道中鏡子の日常 お題:限りなく透明に近い新卒

机の上には私の今日の仕事に関する書類が置いてある。


私は他人とコミュニケーションが取れない。だから誰かと意思疎通するためには紙のやりとりが常だ。


筆記具で書くか直接、パソコンのキーボードで打ち込む必要がある。

スマートフォンはダメだ。

あのフリップ入力は私を無視する。音声入力もダメだった。私の声が誰かに届くのかもと思ったがやはりアプリは私をシカトした。


ちなみに私は女性であり鏡で自分の姿を見てもなかなか端正な顔つきだと思っているが、誰からも評価されたこともない。


社内恋愛は、明るいキャンパスライフと同じく夢のまた夢、だろう。私はコーヒーの入った紙コップを手に取り、唇を縁につけてコーヒーをすする。


その紙コップを同僚の男――下山和也が文字どおり通り抜ける。


もうなれたもんだ。生まれてこの方、この自分の体質に付き合っている。


私が触れたものは、世界線が変わる。

画像ソフトを使い慣れている人間ならわかる例えだが、レイヤーが変わるのだ。モノだけだ。人や生き物には効かない。猫はさわるものではない。見るものなのだ。


だが恋愛はこうはいかない。

私は彼の机に手を置いてそっとデスクに付箋を貼る。今度食事に行きませんか。道中鏡子より。はたして彼は私とコミュニケーションがとれるのだろうか。

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