイムスは、さも愉快そうに笑った。

「俺とアルトスは、実家に帰るか、マーカスの家に行って、居候する。聞いてみたら、どちらも大歓迎だそうなんだ。それでエスカ、お前行く所がないんじゃないか?

 実家もマーカスも、ぜひにと言ってくれてるよ。実家は、あれで広くてね。マーカスんとこは官舎だが、ファミリータイプだから、部屋数はある」

 エスカは驚いた。どちらも選択肢になかったのだ。ひとりで何とかするしかないと、思い込んでいた。なんで、みんなこんなに親切なんだろう。

「ありがとう。すごく嬉しいよ。でも、もうほぼ決まってるんだ。留守にしたのも、現地を見に行ってたからだよ。僕、このシボレスを出たい」

「そうか。気が変わったら、いつでも言ってくれ」

 サイムスは、少し残念そうだ。

「で、話って何?」

「ああ。エスカが留守の時に、実家に帰ったんだ。コンサートのチケットを渡すためにな。そしたら、たまたま親父がいた。で、俺はこれはチャンスだと思って、親父を問い詰めたんだ。

 全部話してくれたよ。つらいだろうけど聞いてくれ。俺も、一度しか話さないから。

 十七年ほど前、イシネスで、国王の即位何十周年とかで、ラヴェンナが招待された。当時のラヴェンナの国王は病床に伏していたため、王太子、つまり現在の国王が名代で参列した。

 親父は、当時近衛兵だったため、護衛として同行した。式典の後、王太子に『ここで待て』と言われたので、バルコニーに面した広間で、待機していたそうだ。

 そこへ、旧知のタンツ氏が通りかかった。四方山話に花を咲かせて、楽しいひと時を過ごしていると、女性の悲鳴が聞こえた。

 即座に、ふたりで駆けつけようとしたが、広くて勝手の分からない城内だ。

 多少手間取って、ようやく辿り着いた時に、去って行く男の後ろ姿が見えた。見間違えるはずのない、王太子のマントだった。

 そこに倒れている女性がいた。イシネスの王妃だった。王妃は失神していた。これがすべてだ」

 エスカは、項垂れて話すサイムスを、じっと見つめていた。

「辛かっただろう、サイムス。話してくれてありがとう」

「だから、親父とタンツ氏は、エスカの人生に責任があるんだ。タンツ氏は、大口取り引きのある大切な商人だから、招待されただけだ。

 だが親父は違う。例え『ここで待て』と言われても、側に仕えていなければならなかった。護衛官なんだし、王太子のお人柄もわかっていたんだし。

 親父のミスであることには、違いない。俺もそう思う。だから、ずっと苦しんできた。この前エスカに会って、肩の荷が降りた気がしたそうだ。立派に育ってくれたって」

「そんなことではないかと、思っていたよ。誰が、他国の王妃を狙うなんて考えるか。悪いのはグンナルだよ。

 パルツィ氏には、もうお忘れくださいってお伝えしてね。僕はその分、サイムスに優しくしてもらってるから、これでチャラということで」

「そんな……チャラにできることじゃないだろう」

「少なくとも、パルツィ氏を責めることだけはしないでね」

「それな。俺言えなかった。親父だしな」

 エスカは笑って、サイムスの肩を叩いた。

「それより、セダとはあれからどうなったの?」

「会ってないよ。お継母さんの葬式で、国に帰ったそうだ。喧嘩したわけじゃないが、気まずくなって」

「なんで?」

「俺、エスカを庇ったつもりだった。でもあいつは冷静だった。それで、なんか腹が立ってさ。なんで、もっとちゃんとエスカを庇わないんだろうと思った。アルトスは、エスカをなじっていたのに」

