第45話師走。尊の葛藤
十二月は予定がてんこ盛りだというのは何もカップルだけではないだろう。
毎日のように予定が入り込んでいて休む機会も少なくなってくる。
僕らにも当然のように予定が入り込んでいて毎日のように忙しなく動いていた。
「今日の撮影ってイルミネーションの設置を観に行くんだっけ?」
退院してからは僕も詠の仕事をしっかりと手伝うようになっていた。
「そうなんだよね。ショッピングモールの広間に設置されるクリスマスツリーのイルミネーションの設置作業を撮影する予定だよ。点灯されるのは今日の夜らしいんだけど…お姉ちゃんも仕事が終わってから来るでしょ?」
朝食を取っている僕らの世間話は最早仕事の内容を織り交ぜたものになりつつあった。
尊以外の全員が同じ仕事をしているため会話の内容も仕事のことが多くなっていた。
それを悪く思う人はこの場所には存在しない。
僕も尊も詠が思いっきり仕事に向かうようになったことを本当に快く思っていた。
詠はみどりにしっかりとしたお給料を払っていて、その流れで詠は僕にも給料を支払うと言い出した。
けれど僕はお金が目当てで手伝いをしているわけではないので、それは丁重にお断りをした。
詠は少しだけ不満げな表情を浮かべていたが、自分の将来のために貯金するように伝える。
それでどうにか納得してもらえたのだが…。
詠は食費を収めると言って家にお金を入れるようになっていた。
それぐらい詠は稼いでいるということ。
有名人や人気者と言った言葉では言い表せないほどの配信者へとなった詠には最近様々な話が持ちかけられるようになったらしい。
「事務所に所属しないか?」
「企業案件をお願いしたいんですけど…」
「商品紹介をしてほしいです」
「ゲームのリリースに合わせて宣伝をお願いします」
「うちのショッピングモールで撮影してほしいです」
などなどの企業案件を含んだ沢山の仕事が舞い込んでくるようになった。
「事務所には入らないかな」
詠は僕らにそう告げるので何故かと問いかける。
「ん?だって今のメンバーでずっと働きたいし…」
詠のデレの様な言葉を耳にした僕らは表情が緩んでしまうのであった。
閑話休題。
「私も仕事が終わったら観に行くよ。それまではショッピングモール内を撮影するの?色んなお店を紹介してほしいって言われているんじゃなかったけ?」
尊は食器をシンクに運びながら詠やみどりや僕の方に視線を向けた。
「うん。今日は撮影班が成哉とみどりの二人構成なんだ。成哉には悪いけど…ツリーの設置の方は一人でも良いかな?」
「構わないよ。いつものように二人でお店の紹介頑張ってよ。後で合流しよう」
「ありがとうございます。今日は寒いですから防寒対策しっかりしてくださいね」
みどりは僕に頭を下げるとそのまま詠と僕の食器を一緒に片付けてくれる。
「ありがとう。暖かくして撮影に集中するよ」
そのまま席を立つとシンクへと向かって歩き出す。
全員分の食器を丁寧に洗っていくと身支度へと取り掛かる。
尊は職場に向かうため僕らよりも先に家を出る。
「じゃあ尊さん。後で会いましょうね。お互いにお仕事頑張りましょう」
「うん。行ってくるね…」
僕の思い込みかもしれないが尊は何処か寂しそうな表情を浮かべている気がしてならなかった。
「大丈夫?」
何気なしに問いかけると尊は珍しく表情を崩した。
「やっぱりダメそうに見えた…?」
「少しね。何かあった?」
「何かあったわけじゃないけど…詠やみどりちゃんが羨ましいって思って…」
「そっか。後でもう少し詳しく話そ?今はもう出ないとダメでしょ?」
「うん。じゃあ行って来ますの………してくれる?」
甘えるような視線で僕にキスを要求してくる恋人に流れるように甘い口づけをする。
「ありがとう。これで今日も頑張れるよ。行ってきます」
そうして尊は家を出ると車に乗り込んで職場へと向かっていった。
