第10話 射撃ー2

 久瀬に渡されたのは、ベレッタという銃社会では一般的に流通しているものだった。わたしも漫画やら映画やらで名前程度は知っていた。

 久瀬に撃ち方や注意点をレクチャーされて、早速撃ってみることにした。

 耳当てをして、奥にある人型の的を新しく変えて、それに向けて銃を構える。片手で撃てたらカッコいいだろうが、初心者のわたしはちゃんと両手で構えて狙いを絞った。

「あー、待て待て。ちょっと遠すぎるな。今的をもう少し近づけてやるから──」

 久瀬が、何やら言ったがわたしは構わず撃った。

 思った以上の反動と衝撃に、少し後ろによろけた。

「あー、だから待てっつったろうが。そんなんじゃ、当たるものも当たらな──おお?」

 久瀬が笑いながら言って的を見て、驚いた。

「マジか。当たってんじゃねーか。しかも、ヘッドショットとは。いやいや、マグレって恐ろしいね」

「ふん。マグレなんのはわかっている。もう一回撃つぞ。的はもう少し離してくれてもいい」

「へいへい。好きにやれや」

 久瀬もわたし自身も、今のはマグレだと思っていた。狙ってヘッドショットなんかできるわけがない。

 わたしは、的の頭部に再び狙いを定め引き金を引いた。

 今度は先ほど開けた直ぐ真横に穴が開いた。

 久瀬が「うお!」と驚いた声をあげた。

「おいおい、マジか? あわやピンホールショットじゃねーか。ま、まあ、そんなこともあるか。マグレってのは続くもんだからな」

 わたしもそう思っている。だから、さらに三発、四発と発砲した。

 これらも、見事に一発目、二発目の穴とすぐ近くだった。

 久瀬が驚いた顔でわたしを見る。

 わたしも驚いて久瀬を見ていた。

「おいおいおい、あんた射撃の名手だったのか?」

「そんなわけない! 産まれて初めて手にした! けど、なんでだ? 何故かものすごく手に馴染む気がする……」

「……前世で凄腕のヒットマンとかやってたんじゃねーのか」

 そんな前世は嫌だ。まあ、わたしは輪廻転生とかは全く信じてはいないが。

「じゃあ、コレはどうだ?」

 久瀬が何やら壁のボタンを押すと、的が左右上下に不規則に動き始めた。こんなこともできるのか。

 わたしはベレッタを構えて、動き回る的の動きをよく見て、連続して発砲した。

 久瀬がボタンで的を止めて確認して、ははは、と乾いた笑いをした。

「信じられねえ。全部、脳天ぶち抜いてやがる。間違いねぇ。アンタ、伝説のヒットマンとかの生まれ変わりだ」

 わたしも信じられなかった。初めて銃を撃ったのに、何故こんなにも的に当たるのか不思議で仕方なかった。銃を構えた瞬間に、そこで引き金を引けば当たるという確信めいたものが、わたしの中に産まれたのだ。

 まさか、わたしにこんな才能があったとは。46歳にして銃の扱いに目覚めるなんて、夢にも思わなかった。もっとも、この日本で、一般人が拳銃を手にする機会はほぼ皆無だろうが。

 何をしても普通で、飽きっぽくて長続きしなかった。才能なんてものとは無縁の存在だと思っていた。だから、こんなただ生きるだけの孤独なくたびれたオッサンになんかになったのだ。まあ今は、美奈子という存在を得て、水を得た魚のように生き生きしているが。

 突然、脚と腕に力が入らなくなり、わたしはがくりと床に片膝を付いた。

「どうした?」

「あ、いや、力が急に抜けて……」

「……どうやらマジで初めて銃を触ったようだな。そりゃ、極度の緊張と集中力のせいだ。あと、体力の限界もか」久瀬が近づいてきて、手を出した。「その銃渡せ」

 わたしは銃を渡そうとしたが、指が強張ってなかなか渡せなかった。

「力抜け。はい深呼吸」

 言われるまま深呼吸してどうにか銃から手を離して久瀬に渡す。

「……銃の才能に恵まれていても、体力と精神力が追いついてないみたいだな。今のところドンパチするのは無理そうだ」

「当たり前だ! 誰がそんもんするか!」

 わたしは怒鳴った。

 それに、わたしに銃の才能があったとして、今後銃を扱うつもりもなかった。

 その事を久瀬に言うと、「なんつー宝の持ち腐れ……」と呆れられた。

 わたしにとって、こんな才能は宝ではなくただ迷惑なだけのものだ。裏社会の人間になるつもりもないし、クレー射撃とかの大会とかに出る気もない。当然この歳で警察官なんて無理だろうし、猟友会に入って害獣などの駆除とかする気もない。

 今のわたしは美奈子と一緒にいられればそれで良い。彼女と平穏無事な日々を過ごせればそれが一番の幸せだ。もっとも、現状がそんな状態でないから困っているのだが。

 とにかく、今日は色々と動きすぎた。身体が休息を求めていたので、久瀬に言われた通り、3階へとエレベーターで昇り、空いている部屋、301号室に入った。2LDKの綺麗な部屋だった。わたしのボロアパートに比べれば天国だ。

 布団に倒れ込むと、そのままわたしは深い眠りについた。

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