第2話 魔女号

 ウリ・ジオンのエアカーが、魔女号の甲板に降り立ったのは、およそ三十分後である。

 甲板では、数人の男たちが忙しく立ち働いていた。

 ウリ・ジオンは、後部座席で毛布にくるまっていたエスカを降ろすと、船内に向かった。

 途中、大柄な男とすれ違った。

「お帰りなさい、船長。魔女号にようこそ」

 後半の言葉は、エスカに向けられたものだ。

「セダです。よろしく」

 三十代か。白い肌に濃い金髪、碧の目。シルデス人でもラヴェンナ人でもないようだ。周辺諸国の出身か。大きな温かい手で、握手してくれた。

「エスカです。よろしくお願いします」

 エスカは、蚊の鳴くような声で返答するのが、やっとだった。

 狭い通路を通り、とあるドアの前で足を止める。

「ここが君の部屋だ。僕は隣だから、何かあったら連絡して」

 見ると、エスカの部屋のドアに、ウサギのシールが貼ってある。

 なにコレ。

 ウリ・ジオンはドアを開けると、エスカを促した。

 ベッドと椅子があるだけの、簡素な部屋だ。船の中だから、狭いのは当然だろう。

 ウリ・ジオンは、ベッドの足元に置いてある、大きめの布袋を指差した。

「イシネスの物は、全部これに入れて。シルデスに着いたら、焼却処分する。着替えたら、隣の僕の部屋をノックして。食堂に案内するから」

 人なつこい笑顔を残して、ウリ・ジオンは出て行った。

 見ると、ベッドの上に着替えが置いてある。

 タオルで、ずぶ濡れの髪を拭き、着替えを手に取る。淡いピンクに、レースの縁飾りのついた下着。なにコレ。

 上着は濃紺のチュニック。刺繍の施されたベルト。いずれも、上等な品であることがわかる。念のためバックルを見ると、反重力装置付きである。

 エスカは、これまで世話になったベルトにキスをし、袋に入れた。

 壁に取り付けられている鏡を見て、小さな棚にあるブラシで、髪をとかした。肩に届かない長さの、癖のない銀色の髪。

 ふと思い付いて、カラーコンタクトも外した。瞳が、淡いブルーグレーから本来の暗紫色に変わる。

 思えば、これが騒動の元なのだ。純血主義のイシネスでは、ご法度である混血の証し。

 ウリ・ジオンの部屋のドアをノックすると、待ち構えていたようにドアが開いた。 

「行こう」

 と、エスカの肩に手を回そうとしたウリ・ジオンは、ぎょっとしたように、エスカの顔を覗き込んだ。まじまじと、瞳を見る。

「こういう色だったのか……これじゃ、イシネスにはいられないよな」

「それより、何あのピンク」

 口を尖らせたエスカに、ウリ・ジオンは、けけけと笑った。

「君、可愛いから似合うと思って」 

 この野郎。

 狭い通路を進むと、賑やかな声のする部屋の前に出た。

 そこは食堂だった。数人の船員たちが、テーブルを前に寛いでいる。

 男たちはふたりを見て、腰を上げかけた。

「ああ、そのままで」

 ウリ・ジオンは手で制し、エスカを前に押し出した。ひとりの男が、声をあげる。

「船長、今回の密輸品は大物だって言ってたけど、この子かい?」

「そうだよ。壊れ物だから、取り扱い注意で頼む」

「女神殿の子だよな?」

「エスカです。よろしくお願いします」

 エスカはぺこりと頭を下げた。おおっと歓声が上がる。

「『火だるまのエスカ』か?」

「いや、あの」

「詳しい話は、後で聞こう。それより、そろそろ出港だ」

 ウリ・ジオンに促されて、船員たちは立ち上がった。

「ホロ、何か食べさせてやってくれ」

 ウリ・ジオンは、厨房の男に声をかける。おうという返答があった。

「じゃエスカ、また後でな」

 ウリ・ジオンと男たちは、それぞれ足早に食堂を出て行った。

 エスカは、幾つかのテーブルを過ぎて、厨房に向かう。大柄な初老の男が、興味深そうにこちらを見ていた。

「今シチューを温めるから、これ飲んでな」

 出してくれたのは、熱いお茶である。冷えきっていたエスカが、ありがたく頂戴していると、目の前に大盛りのシチュー皿が出された。

「あの、こんなに食べられません」

 コックのホロは、エスカの顔を覗き込んだ。

「この前飯食ったの、いつ?」

「昨夜」

「眠れた?」

「あんまり」

「緊張しすぎかな。年いくつ?」

「もうすぐ十六」

 ホロは、少し考え込んだ。

「その年で、大仕事したな」

 それから大皿を引っ込めて、小さい器に盛り直してくれた。

「いいか、それ食ったらすぐ寝ろ。好きなだけ寝るんだ。起きた時点で、朝飯出すから」

 ホロは、エスカの頭を撫でてくれた。

 

