第3話 交際

 如月美奈子と交際が始まって一ヶ月が経過した。

 映画館や水族館などに行き、食事も週に一度はした。低収入のわたしは、絶対に彼女に奢るつもりはなかった。

 そして、わたしはまだ彼女のことを信用していなかった。

 この期間、まだ肉体関係は結べていない。

 

 如月さんとの交際が三ヶ月過ぎた。週に二度は会うようになった。彼女はいつも笑顔でわたしに接してくれていた。

 四十五歳にして初めてテーマパークにも行ったりして、年甲斐もなくはしゃいでしまった。周りが失笑する中、如月さんはそんなわたしに引くことなく、一緒になってはしゃいでくれた。……はしゃぎ過ぎて動き回り、翌々日に激しい筋肉痛に襲われて、彼女に全身に湿布を貼ってもらう羽目になった。

 あとは、人生初のカラオケにも行った。昔のマニアックなアニメソングなどを歌っても、彼女はまったく嫌な顔をせずに拍手をしてくれた。

 もう信用してもいいだろうか。……いや、まだだ。わたしの長年氷河期だった凍てついた心はまだ溶けていない。

 肉体関係もまだだった。……如月さんが美人すぎて、手を出すのが怖かったのだ。わたしは臆病者なのだ。


 交際半年が経過した。

 美奈子と、何回か車で日帰り旅行に行ったりした。ペーパードライバーのわたしに代わって、彼女は嫌な顔一つせず、「わたし、運転好きだから大丈夫。聡太さんはゆっくりしてていいよ」と言って鼻歌歌いながら運転してくれた。

 ……この半年間、美奈子は、わたしが自分でもいろいろと駄目だと思っている所を受け入れ、そして時に優しく注意してくれた。

「聡太さんは全然ダメじゃないよ。人に気を遣い過ぎて、空回りしているだけなんだよ。でも、わたしはそんな聡太さんが大好き。この半年で、ますますあなたが好きになっちゃった」

 本当に……本当にこんなことがあるのだろうか。彼女のような美人が、本当にわたしなんかを好きでいてくれるとは。

 ある日、わたしは美奈子に謝った。

「……ゴメン。ずっと、心の底では君を疑ってた。わたしが、君のような人と付き合えるはずがないと思っていた」

 わたしは胸を締め付けられ、自分が情け無いやら、彼女に申し訳ないやらで、涙を流していた。もう、わたしには彼女しかいない。もう、彼女を疑わない。

 そんなわたしを、彼女はぎゅっと抱きしめてくれた。

「うん。聡太さんがそう言ってくれて、わたしも嬉しい」

 そして、この日、わたしは彼女と結ばれた。

 ここから人生最良の日が始まるのだと、この時のわたしは思っていた。


 美奈子と交際して、一年が過ぎた。

 わたしは四十六歳になり、彼女は二十一歳になった。

 わたしは、彼女のマンションに入り浸っていた。

 毎日肌を重ね合わせた。……しかし、歳のせいか、時々不能だった。それでも、美奈子は「四十代の男性はそういうこともあるらしいから気にしなくていいよ」と優しく労わってくれた。

 二回り以上の歳の差カップル。わたしは完全に有頂天だった。会社でも、なんか雰囲気変わったなと言われた。

 同僚の、嫁の愚痴ばかり言っている同年代の男たちに自慢したかったが、そこは我慢した。内心で、ほくそ笑む程度に留めておいた。

 ある日、ショッピングモールに美奈子と買い物に出かけた時、彼女はやたらと家具類や子ども服に興味を示していた。

「ねぇねぇ、もし家を買ったらどんな家にしたい? わたしは、子どもが自由にのびのび過ごせる空間がある家がいいな」

 わたしはそれを聞いて戸惑った。

 これは、結婚の催促なのだろうか。しかし、彼女はまだ若い。やりたいこともいっぱいあるだろう。結婚をすれば、自由が奪われるのではないか。

「あ、その顔はまた余計なことを考えてるでしょう。わたしがこの歳で結婚とかしたらどうなるか、とか」

 わたしの考えなどお見通しのようだった。

「わたしは聡太さんとずっと一緒にいたいの。だから、ね」

 女にここまで言わせておいて、決断しない男は男じゃない。

 わたしは、彼女に言った。

「美奈子。わたしと結婚してくれ」

 ショッピングモールの中。人が行き交う雑踏の中、雰囲気もなにもあったもんじゃない。

 だけど、彼女は「はい」と笑顔で受け入れてくれた。


 ここからだ。ここから幸せなわたしの人生が始まる。

 心躍らせながら、美奈子と買い物をしていた時だった。

 彼女が突然、「あ」と声を出して、どこかに視線を定めた。

「どうしたんだい?」

「あれ、ウチのお父さんとお母さんだ」

「え!?」

 驚いた。そんな、まだ心の準備ができていない。美奈子のご両親に、こんなおっさんと一緒にいる所を見られたら間違いなく猛追求されるだろう。しかも、プロポーズまでしていることを知られたら猛反対されるに違いない。

 だが、ここで怖気付いている場合ではない。わたしは、美奈子と一緒になることを決めたのだ。

 わたしは、彼女の視線を追って、ご両親を見た。

 心臓が跳ね上がり、血の気が引いていった。

「……そんな、バカな。あの二人が、君の親なのか?」

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