二つ名のエスカ

@muchas_hojas

第1話 はじまり

 十五才の少年エスカが、ヴァルス公爵邸を出たのは、も落ちかかった頃だった。

 若き公爵カシュ-ビアンとの、最後の別れを済ませた女神殿じょしんでん下僕げぼくエスカは、予定通りエアバイクで帰途きとに着いた。一応は。

 一メートル先も見えないほどの吹雪。エスカの未来そのものだ。  

 目的は、女神殿に向かう道にある杉の大木。まずはそれに衝突して……突然、目の端にレーザービームが入った。身をかがめ、ハンドルを切る。

 ビームは、四方向から飛んで来る。完全に抹殺まっさつするつもりだ。 

 理由を考える間もなく、エスカは空中をジグザグ運転してビームを避けながら、マヌ川に向かう。杉の木は川沿いにある。

 幸い、吹雪の中で目立たないように、マントは白を選んできた。杉に近づいた時、エスカは腰の半重力ベルトを操作した。 

 木に衝突する寸前「でよ」と呟く。次の瞬間、エアバイクは大木に衝突。

 バリバリッと、派手な音を立ててマヌ川の氷が割れ、エアバイクは川に突っ込んだ。 

 四機のエアバイクが、慌てて川に向かって急降下するのを、エスカは上流の木陰から見ていた。

 少し離れた下流の氷が、なぜか音を立てて割れた。

「ご丁寧ていねいだな、水刃すいじんさんよ」

 お疲れさん、と呟いてその場を去ろうとしたエスカは、西の空に青く点滅するものを見た。エンジン音も聞こえる。

 イシネス王立警察の車両だ。レーザービームを見て、通報した人がいるのかもしれない。 

 とにかく、ここは引き上げだ。ウリ・ジオンとの待ち合わせまで、少し間がある。

 とりあえず、予定通りに事は運んだ。エスカは、王城に向かって走り出した。 

 王城は、既に漆黒しっこくの闇に包まれている。裏門から内部に忍び込んだエスカは、東の塔を目指す。

 王城に入ったことはないが、大巫女おおみこさまから、レクチャーは受けている。真冬のこともあって、地面は凍りつき、油断すると転倒しそうだ。

 ひときわ高い塔のそびえる棟で、王女トリニタリアは、まだ執務をしているはずだ。

 エスカは、反重力ベルトで一気に執務室のバルコニーに飛び上がった。カーテンの隙間から、内部を覗いてみる。 

 ひとりの女性が、窓に背を向けて机に向かい、コンピュータ-に何かを打ち込んでいる。

 長い銀髪を、すっきりと伸ばした背に流した姿で、若いことが見てとれる。

 エスカは、カーテンの隙間から窓に向かって手を伸ばした。

「神のご加護を」

 呟くと、淡い暖かな光の輪が、王女の頭上に現れた。

 王女が気配に気づいて振り向く前に、エスカは地上に降りていた。

 港で魔女号まじょごうが待っているはずだが、船長のウリ・ジオンとは、街中のパブ横の路地で会うことになっている。

 港までは、徒歩で行ける距離ではないからだ。地図は頭に叩きこんであるが、いかんせん、エスカは街に出たことがないのだ。

 生まれて十五年間、ほとんどの日々を、女神殿で過ごしてきた。不安で息が詰まりそうだ。

 それらしきパブの脇の小道にたどり着いた時、見覚えのあるエアカーが、目に入った。

 しばらく待つと、ドアが開いて中の喧騒けんそうが漏れてきた。路地の入り口に立った姿を見て、エスカは安堵あんどの息をついた。

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