 翌朝、エスカが欠伸をしながら食堂に向かっていると、向かいから男が歩いてきた。エスカに気づいて、にこやかに近づいて来る。

「昨夜は、挨拶できなかったな。副長のアダ・バランだ」

 アダは、大きな手で握手をしてくれた。女神殿で作業をしていた男たちの中で、リーダー的な立場だったと、記憶している。

 知的な雰囲気の男である。三十代前半か。エスカに男性の年はわからない。セダより一つ二つ、若いかもしれない。浅黒い肌の黒髪の男。

「食堂に行く前に、ちょっと付き合え」

 手を引かれて行った先は、甲板だった。まぶしい光と、潮風の匂い。エスカは、思わず深呼吸をした。

 副長は、そんなエスカの姿を見て微笑みながら、後部へと連れて行く。

「落ちるなよ」

 手すりに掴まらせてくれた。目の前に広がる、青く広い海原。その向こうに、遠ざかる陸地がある。

「お別れを言いな」

 イシネスは、鉛色にけむっていた。今日も、雪が降っているのだろうか。高い建物もあるのに、平たく見える陸地。その中で、ひときわ高く聳える霊峰オーラン。

 涙が出るかと思ったが、意外に吹っ切れた気持ちで、エスカは故郷の島を眺めた。

 二度と戻る気はないが、ともあれ十六年近く、孤児の自分を育ててくれた国である。

 エスカは手すりから手を放し、二、三歩後ろに下がった。背筋を伸ばし、深く一礼する。

「ありがとうございました」

 顔を上げ、もう一度、島に目をやる。本当に、これで最後だった。

「美形だとは聞いていたが、これ程とはな」

 クルーたちの声を背中で聞いて、エスカは階段を下りた。

 食堂では、ホロがパンとスープを出してくれた。

「美味しいですね、このパン」

「粉だけは、いい物を使ってるからな」

 壁に取り付けられたテレビでは、ニュースを流していた。

「昨日、マヌ川付近で起きたエアバイク事故。ドライバーは、まだ発見されておりません。水温などから、生存は難しいかと思われます。では次のニュースです」 

「え、こんだけ?」

 エスカは、驚いた。

「どうした?」

 気づいたホロが、振り向く。

「だって僕、ビームで狙われたんだよ。警察車両も来てたし」

 ホロは、突然厳しい目付きになると、エスカに向かって人差し指を向けた。

「ちょっと待ってな」

 ホロは、厨房の壁についているインターホンを取った。

「こちら食堂。船長と副長は、至急来られたし」

 エスカに、にやりと笑いかけると、ホロはお茶の支度を始めた。

「ふたりとも、すっ飛んで来るぜ」

 当たりだった。ものの一分もしないうちに、ウリ・ジオンとアダが駆け込んで来た。

「あああ~よかった。倒れたんじゃなかった」

 どうやら、エスカに異変が起きたと思ったらしい。

「さっきの話、このふたりにしてみな」

 ホロは、テーブルにお茶を運ぶと、厨房に戻った。ラジオをつけて、音楽を流し始める。

 三人の会話は、聞きませんよ。教育がゆき届いている。 

 エスカは、マヌ川での出来事を話した。水刃の件には触れない。どのみち理解できないだろう。

 ウリ・ジオンとアダは、顔を見合わせた。

「プレスを止めたってことか?」

「黒幕は大物か?」

「僕、狙われる覚えないよ」

「お前が気づかないだけかも」

 お前になったか。

「憎まれたとか、邪魔になったとか」

「女神殿の下僕ふぜいが? 僕なんか、いてもいなくても大勢たいせいに影響ないでしょ」