「サイムス。セダは使用人。アルトスは、主家筋である上に王族だ。責めることはできないよ。サイムスだって、主家筋でしょ」

「あ」

 思い至らなかったようだ。

「趣味の教室で会うなら、平等の立場だけど、ここでは違うでしょ。セダは、サイムスのこと調べたって言ってた。興味があるから、調べたんだ。

 サイムスのことが分かった時、セダは心の中で、一線を引いたかも知れないな。分かってあげてよ。踏み出せるのは、サイムスだけだ」   

 サイムスは、項垂れてドアを開けた。アルトスが、そこにいた。

「話は終わったか? 次は俺な。一分で済む」 

 サイムスを追い出して、ドアを閉める。満面の笑顔で、エスカを抱きしめた。

「お帰り。家出常習娘」

 なんだソレ。

「訓練は、明日からでいいよな?」

 エスカの頬にキスをすると、上機嫌で出ていった。エスカは、呆れて言葉が出ない。お仕置きをして、破門にしてやろうと思っていたのに、あの野郎。

 ようし、明日からの訓練でひいひい泣かせてやる。


 翌日の午後、エスカは、自室でぐうたらしていた。勉強する気になれないので、あれこれシミュレーションしていたのだ。屋上に、エアカーの到着した音がした。覗いて見ると、ウリ・ジオンである。エスカは部屋を飛び出した。

