第8話 表と裏の顔

 自ら裏社会の人間であることを明かした久瀬。わたしの頭にある裏社会といえば、殺人とか、臓器売買とか、久瀬も言った闇医者とか、麻薬取引とかいったものだ。この男はいったい何を専門とした人間なのだろうか。先ほど、大怪我をしたと言っていたが、どういう状況でそうなったのか。銃撃戦のような抗争を想像したが、現実味が全くわかなかった。

 疑問の種は尽きないが、わたしとしては関わりたくない人種であることは確かだった。しかし、美奈子がわたしにこの男を頼れと言ったのも事実。

 わたしはもう美奈子を疑わないと決めている。

「あんたが何者なのかは、この際どうでもいい。で、わたしはこの先どうしたらいいんだ? このまま、あんたにここに匿ってもらえばいいのか?」

「お、割り切りいいね。そういうの嫌いじゃないぜ。まあ、そうだな。ほとぼり覚めるまでは、俺があんたを匿ってやるよ。数日もしたら、美奈子もやってくるだろうし」

「美奈子もここに?」

「おう。まあ、あの親父さんたちの目をくぐって出てくるのは至難の技だろうが、美奈子なら何とかするだろう」

 その言い方に、わたしは憮然となった。

 何だコイツは? わたしの知らない美奈子を知っているというのか。それに、美奈子も言っていたが、父親の海斗はいったいどんな大人になっているというのか。

 久瀬が美奈子の何を知っているのか知りたいが、聞くのもまた怖かった。わたしは軽く深呼吸をして、まずは海斗のことを尋ねることにした。

「……久瀬さん、あんたは、美奈子の父親──海斗のことも知っているのか?」

 久瀬はこちらに体を向けて、カウンターテーブルに背中越しに両肘を乗せて、ややふんぞる姿勢になった。

「もちろん、調べたさ。美奈子のような天使がどんな親から産まれたか気になったしな。そしたらどうだ。アイツはなかなかの腹黒親父だったよ。表の世界で社長やってて、裏とも繋がりをもっている」

 久瀬は海斗の情報を話してくれた。

 海斗は高校卒業後、有名大学へ進学。そこでは、見事なまでに優等生を演じていたらしい。交友関係では、医者や市長の息子とか、政治家、警視総監の娘とかと仲良くなり、時に親に紹介もされたという。何をどうしたら、そんなことになるのか不思議だったが、確かに海斗は高校の時も要領がやたらと良かったのを思い出した。

 その一方で、海斗は夜の街で、悪い友人とも繋がりを持ち、麻薬売買などの裏バイトをしていたらしい。

 表では上流階級の仲間とのコネを確実に作り上に上がっていき、裏でも少しずつ信用を得て、小さな組織のトップにまでなったそうだ。

「ホント、不思議だよな。ああいった性根が歪んでいるヤツほど、何故か世の中の立ち回りってのを理解していやがる。なんで、善人が苦労して悪人が儲かるのか。世の中理不尽だ」

 わたしはこのやたらと広い一室を見て、お前が言うなよ、と内心で文句を言った。お前も、同じ穴のムジナじゃないのか。

「ま、俺も人のこと言えねーけどな」

 ははは、と声をあげて久瀬は笑った。

 海斗はそのまま表でも裏でも、顔を知られるようになり、そして、ある時、銀座の高級キャバクラで高校時代一緒だった竹内佐奈江と知り合う。佐奈江は銀座でも五本の指に入る有名店の一つのトップに君臨していた。あの性悪女が、まさか高級キャバ嬢のトップにまで登り詰めるとは意外だった。こちらもまた、表と裏の顔を完全に使い分けていたという。

「似たもの同士だったし、恋愛というよりは、利害の一致のような関係で結婚したんじゃないか」と久瀬は言った。

 海斗の嗜虐的趣味は変わらず、よく若い女をいたぶって興奮していたらしい。そして、その様を見て、佐奈江も興奮するといったタイプだった。

「その内容ってのがな──」

 ヤツらの性的嗜好など聞きたくもなかったので、わたしはそこは飛ばしてもらうことにした。

「……アイツらの行為の話すると、大抵のヤツらは少しは興奮するんだけどな」久瀬は残念そうに言った。

 わたしも話のネタがアイツらでなかったら、そして、自分とは完全に一線を画した世界であったなら、聞いても良かっただろう。

 久瀬は咳払いをして、続けた。

「とまあ、なんやかんやあって、二人の間には美奈子が産まれたわけだ。本当に美奈子の親がアレなのか信じられず、彼女の生い立ちも調べたが、紛れもなくアイツらの娘だった。しかもこれがまた、あの腹黒女の腹から産まれたとは思えないほど天使のような娘だったよ。園児の頃の写真も見たが、その時からその魅力は溢れ出ていたな。あんなもん、ロリコンでなくても家に持ち帰りたくなるわ」

 わたしは何度も頷いた。そうだろうそうだろう。わたしも彼女の幼少時の写真を見せて貰ったが、筆舌に出来ないほどの美しさと可愛らしさを備えていた。

「実際、そういうバカがいたみたいだがな」

 久瀬の言葉にわたしは目を見張って、椅子から立ち上がった。それは初耳だ。

「か、彼女は無事だったのか!」

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