「火だるま事件に関わった某男爵はどうだ?」

 アダが、興味津々の目を向けた。

「あの男爵には、もうそんな力、残ってないと思いますけど。爵位は剥奪されたし、財産と領地は、半分ずつ没収されましたもん」

「厳しいな」

「神を冒涜したことになったんだから。一般人なら、終身刑ものだよ」

 アダは、ウリ・ジオンを見た。

「シルデス到着まで、二週間。待たない方がいいかな。ヘリでお先に帰ります」

「ああ、そうしてくれ」

「後のことは、セダに」

 言い置いて、アダは軽やかに身を翻し、食堂を出て行った。

「彼は、いわば連絡係なんだ。ウチでは、連絡に一切文明の利器は使わない。まどろっこしいけど確実だからな。

 記憶力がよくて口の固い者が、選ばれる。僕も、やることがあるんだぜ」

 ウリ・ジオンは、得意そうだ。

「え、ウリ・ジオンて、お喋りじゃないの?」

 アダが出て行くと同時に、ラジオを止めたホロが、爆笑した。

「それに、ウリ・ジオンは大学生だと聞いたけど、こんなことしてて大丈夫?」

「シルデスは、今夏なんだ。で、学生は夏休みってわけ。僕は、バイト船長なのさ。親父が、勉強して来いってさ。

 秋から新学期が始まると二年生になる」

「親父って……」

 ホロが、説明を引き受けた。

「シルデスで五本の指に入る、タンツ商会の会長だよ。ウリ・ジオンは、その跡取り息子」

 エスカは、まじまじとウリ・ジオンを見た。小麦色の肌を縁取る黒い巻き毛。くるくるとよく動く、やはり黒くてまん丸な瞳。気品もある。

 見習い巫女たちが騒ぐのも、無理はない。

「で、密貿易やってるんだ」

 ウリ・ジオンは、慌てた。

「いやいや、密貿易やってるのは、魔女号だけだ。他の船は真っ当だよ。必要悪ってのもあるだろ」

 エスカは、首をすくめた。余計なことを言ってしまった。自身も、密航させてもらったのだから。

「だから、魔女号のクルーは選りすぐりなんだよ。信頼関係が重要だからな。

 このホロは、普段はウチの実家のコックなんだよ。魔女号は、半年に一度だけ出港するんだけど、その時だけ駆り出される」

「危険手当てが出るから、美味しい仕事でっせ~」

 ホロは、片目をつぶって見せた。

「さて」

 ウリ・ジオンは、真っ正面からエスカを見た。目が笑っている。

「火だるま事件、語ってもらおうか」

「その件なら、俺も参加していいかな」

「ああ、一緒に聞いてくれ。聞き間違いがあるといけないからな」

「坊っちゃんに、聞き間違いなんて」

「坊っちゃんはやめろ」

 ホロは笑いながら、同じテーブルについた。

「『火だるまのエスカ』だなんて、まるで僕が火だるまみたいじゃないか」

「『某男爵の家来を火だるまにしたエスカ』なんて、長すぎるだろ」

「どこで、そんな大げさな話になったのかなぁ。腕を片方、焦がしただけだよ」

 ホロが、身震いして見せた。

「その方が、現実的で恐ろしいぜ」

「……半年近く前のことなんだ。裏山で薬草摘みをしていた時、某男爵ことモリス男爵が、僕を見ていた。

 女神殿の裏山は、女神殿側の半分は、女神殿の敷地。向こう半分は、国有地になっていてね。彼は向こう側から、こちらを見ていた。女神殿の領地に入ったわけではないから、その時は何の問題にもならなかった。特に、嫌な印象を受けたわけでもなかったし。