「ウリ・ジオン!」

「やあエスカ、久しぶり!」

 ふたりは抱き合った。アニタが、微笑んで見ている。

「ちょっと、片付けようと思って」

 もはや、誰にも隠してはいないのだ。

「手伝うよ」

 ウリ・ジオンの後を、とことことエスカは付いて行く。

「少しずつ、運び出しているんだ。悪いな、こんな事になって」

「誰も、ウリ・ジオンが悪いなんて、思っていないよ」

「いや、僕が悪いんだ。調子に乗って、喋り過ぎたから。あのラヴェンナの時な、エスカがどんなに活躍したか、親父にベラベラ話したんだよ。

 少しでも、エスカをよく思ってもらいたくて。それまでも、親父はエスカを認めていたんだけど、もっと、と思って。それが裏目に出た。薄気味悪いと感じたらしい。

 僕は、そんなふうに感じる人がいるとは、考えてもみなかった。本当に申し訳ない」

 エスカは、暫し沈黙した。

「ありがとうウリ・ジオン。そんなふうに、僕のこと思ってくれて」

 ウリ・ジオンは、片付けていた書籍から手を放し、エスカの前に立った。

「愛してるよ、エスカ」

 そう言うと、エスカにキスをした。恋人のキスだということは、エスカにも分かった。

「シェトゥーニャにバレるよ」

「もうバレてる」

 ウリ・ジオンは、笑顔を見せた。

「キスだけならいいってさ」

「随分と、寛大な恋人だね」

「だろ? 素晴らしい人なんだ」

「わかってるよ。僕も愛してる、ウリ・ジオン」

 ふたりは、何度もキスを交わしあった。これでいい。最初で最後のキス。

 ありがとう、ウリ・ジオン。エスカの心に、灯りが灯された気がした。

「エスカ、行く所はある?」

「パルツィさんとこと、大佐からオファーもらってるよ。僕モテモテなんだ。でも、地方に行くつもりだから」

「そうか。僕たちもシボレスを出る。三か所に絞ったところさ」

「その三か所に、北部地方は含まれてる?」 

 ウリ・ジオンは、ぱたりと手を止めた。はは〜んと納得したように、エスカを見る。

「どうりでな。シェトゥーニャが、北部イチオシなわけだ。なんか、楽しくなって来たな」

 アルトスとサイムスが帰宅する前に、ウリ・ジオンはご機嫌で帰っていった。

「なんでウリ・ジオンは、さっさと帰ったんだ?」

 アルトスは、不満そうである。

「会いたかったのにな」

 アルトス、サイムス、エスカが夕食後にリビングで寛いでいた時である。サイムスの携帯が鳴った。

「ああ、ウリ・ジオンか。どうし、えっ。分かった。すぐ連れて行く」

 聞き取ったエスカが、立ち上がる。サイムスは、アルトスに近寄ると、腕を引いた。

「行くぞ」

「なんだよ」

「お前の母さんが、危篤だ」

「母さんて、なに、今さら」

 躊躇するアルトスの目に、眩い光が入った。サイムスも気づいて、エスカを振り向く。

 そこに立っていたのは、エスカではなかった。エスカの姿を借りた、別の人物。そのひとは、両手を伸ばして指を組んだ。目は半眼である。背後から、光が差している。

『行きなさい、アルトス』

 この上なく柔らかく、優しさに溢れた言葉。だが、逆らうことは赦さない威厳があった。

 アルトスは、左胸に手を当てると一礼し、廊下に走り出た。サイムスも同じ姿勢を取ると、後に続く。

 ふたりがリビングを出ると同時に、エスカに憑いていたものは落ち、エスカはふらついて、ソファに尻もちを着いた。

「できた!」

 思わずエスカは呟いた。ちゃんと呼びたいひとを呼び、話していることを聞き取り、失神もしなかった。自分で修行したのだ。喜びが、胸に溢れた。

「ありがとうございます。母上」

 感謝の言葉もない。

 その夜、エスカは自室で床に跪いた。アルトスの母に、祈りを捧げるためだ。その時突然、哀しみが胸に突き上げ、堪えきれなくなったように、涙となって流れ出した。

 共鳴だ。涙は止まる事なく、次から次へと溢れ出す。エスカは、共鳴を断ち切ろうとはせず、そのまま一晩中、泣き続けた。


 翌日の午後、サイムスが慌ただしく帰って来た。喪服を取りに来たのだ。クローゼットから喪服を取り出し、畳んでスーツケースに入れる。エスカが手伝った。

「アルトスは、間に合ったよ」

 ぽつりと、サイムスが言った。

「お母さんの寝室のドアが閉まる前に俺が見たのは、枕元に跪くアルトスの後ろ姿だった。

 後でシェトゥーニャに聞いたんだが、お母さんは、まだ意識があったって。ひと目で、アルトスが分かったそうだ」

 エスカは、無言で聞いていた。

「一晩中三人で過ごして、今朝方、息を引き取った。シェトゥーニャが、エスカに感謝していたよ」

「僕、何にもしていない」

 サイムスは、少し笑った。

「してくださったあのお方は、どなただ?」

「僕のお母さん」

「そうか。優しいお声だったな」

「うん。葬儀はいつ?」

「明日。葬儀と言っても、シルデスの宗教の信者ではないからな。自宅で、砂漠の民の儀式を行うそうだ。

 次期長じきおさのシェトゥーニャが、斎主となる。アルトスが、補佐だ」

 アルトスは、そうした事を知っていた。興味ないような顔をしていたが、調べたのだろう。

「その後、市営のサーズ墓地に、埋葬するそうだ」

 市営サーズ墓地。エスカは、頭に叩き込んだ。


 翌日の午後、エスカはシャワーで身を浄め、手を通したことのない、黒い服を身に着けた。まだ肌寒さの残る三月。黒いフード付きのジャケットを着て、エアバイクに跨がった。

