第3話 罪悪感

「で、そのお礼をしたいんだよ」


「……ああ、終わったんですね」


「ちょっと! ひどくない!?」


 ザトウクジラの子どもが助けてくれた、そこまではわかった。けど……


「それ、別に子鯨が押さなくてもガイドさんが行けば済んだ話ですよね?」


「それは……そうだけど…………」

 

 彼女は返す言葉もないらしく、口を尖らせて下を向いた。手を絡めさせて、モジモジとしている。

 しかし、そんなものに興味は無い。


「鯨の生態を知らないのでなんとも言いがたいですが、探すのは困難を極めるのでは?」

 

「うん、何年もウォッチング行ってるけど会えてません!」


 彼女は顔を上げるなり、腰に両手を当て元気よく答えた。いや、そこは元気よく答える場面ではないだろう。

 けど、そんな突っ込みを入れるとかえってめんどそうだったので、僕は言葉を飲み込んだ。


「……じゃ、僕はこれで」

 

「え〜! 一緒に探して〜!」


 泣きついてきたが、正直面倒だったので僕はそんなの関係なしに歩いていく。彼女は最後まで引き留めようとしてきたけど。



 会社終わり、オフィスから出てくると、横からすごく視線を感じた。嫌な予感がするものの、大人しく振り返った。そしたら案の定”いた”。


「やっ、お誘いだよ〜」


「結構です」


「即答!」


 僕の即答にも驚かず、彼女はゲラゲラと笑っている。一体何がそんなに面白いんだと思いつつ、彼女を置いて一人で帰った。


 しかし、彼女は存外諦めが悪いらしく、次の日もその次の日も僕に声をかけては「鯨を探そう」などと誘ってくる。

 しかし、いつも通り誘われたある日のこと。


「ああもう、なんなんですか! 行かないって言ってるでしょう!」


 僕はついにしびれを切らし、大声を出してしまった。当たり前だが、彼女はビクッとしていた。さすがに申し訳なかったと思い、僕は謝る。


「……すみません」


「あぁ……いや、ごめん」


 周りに人がいなくて本当に助かった。人がいる状態で大声なんて出していたら、変な人だと思われる。


「……そもそも、僕はシュノーケリングなんてできないですよ。そういうのができる人が行った方がいいのでは?」


「いや、君と行くんならホエールウォッチングしか行かないつもりだった。けどしつこかったね、ごめんね」


 そういって彼女はとぼとぼと歩いていった。後ろ姿はいつもの覇気がないぐらい大人しかった。

 ……少しだけ、罪悪感を感じた。


「いやいや、向こうがしつこかったのが悪かったわけで……」


 そう自分に言い聞かせて、その日はそのまま帰った。



 翌日からは嘘のように彼女は来なかった。いつも通りの日常。いつも通りに仕事をし、前と同じように同僚の1人が話しかけてくるだけの日々。

 

 とある休憩時間、同僚が顔を覗き込むようにして声をかけてきた。


「お前、最近元気なくね?」


「……はい?」


 同僚は「お、やっとこっち向いた」と呟きつつ、会話を続ける。


「いつも顔沈んでるけど、今日は特段沈んでる」


 失礼だな、こいつ。と、思うが、言われてみると今日はどこかうつろな気分だったような気がしなくもない。


 やっぱり、昨日のことだろう。……いや、でもなんで僕が虚ろにならないといけないんだ。悪いのは向こうなのに。


「そういや最近は別の部署の……えっと、ああ、夕凪さんと仲良いよな。……はっ、もしかして恋を……!?」


「してない! というか、そもそもなんで君が彼女を知ってるんですか」


「”君”じゃなくて、なかゆうな、あと敬語いらん。で、恋じゃないんならなんでそんな顔してんだよ」


「それは––––」


 少々言葉に詰まったが、別に優希なら言いふらしたりはしないだろうと思い、彼女が鯨に助けられたという話を省いてある程度説明した。

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