第49話長い大晦日の夜
夕食の前に僕らは日頃の感謝を告げに星宮家を訪れていた。
「今年も色々とお世話になりました。良いお年を…で話は終わらないんですが…よろしいですか?」
僕は星宮の両親と膝を突き合わすと、どの様にして話を切り出すべきかを考えていた。
だがその無言の均衡を破るのは恋人である尊だった。
「お父さん。お母さん。私、成哉くんと結婚するね」
唐突に話題の核心を突いた尊にその場の誰しもが驚いていた。
もっとアイスブレイクトークやアイドリングトークの様なものを繰り広げて雰囲気が和やかなものになってからするべき話ではないのかと感じてしまう。
などと僕は内心ヒヤヒヤしていたのだが…。
星宮の両親は何でも無いように、ただ喜ばしいことが起きたとでも言うように柔らかな笑顔を浮かべた。
「そうか。幸せにな」
星宮父はそれだけ口にすると冷蔵庫のあるキッチンへと向けて歩き出す。
そのまま冷蔵庫の中の缶ビールを取り出すと台所で僕らに背を向けてそれを口に流し込んでいた。
「照れていると言うか気恥ずかしいと言うか寂しいと言うか…複雑な感情なのよ。許して上げて」
星宮母はその様な言葉を口にして父のフォローをしていた。
「とにかくおめでとう。幸せにね」
星宮母は僕らにそう告げると優しい笑顔で応えてくれる。
「まだ分からないけど…妊娠した可能性があるの」
尊は母親にそう告げて照れくさそうに微笑んだ。
「あらそう。家族が増えるのね。喜ばしいことじゃない。おめでとう」
「うん。今度ちゃんと検査してくるから」
「そうね。じゃあこの年末年始はお酒を控えないとだね」
「うん…」
尊は静かに頷くと隣に座っていた詠は嬉しそうに微笑んでいる。
「お姉ちゃんの子かぁ〜。早く会いたいなぁ〜」
詠は既に未来のことを考えているようで思いを馳せていた。
「挙式の予定とかもう考えているの?」
母親は僕らに尋ねてくるのだが首を左右に振らざるを得ない。
「さっきプロポーズ受けたばかりだから…まだ何も決めていないよ」
「そう。お腹に赤ちゃんがいるとドレスとか気を使うだろうから。早めに相談しておいたほうが良いわよ」
「そうか。そういうことも考えないとだね…じゃあ挙式は家族だけでいいかな?」
尊は僕に尋ねるように顔を向けてくるので何でも無いように頷く。
「うん。でも僕は家族に関わりがあった人達だけは呼びたいって思うよ」
「そうね。私は別に家族だけで構わないかな。だから成哉くんだけ呼んだら良いよ」
「良いのかな?悪くない?」
「全然。家族に関わりがあった人達なんでしょ?むしろ呼ぼうよ」
「そう言ってくれて助かるよ。ありがとう」
星宮家で話を進めて、とりあえず一段落すると僕らは隣の自宅へと帰っていく。
自宅ではみどりが鍋の用意をしておりキッチンに立っていた。
「成哉さん。ごめんなさい。プロポーズした日なのに尊さんの手料理じゃなくて…」
みどりは申し訳無さそうに頭を下げてくるので僕は笑顔を浮かべて首を左右に振った。
「どうして謝るの?みどりさんだってこの家に住む家族でしょ?誰の料理でも僕は嬉しいよ」
「そう言ってくれると助かります…」
みどりは照れくさそうに微笑むと鍋をガスコンロから持ち上げてカセットコンロの上に乗せた。
「じゃあ夕食にしよう〜」
詠の合図で僕らは椅子に腰掛けて夕食へと向かう。
まだ長い大晦日の一日は終わりそうもないのであった。
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