 サーズ墓地は、市の北部にあった。エスカは、入り口付近にエアバイクを停め、徒歩で埋葬地に向かう。ひとり、ふたりと、参列者らしき人々が、同じ方向に歩いて行く。

 誰にも、案内はしていないと聞いた。伝え聞いた人たちが、集まって来ているのだ。

 赤っぽい髪の人が多い。長の死と誕生。長い歴史の中の、ひとつの区切りとも言うべき瞬間を、エスカは感じた。

 エスカは、埋葬地から少し離れた木の陰で、見守ることにした。アルトスとウリ・ジオン、サイムス、その他数名の男たちが、柩を担いで来た。地中に、静かに柩が降ろされる。

 黒衣のシェトゥーニャが、言葉を述べた。古代の祝詞のりとのようなものだろう。柩の上に、周囲の人々が花を一輪ずつ置く。エスカは頭を垂れ、黙祷した。

 その時、自身の背後から眩い光が放たれたのを、エスカは感じた。

 瞬時にシェトゥーニャが、こちらを見る。隣にいたアルトスも見た。さらにウリ・ジオン、サイムス、その他の人々も、同じ方向を見たのをエスカは感じた。

 エスカは、その場で片膝をついた。シェトゥーニャたちも、同じ姿勢をとったのが分かる。その場にいた人々が顔を上げる前に、エスカは身を翻した。

 夕刻、ウリ・ジオンとサイムスが帰って来た。アルトスとシェトゥーニャを、ふたりきりにしてきたそうだ。外にSPがいるから、大丈夫と言う。

 アニタが帰って、エスカはキッチンで食事しようとしていたところだった。

「めんどくさいから、ここで食べよう」

 ウリ・ジオンが、提案した。三人は、黙々と食事をした。エスカがお茶の支度をしようとすると、ウリ・ジオンが立ち上がった。

「僕がやるよ」

「何それ」

「親父に怒られるからじゃない。今日のを見たよな、サイムス」

「見た。眩い光だったな。目を開けていられないくらいだった」

「そういう方に、メイドさせる気はないよ」

 ウリ・ジオンの言葉にサイムスも立ち上がり、食器をシンクに運び始めた。

「僕がやったんじゃない」

「いや、エスカがいなければ、あの奇跡は起きなかったと、シェトゥーニャは言っている。

 神々しいお姿だったってさ。僕とサイムスには、光しか見えなかったけど。アルトスとシェトゥーニャには、他のものが見えたようだ」 

 やっぱりね。アルトスにも見えたか。

「他の人たちは、なんて言ってた?」

「あんなに美しい光は、見たことがないって。さすが長だって、みんな感動していた。あ、でも気分が悪くなった夫婦がいたな。慌てて帰って行った」

「その人たち、寄せつけない方がいいよ。あ、でも懲りて二度と行かないかな」

「へ?」

「邪心があると、光は見えないそうだ。代わりに、怖ろしいものが見えるらしい」

「そういうものか」

「アルトスとシェトゥーニャが見たものって、何だ? エスカも見たことあるのか?」

 サイムスも、興味津々である。

「あるよ。立派なお方だ」

「エスカの守護神みたいな?」

「はは。あのお方に比べたら、僕の守護神なんてタツノオトシゴだよ」

 直後、エスカは悲鳴を上げた。

「いたたた! ごめん、悪かった。謙遜し過ぎました」

 ウリ・ジオンとサイムスが見ると、エスカの髪が、真横に引っ張られている。

「おいおい!」

 ふたりが止めようとすると、髪は元に戻った。エスカは、涙目になっている。

「やれやれ。はは、怒らせちゃった」

「お前にも、苦手なものがあるのか」

 ふたりは、意外そうである。

「当たり前でしょ。僕だって普通の人間だよ」

「……普通じゃないと思う」

 ふたりは、顔を見合わせた。

「それでなエスカ。シェトゥーニャが、会いたがっているんだが」

「うん。僕も会いたい。予定聞いておいてよ」

「よし。後で連絡するよ」

「あのさエスカ。アルトスのことなんだが。訓練始めてから、ますますお前に入れ込んでるぞ」

「え、あんなに虐めてるのに?」

「虐めてるのか?」

「うん。泣く寸前まで。時間がないから、僕もちょっと焦ってて」

「俺さ、最近アルトスに言ったんだ。本気になっても、辛い思いするだけだから。

 ウリ・ジオンとエスカはいとこ。アルトスはウリ・ジオンの叔父。故にアルトスは、エスカの叔父でもあるって。

 そしたら何て言ったと思う? 『なんだ、その三段論法』だってさ。もうお手上げだよ」

「サイムスがお手上げでどうする? これは揺るぎない事実なんだからな」

 はっと、エスカがふたりを見た。

「揺るぎない事実……」

 エスカは、眉間に縦じわを寄せた。

「アルトスのお母さんが、アルトスを出産したのは、王宮に入ってどれくらい経ってから?」

「一年後くらいと、聞いている」

 サイムスが、不思議そうにエスカを見る。

「だから、王の息子に違いないだろ」

「……シェトゥーニャのお母さんだからな」

 エスカは、意味不明の言葉を口にした。それから背筋を伸ばした。目が半眼になる。

『調べてくれ』

 突然、男の声がエスカから聞こえた。ウリ・ジオンとサイムスは、固まった。今度の憑依は数秒だった。エスカは、大きく息をついた。

「聞いての通りだ。アルトスのDNAを調べて欲しい。ラヴェンナ側は、血縁関係があるかどうかだから、ウリ・ジオンのお母さんのでもかまわない。歯ブラシとか、毛根のついた髪の毛とか。手に入れられる?」