 それから数日して、モリス男爵から、僕を養子にしたいという話が来たんだ」

「養子という名のアレだな」

 ウリ・ジオンは、顔をしかめた。

「そう。で、大巫女さまは、僕の気持ちを聞いてくれたよ。僕は断った。そういう選択肢は、僕にはなかったからね。

 ところが、モリス男爵は諦め切れなかったのか、それからも執拗に交渉を持ち掛けてきた。

 そのうち業を煮やしたのか、拝殿で一般礼拝がある日に、事件を起こした。一般人が大勢いれば、どさくさに紛れてうまくいくかも知れないと、踏んだんだろう。

 で、使用人がふたり、一般人の扮装で拝殿の奥に入り込んだ。これが後で問題になったんだよ。

 拝殿から奥へは、特別な許可がない場合は、絶対立ち入り禁止になっている。奥には、巫女たちの宿舎と、学院生たちの校舎と宿舎があってね。

 学院というのは、貴族の令嬢たちの教育施設なんだ。そこを出ると、いいとこから嫁の貰い手が来るんだってさ」

 エスカは、くすりと笑った。

「さらに、その奥にはシェルターがある。女性たちの保護施設だね。当然、奥殿という、女神殿で最も大切な神殿があるしね。

 だから、男が拝殿より奥に入るなんて、言語道断なんだ。子どもでも知っていることなのに、何であんな馬鹿なことをしたんだか。

 とにかくそのふたりが、奥殿の外で掃除中の僕を見つけて、近づいてきた」

 話が佳境に入ったと感じたウリ・ジオンとホロは、身を乗り出した。

「ひとりが僕に触れようとしたから、咄嗟に防御した。結果、火傷させたんだけどね。

 でも手加減したから、軽度と中程度の中間くらいで済んだんだよ。もうひとりは、後ろにひっくり返って、脳震盪で一晩入院したそうだけど」

 雷刃らいじんの件は、やはり言わずにおいた。

 ウリ・ジオンとホロは、顔を見合わせた。

「お前は、何でそんなことができたんだ?」

「大巫女さまから、特訓を受けた。内緒だよ」

 ウリ・ジオンは、じっとエスカを見つめたが、何も言わなかった。

「それでモリス男爵が怒って、神殿に抗議したんだ。傷害罪は不問に付すから、養子の件をのめと」

「これに、女神殿は怒ってみせたわけさ。『拝殿より奥に、許可なしに入るとは、神を冒涜する行為である』と言ってね。

『怪我をしたのは、神罰が下ったのである。たかが下僕に、そんな力があるはずがないではないか』と。

 そこで三婆さんばばさまは、貴族院に駆け込んだ」

「三婆さまって?」

「僕が、勝手に呼んでるだけ。大巫女さま、第一巫女さま、第二巫女さまのことだよ。

 女神殿のことだから、放っておくわけにいかず、貴族院は査問会を開いた。

 男だけの主神殿しゅしんでんは別にあるけど、女神殿の方が格が上なんだ。イシネスの主神オーランは、女神じょしんだからね。

 そこでモリス男爵は、爵位剥奪、財産と領地は半分ずつ没収された。ふたりの使用人は、今服役中だ。

 領地は、農民に格安で貸し出されたそうだ。財産は一旦は国庫に入れ、後で、女神殿にその半分を分け与えた。被害を被ったのは女神殿だ、ということでね。実害はなかったんだけど。

