第3話 罪悪感
「で、そのお礼をしたいんだよ」
「……ああ、終わったんですね」
「ちょっと! ひどくない!?」
ザトウクジラの子どもが助けてくれた、そこまではわかった。けど……
「それ、別に子鯨が押さなくてもガイドさんが行けば済んだ話ですよね?」
「それは……そうだけど…………」
彼女は返す言葉もないらしく、口を尖らせて下を向いた。手を絡めさせて、モジモジとしている。
しかし、そんなものに興味は無い。
「鯨の生態を知らないのでなんとも言い
「うん、何年もウォッチング行ってるけど会えてません!」
彼女は顔を上げるなり、腰に両手を当て元気よく答えた。いや、そこは元気よく答える場面ではないだろう。
けど、そんな突っ込みを入れるとかえってめんどそうだったので、僕は言葉を飲み込んだ。
「……じゃ、僕はこれで」
「え〜! 一緒に探して〜!」
泣きついてきたが、正直面倒だったので僕はそんなの関係なしに歩いていく。彼女は最後まで引き留めようとしてきたけど。
◆
会社終わり、オフィスから出てくると、横からすごく視線を感じた。嫌な予感がするものの、大人しく振り返った。そしたら案の定”いた”。
「やっ、お誘いだよ〜」
「結構です」
「即答!」
僕の即答にも驚かず、彼女はゲラゲラと笑っている。一体何がそんなに面白いんだと思いつつ、彼女を置いて一人で帰った。
しかし、彼女は存外諦めが悪いらしく、次の日もその次の日も僕に声をかけては「鯨を探そう」などと誘ってくる。
しかし、いつも通り誘われたある日のこと。
「ああもう、なんなんですか! 行かないって言ってるでしょう!」
僕はついにしびれを切らし、大声を出してしまった。当たり前だが、彼女はビクッとしていた。さすがに申し訳なかったと思い、僕は謝る。
「……すみません」
「あぁ……いや、ごめん」
周りに人がいなくて本当に助かった。人がいる状態で大声なんて出していたら、変な人だと思われる。
「……そもそも、僕はシュノーケリングなんてできないですよ。そういうのができる人が行った方がいいのでは?」
「いや、君と行くんならホエールウォッチングしか行かないつもりだった。けどしつこかったね、ごめんね」
そういって彼女はとぼとぼと歩いていった。後ろ姿はいつもの覇気がないぐらい大人しかった。
……少しだけ、罪悪感を感じた。
「いやいや、向こうがしつこかったのが悪かったわけで……」
そう自分に言い聞かせて、その日はそのまま帰った。
翌日からは嘘のように彼女は来なかった。いつも通りの日常。いつも通りに仕事をし、前と同じように同僚の1人が話しかけてくるだけの日々。
とある休憩時間、同僚が顔を覗き込むようにして声をかけてきた。
「お前、最近元気なくね?」
「……はい?」
同僚は「お、やっとこっち向いた」と呟きつつ、会話を続ける。
「いつも顔沈んでるけど、今日は特段沈んでる」
失礼だな、こいつ。と、思うが、言われてみると今日はどこか
やっぱり、昨日のことだろう。……いや、でもなんで僕が虚ろにならないといけないんだ。悪いのは向こうなのに。
「そういや最近は別の部署の……えっと、ああ、夕凪さんと仲良いよな。……はっ、もしかして恋を……!?」
「してない! というか、そもそもなんで君が彼女を知ってるんですか」
「”君”じゃなくて、
「それは––––」
少々言葉に詰まったが、別に優希なら言いふらしたりはしないだろうと思い、彼女が鯨に助けられたという話を省いてある程度説明した。
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