「何とかするよ」

 ふたりは、思いがけない展開に混乱しているようだ。

「それと、シェトゥーニャのお父さんの。は無理かな? お墓を掘り起こすようなことはしたくない」

「お母さんのペンダントに、お父さんの遺髪が入っているって、シェトゥーニャが言ってたが」

「それだ! 一部でいいから、借りられないかな? どこで調べてもらえる?」

「親父関係の研究機関で」

 言うなりウリ・ジオンは笑い出した。サイムスも笑う。

「あそこな? 罪滅ぼしにやってもらうか」

 エスカとアニタを襲った所である。エスカも苦笑した。


 翌日、エスカが外出の支度をしていると、アルトスが帰って来た。ウリ・ジオンが、エアカーで迎えに行ったのだ。殿下は、ペーパードライバーなのである。

「おはよう、エスカ。久しぶりだな」

 いつもどおり、アルトスは、腕を広げてエスカをハグした。何ごともなかったかのようだ。

「あの、アルトス」

「ん? ねーちゃんが待ってるぞ」

「じゃ行くね。今夜から訓練大丈夫?」

「大丈夫だ。何かしてる方がいい」

 やっと、後遺症の片鱗が見えた。

「しごいてやるよ」

 ふたりは笑いあった。

 エスカは、エアバイクでシェトゥーニャの家に向かう。ウリ・ジオンが、エアカーで先導してくれた。

 同乗するよう言ってくれたのだが、帰りを考えてエスカはエアバイクにした。シェトゥーニャは、ウリ・ジオンの世話が必要になるかもしれないからだ。

 シェトゥーニャの家は、郊外の閑静な住宅街にあった。気配を察して、シェトゥーニャが、玄関ドアを開ける。赤い髪、褐色の肌のカリスマ性のある美女だ。

 既に、お茶が用意されていた。互いの挨拶が済むと、シェトゥーニャは早速切り出した。

「昨日のお方は、どなた?」

「誤解されておられるようです。僕がお呼びしたのではありません。だから、推測でしかないんですけど。

 イシネスの主神オーランの父龍ではないかと。砂漠の民の長の死を悼み、同時に新しい長の誕生を寿ことほぐために、おいでくださったのだと思います」

「あなたが、いらしてくださったからだと思うわ。心より感謝申しあげます」

 シェトゥーニャは、深々と頭を下げた。

「いえ、あの」

 エスカは困り果てて、ウリ・ジオンに助けを求めた。ウリ・ジオンは、くすくす笑った。

「シェトゥーニャ。エスカは子どもだから、敬語は使わなくていいよ。それにこいつ、昨日自分の守護神のこと、タツノオトシゴって言って」

 ウリ・ジオンが言い終わらないうちに、エスカが悲鳴を上げた。続くウリ・ジオン。ふたりの髪の毛が、真横に引っ張られている。

 気づいたシェトゥーニャが立ち上がって、身体を二つに折る。

「このふつつか者たちに、ご容赦を」

 直後、髪は元に戻り、悲鳴は止んだ。

「昨日の僕を見たでしょ! なんで学習しないんだ! このあんぽんたん!」

「すンません」

 エスカもウリ・ジオンも、涙目である。シェトゥーニャは、笑い転げている。涙まで出ていた。

「こういうのが、ウリ・ジオンのかわいいところなの」

 ああ、さいですか。

「ありがとうエスカ。お陰で、尊いお姿を拝見できたわ」

「見えたの?」

「ええ、はっきりと。ご立派なお方ね」

「はい。立派です。若いですけどね」

「昨日のお方の血縁関係みたいね」

 さすがシェトゥーニャ。そこまで分かるんだ。

「それはそうと、エスカ。わたしたち、同胞だと思うの。会えて嬉しいわ」

「僕もそう思います。よろしくシェトゥーニャ。

 で、早速お聞きしたいことがあるのですが。あなたの母君は、出産時期を遅らせることは、お出来になりましたか?」

 聞いていたウリ・ジオンは、仰天したようだ。シェトゥーニャは首を傾げ、慎重に考えこんだ。ややあって、深い息とともに、言葉をつないだ。

