第4話 両親
わたしは、彼女の視線を追って、ご両親を見た。
心臓が跳ね上がり、血の気が引いていった。
「……そんな、バカな。あの二人が、君の親なのか?」
「うん。そうだよ。……どうしたの? 顔色悪いよ」
わたしは、すぐさま踵を返して、あの二人に背を向けて逃げるように足早に歩き出した。
「ちょっと、聡太さん! どうしたの?」
わたしは如月美奈子のことを完全に信用していた。この娘と結婚をしたいとさえ思った。天使の祝福を受けたと思っていた。
だが、やはり天使は悪魔に変異してわたしを嘲笑ったのだ。
あの二人が完全に見えなくなった所で、わたしは彼女を睨みつけた。
「……キミは全て知っていて、わたしに近づいたのか?」
「え、何のこと? 聡太さん、いったいどうしたっていうの?」
「惚けるなよ。わたしが先ほど見た、君の両親の顔は忘れたくても忘れられない。父親はわたしに嫌がらせをしていた張本人。そして、母親はわたしに告白の悪戯をした女だ」
それを聞いた彼女の顔からどんどん血の気が引いていった。
「……嘘、お父さんとお母さんが聡太さんを?」
心臓が激しく内側から叩いている。さまざまな感情が一気に渦巻き、心を落ち着かせることが出来なかった。
「君がわたしに近づいたのは、あの親の指示なのか? 全て仕組まれていて、最後にわたしを裏切って、親子三人で嘲り笑うつもりだったんだろう。如月っていう姓も偽名かよ。アイツは
「違う! 騙してなんかないわ! 確かにお父さんの昔の姓は来栖って聞いたことあるけど、今は家の事情で如月になってるの! わたしは本当に知らなかったし、聡太さんが好きなのよ! お願い信じて!」
「信じろ? わたしをいつもからかって騙してきたアイツらの娘を信じられるわけがないだろう! もう二度と顔も見たくない! わたしの前から消えてくれ!」
彼女は少し呆然とした。ここまで言えば、さすがに彼女もわたしの前から去るだろう。
美奈子は少し俯いてから、わたしを睨みつけた。そうら、化けの皮が剥がれた。ここから、わたしをなじる言葉が出るのだろう。なにせ、アイツらの娘なんだから。
「わたしはあなたから離れないわ」
「は? 何を言っているんだキミは。最初に約束したことを忘れたのか? わたしがどうしても無理というなら諦めるって言ったじゃないか」
「はい、確かに言いました。けれど、それはわたしの両親があの人たちだからっていう理由だからですよね。わたしが、あの人たちと縁を切れば問題ないんですよね?」
わたしはその言葉に瞠目した。
「……君は、本当に何を言っているんだ? そんなことできるわけがないだろう」
「いいえ。わたしはあなたと一緒になれるのなら、全てを捨てる覚悟があります。わたしの両親があなたを傷つけた人なら、そんな親はいりません。今日、この場であの人たちを見限ります。これはわたしの誠意です。でないと、あなたはこの先ずっと人を信じられず生きていくことになる。そんなことは、わたしがさせない」
正気かこの女? 常軌を逸している。
思えば、最初から美奈子は常軌を逸している部分があった。
「……今後、わたしに付きまとうのなら、ストーカー被害で訴えるぞ」
「あなたがそうしたいのなら構いません」
わたしの目を真っ直ぐに見ていう美奈子。
ふと、わたしは周囲の人たちが私たちを遠巻きに見ていたことに気づいた。こんな場所で言い合っている場合ではなかった。
かと言って、このまま振り切って逃げたとしても、体力の年齢差から追いつかれるのは確実だ。
そう考えた時だった。
「美奈子?」
女の声がした。見ると、佐奈江がこちらを見ていた。隣には海斗の姿もある。
しまった。もっと離れておくんだった。
「お前は誰だ! 何している! ウチの娘をどうする気だ!」
海斗がわたしを見て怒鳴った。わたしが誰かがわかっていない様子だった。
「美奈子から離れなさい! 警察呼ぶわよ!」
佐奈江も気づいていない。
……ということは、美奈子は親の指示でわたしを騙していたのではないのか。本当に、美奈子はたまたまわたしを好きになって、彼女の両親が、たまたまアイツらだったということなのか。
いや、まだだ。だからと言って、アイツらの娘である以上簡単には信じられない。
どっちにしろ、アイツらがわたしが誰か気づいていないのなら、今はそれでいい。気づかれればもっと厄介なことになる。
わたしがその場から逃げるように走り出すと、海斗が「待てこの野郎!」と追いかけてきた。
わたしと違って海斗はスリムで足が長く、昔から速くて体力もかなりあった。
二十年以上運動していないわたしが勝てる道理などない。
あっという間に、追いつかれそうになり──。
わたしと海斗の間に、美奈子が割り込んで海斗の動きを止めた。
「そこを退け美奈子! そいつをストーカー容疑で警察に突き出してやる!」
冗談じゃない。そんな身に覚えのないことで警察に突き出されてたまるか。
美奈子がわたしを見て叫んだ。
「行って! ここはわたしが何とかするから!」
わずかに躊躇した。このまま逃げていいのか、という思いが頭をよぎった。いや、ここは逃げるべきだ。海斗や佐奈江に、わたしの話はきっと通用しない。
そう判断して、わたしは美奈子を置いて、その場から力の限り逃げた。
「待てテメェ! 退くんだ美奈子!」
「絶対に退かない! あの人は何も悪くない!」
二人の言い争う声が後方で聞こえた。
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