 女神殿は、さらにその三分の一を主神殿に分け与えた。気前のいい話だよね」

 エスカは、エヘヘと笑った。

「主神殿と女神殿の間には、無言の相互不可侵協定みたいなのがあってね。モリス男爵が、助けを求めて主神殿に行ったら、門前払いされたそうだ。

 そのお礼ということだろうね。主神殿は何もせずに、濡れ手で粟だったってさ。

 元々、主神殿の神官さまたちと三婆さまたちは、仲がいいんだ。気候のいい時期なんか、よく神官さまたちが来て、中庭で楽しそうにお茶してたよ」

 エスカは思い出したのか、嬉しそうに笑った。

「どこまで、みんなに話したものかな」

 ホロは、慎重な性格のようだ。ウリ・ジオンは、少し考えた。

「火だるまではなく、腕を焦がしただけ。拝殿の奥に入り込んだから、神罰が下った、ということでいいかな。

 つまり、エスカに特別な力があるのではない。罰を与えたのは、神であると」

「では、そういうことで」

「まだ、話は終わっていないよ」

 エスカの言葉に、ふたりは上げかけた腰を下ろした。

「その後、今度は主神殿からオファーがあったんだ。僕を、神官待遇で迎えたいって」

「なに?」

「いくら何でも、成人男性を女神殿に置くわけにいかないでしょ。イシネスでは、十六才で成人になる。 

 それに、神官さまたちは素人じゃない。火だるま事件は、誰が起こしたのか、お見通しだったのさ。

 女神殿が主神殿より上だという理由のひとつに、戦士がいるということがある。今は、大巫女さまおひとりだけだと思っていたら、僕がいることがわかった。

 あとのふたりの巫女様は、癒し系でね。戦闘系ではないんだ。

 主神殿の神官様たちは、ほとんど霊力をもたなくてね。専ら知識と教養で、いろんな儀式や教育を行っている。

 是非とも戦士が欲しいという気持ちは、わからないでもないけどさ。

 これに猛反対したのが、第一巫女さまだ。あの方は離婚経験があるから、説得力がある。

『あんな狼の群れに、ウチの可愛いウサギちゃんを渡すなんて、とんでもない』ってね」

「『ウサギの群れに狼を放つ』の間違いじゃないのか」

「坊っちゃん」

 ホロが、めっとウリ・ジオンをたしなめた。

「いずれにせよ、僕を何とかしなくちゃいけない時期にはきていた。

 三婆さまたちは、主神殿に僕を渡す気はないから、逃がす以外、選択肢はなかったんだ」

「で、亡命させると?」

「そう。名目は僕の大学進学。卒業したら戻ってきて、巫女になる」

「え、だってエスカは男……」

「手術を受けろってさ。シルデスは、外科手術が進んでるからって」

 ウリ・ジオンが、青ざめた。

「エスカに、その気はあるのか?」

 ホロは年の功か、落ち着いている。

「いや、だから二度とイシネスには戻らないよ」

「元々は、亡命するってことだったんだよな。事故で死んだことにするのは、誰が知っている?」

「イシネスでは、三婆さまだけだよ。その方が安全だって。戻ってきた時のことは、何とかするって」

「ヴァルス公爵は、知らないわけだ」

「うん」

「三日後に出港する貨客船に、乗ることになっていたのさ。形としてね。その前に、事故死しちゃったけど」

「えらい話、聞いちまったな」

 ホロは、ため息をついた。

「まったくだ。忘れてくれ」

「なんのことだ?」 

 ホロは、笑って席を立った。

「あ、エスカのことだけど。胃袋が縮んでいて、一度に食べられる量が少ないんだ。こいつだけ、一日五食にするから」

「任せる。ホロは調理師だけど、栄養士でもあるんだ。言うこと聞いて、しっかり食べな」

 ウリ・ジオンは、頭を振りながら食堂を出て行った。

 魔女号がシルデスの港に入る前夜、食堂で酒宴が催された。魔女号は、半年に一度だけ働く。半年後まで会えないメンバーと、再会を期しての宴会だ。

 エスカはテーブルを回って、ひとりひとりに礼を述べた。女神殿で、そういう風に躾られた。

 みんなに、本当にお世話になった。楽しい二週間だった。

 セダが隣に来て、エスカの肩に手を回した。大分、出来上がっているようだ。

「船長に飲ませるなよ。俺たちの分がなくなるぞ」

「ウリ・ジオンって、お酒強いの?」

「底無しだよ。船長が十八になった時、副長が一緒に酒を飲んだそうだ。あ、シルデスでは、十八で成人になるんだよ。 

 副長も酒が強い。斗酒なお辞さずというやつだ。その副長が酔い潰れた時、船長は平然としていたんだってさ。二日酔いの気配もなかったと」

「お父さん似かな?」

「会長は、ビール一杯で赤くなる幸せなお人だ。だから母親似ではないかと」

「ラヴェンナの王宮からかっさらってきたっていう、美女のことな」

 隣で聞き耳を立てていた男が、参戦してきた。

「現国王のすぐ下の妹君だ。そのお方が、うわばみってわけか」

 会話の聞こえた者たちの間から、笑い声が沸き起こった。

「じゃあ、ウリ・ジオンはハーフ?」

「シルデス人とラヴェンナ人とのな」

 初耳だった。

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