「できたかもしれないわね。王宮に行って、早めに男の子を出産していたら、父親は砂漠の民ということになる。アルトスは、殺されていたでしょう。

 わたしは女の子だから、生きることを赦されたのだと、母は言っていたもの」

「アルトスは、前ラヴェンナ王の子ではない可能性があると? だから『調べろ』と?」

 ウリ・ジオンが、堪らず口を挟む。

「じゃあ、アルトスはラヴェンナの王族じゃないのに、王族手当てをもらっていることになる? 図々しいヤツだ」

「誤解してくれたのは、先方よ。ウリ・ジオン」

 シェトゥーニャは、いっそ痛快そうである。

「昨日のあの声は?」

「シェトゥーニャのお父さんじゃないかな」

「エスカ、あなた父の声を聞いたの? わたしも聞きたい!」

「今日来たのは、そのこともあるんです」

 エスカは微笑した。

「いずれ聞くことになろうかと。その前に、幾つか質問をしたいのですが」

「はい! 何でも聞いて!」

 シェトゥーニャの表情が、輝いた。

「あなたは母君から、シャーマンとして、どの程度教育を受けましたか?」

 シェトゥーニャは、恥ずかしそうに首を竦めた。

「殆ど受けていないわ。わたしは、いわゆる遅咲きでね。最初にそれらしき兆候が現れたのは、舞踊学校の寄宿舎に入ってからなの。第二次性徴期を過ぎるころね」

 アルトスも遅咲きだったかも。早く覚醒していたら、王宮であんな目に遭わなくて済んだんだ。エスカは唇を噛んだ。

 「母と一緒に暮らしていた時には、ごく普通の子だったから、訓練は何も。ただ、たまに帰省した際に、交信を少し教えてもらった。この家の中で通じる程度よ。

 後は透視ぐらい。これはちょっと自信あるかな。あなたのお腹の中、見えるわ。男性部分が弱って来てるわね。外部を切り取ったせいかしら?」

「シェトゥーニャ!」

 ウリ・ジオンが、焦ったようだ。

「平気だよ。シェトゥーニャの力を知りたいだけだから。恐れ入りました」

 エスカは、けろりとしている。もう乗り越えたのだから、平気だ。

「あなたに、憑依を覚えていただきたいのですが。シャーマンとして、知っている方がよいかと」

「もちろんよ! ああ、嬉しい! わたしには、もうそのチャンスはないものと思っていたの」

「何日か、通うことになると思います。基本を押さえれば、ひとりで修行できるはずなので。僕には時間がないので、急ぎたい。これからすぐで、構いませんか?」

「構わないわ。お願いします」

 エスカが急ぐ理由は、ウリ・ジオンもシェトゥーニャも、分かっている。同じ理由で、このふたりも急いでいるのだ。

「では、静かなお部屋で」

「二階に行きましょう。ウリ・ジオンは、ここで待っててね」

 ふたりは、ウリ・ジオンに手を振って階段を上った。

 三十分後、エスカは階段の上からウリ・ジオンを呼んだ。

「手を貸して、ウリ・ジオン!」

 ウリ・ジオンが、階段を駆け上がる。エスカにもたれて、シェトゥーニャが立っている。疲労困憊の様子だ。ウリ・ジオンは、シェトゥーニャを支えて、階段を降りた。

「きつかったね。ごめんよ、シェトゥーニャ。よく頑張った」

「あなたはこれを、子どもの頃にやったのよね。苦しかったでしょう?」

 荒い息を吐いて、シェトゥーニャはエスカを見た。目に憐憫の色がある。

「逃げ場がなかったからね。でもシェトゥーニャ、上々の出来だよ。ではまた明日。

 そうだ、ウリ・ジオン。強力な反重力ベルト作ってもらえないかな? 今のは、僕ひとり用でしょ。おとなひとりを抱えられるヤツ。それと、アルトスにも一本」

 ウリ・ジオンは、エスカを見つめた。

「いいけど。何やる気?」

「悪いことには使わないよ」

「それはわかってるさ」

 ウリ・ジオンは、エスカが何も言う気がないことに気づいて、諦めた。

「タンツにいて、金があるうちに作るよ」

「ありがとう。よろしく。来訪者があるみたいだから帰る」

「アダか」

 ウリ・ジオンは苦笑して、エスカを送り出した。耳元に囁く。

「ありがとう、エスカ」

 帰宅すると、企画二部のツートップがいた。アニタとグウェンが、ランチを盛り付けている。

「わあ、間に合った。セダ、いつからディナー派からランチ派にシフトしたの?」

「報告があるから、来ただけだよ。こんな図々しい奴と、一緒にするな」

 アダは、他人事のように笑っている。

「俺も報告があるのさ。まず食べてからな」

 食後、アダが話し始めた。

「例の会計士だが。その前に定年で退職した会計士の知り合いだから、会長は何の疑念も持たずに、採用したわけだ。

 そしたら、例の事務次官の息子の友人の彼女のいとこの知り合いだった。さらに、そのいとこというのが、A社のCEOの娘婿の知り合いの」

「分かった。つまりは、会社乗っ取りだな? A社というのは、タンツ商会のライバル会社なんだよ」

 セダが、一同に説明してくれた。アダが続ける。

「それで俺はさっき、会長に報告したんだ。そしたら会長は『誰の命令で調べたんだ?』と、不愉快そうに仰る。俺は『わたしの独断です』と申しあげた。

 会長は、少しの間考えていたが『わたしの命令以外で動くのは、禁止しているはずだ。次はないと思え』と言った。俺にも、次はないんだがな。

 だから、辞表を出して『よく分かっております。このような勝手なことをしでかして、このまま居座る神経は、持ち合わせておりません』と」

「嘘つけ!」

 セダが爆笑した。アニタ、エスカ、グウェンも大笑いである。一番笑ったのは、アニタだった。

「というわけで俺、無職になったの」

「先を越されたか。その後のことは、考えてるんだろ?」

「みんなでね。父さんも、今月末で退職するって。昨日、辞表出したって言ってた」

「皆さん出てくんでしょ? そしたら、わたしもアニタも失業だから、みんなで何かやろうって。お店とか」

「いいな、それ」

 セダは、羨ましそうである。

「あたしね、昨日、人事の人から電話もらったの。父さんが辞めるから、代わりにタンツさんのお家で働かないかって。

 『わたし再婚するんです。遠くに行くことになると思います』って、断わっちゃった」

 アニタは、可笑しそうに肩を竦めた。

「嘘じゃないもんな」

 アダは、ご機嫌である。

「俺は、何と言って辞めればいいんだ」

 セダは頭を抱えた。

「俺が辞めた以上、そう簡単には辞めさしてくれんぞ。まあ頑張れ」

「う。ところで報告だが。ラヴェンナの国王が亡くなった。五日前だ」

 アダとセダは、神の手を知らないはずだ。単なる難病だと思っているだろう。

「暑い国だからな。取りあえず、昨日埋葬した。プレスには今朝発表。

 明日は即位式だ。新王太子になったばかりのクリステル殿下が、即位する。

 各国のトップを招いての正式な葬儀は、三ヶ月後になるようだ。先日亡くなった前王太子の葬儀もまだだから、合同葬儀になるかも知れんとさ。

 戴冠式は、さらにその後。ご苦労なことだ」

「葬儀なら、めでたいことではないから、イシネスからも参列するかもな。となると、メンバーは誰だ? エスカ」

「トリニタリア王女殿下、カシュービアン・ド・ヴァルス公爵。もちろん副官のディル・ミューレン中尉も」

 エスカは、考えこんだ。クーデターを起こすなら、前国王の喪が明けてからと思っていたが、早まるかもしれない。

 ターゲットを、みすみす海外に送るだろうか? もちろん、将校たちも帯同するだろう。事故を装って、移動中を狙う可能性もある。

 イシネスの内乱だから、シルデスの友人たちを頼ることはできない。すべて僕が対処する? 無理無理。だが、見殺しにはできないのだ。

「どうした、エスカ?」

 アダとセダが、心配そうに見ていた。

 

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