僕と尊だけの二人きりの甘い空間に浸る暇もなくリビングに戻ると詠とみどりに少しだけからかわれる。
「付き合ってどれぐらいだっけ?倦怠期にはならない?」
「仲良しのカップルで羨ましいです。本当にお互いがお互いを想っていて…しっかりと支え合っていて。けれど二人共自立もしている。凄く良い関係性で羨ましいです」
詠の言葉に僕は適当に手で払うような仕草を取って照れている表情を隠した。
みどりには何とも言えない表情で感謝を告げておく。
「とにかく…支度は出来た?機材の運び込みは僕がするよ」
「うん。お願いね。私達はもう少しメイクに時間が掛るから…いつもありがとうね」
「たいしたことしてないよ」
軽く手を持ち上げて二階の作業部屋に向うと機材を車に運び込んだ。
正味三十分程の時間を要したが、その間に二人のメイクも終わったようだった。
「じゃあ出発!」
みどりの運転で助手席には詠が座り僕は後部座席だった。
マリネは本日、寒すぎるのかソファの上のブランケットから離れようとしなかった。
「行ってくるね」
家を出る前に軽く声を掛けたのだが、マリネはちらっとこちらを確認して軽く鳴くだけだった。
みどりの安全運転で目的地に向かうこと二十分程でショッピングモールの駐車場は見えてくる。
立体駐車場に車を停めると僕が機材を持って詠が先陣を切って前を歩いた。
殿って訳では無いが僕が一番後ろから彼女らの安全を確認していた。
依頼のあったお店に顔を出すと詠は名刺を差し出して僕らを紹介する。
僕はツリーのイルミネーション設置を撮影しないといけないため店を後にする。
そこから一階の広間を全体的に見下ろせる場所にカメラを設置して撮影を開始する。
半分室内の様な場所で寒さを堪えながらの仕事は続いていく。
だが僕よりも辛そうなのは設置をしている現場の作業員さん達だと思われた。
順調に続いている作業をカメラで捉えながら僕もそれを眺めていた。
「こうやってやるんだな…」
そんな感想しか出てこないのは、作業員さんたちの工程が専門的なこと過ぎて何をしているのか理解できないからだ。
詠とみどりはきっとお店で暖かい昼食を頂いていることだろう。
僕は尊が作ってくれたサンドイッチと暖かいトマトスープを飲んで空腹を満たしていく。
しばらく作業が進んでいくのを眺めているとスマホが震えた。
「お昼食べた?」
尊から仕事中にメッセージが来るのは珍しいことだ。
「うん。美味しかったよ。ありがとうね」
「良かった。 早く会いたい気分だよ」
「そう。僕も同じ気持ちだよ」
「仕事が終わったらすぐに行くね」
「うん。道中気を付けてね」
「後でね」
そこで連絡が終わると僕は尊が来るまで仕事に集中するのであった。
十七時頃に尊がやってきて僕らはイルミネーションが点灯されるのを今か今かと待ち侘びていた。
詠とみどりはつい先程まで一緒に居たのだが、イルミネーションは二人で見たいはずだと言って二人して何処かに行ってしまった。
「早く点灯してほしいね」
尊は僕の横顔を愛おしそうに眺めている。
その視線が何処か何かを期待しているように感じてしまい尊の顔を直視することが出来ない。
「どうしてこっち見てくれないの?」
何かを試すような尊に僕はつばを飲み込むとどうにか顔を合わせる。
「楽しみだね」
その言葉に微笑んで頷くと遂にその時がやってくる。
「では、点灯までのカウントダウンをお願いします!5・4・3・2・1…0!」
係員のカウントダウンに合わせてカウントをするとその時はやってくる。
きらびやかな照明が大きなツリーに沢山装飾されており僕らは声を失うほど感動してしまう。
「ちゃんと撮れてる?」
尊は嬉しそうに僕に問いかけてきてカメラを確認した。
「撮れてるよ。いい感じだね」
そこから二人だけの甘い時間が過ぎていくと良いタイミングで詠とみどりが戻ってくる。
「凄かったね。来年も依頼が来ると良いなぁ〜」
詠もみどりも目を輝かせてウキウキしているようだった。
「じゃあもう帰る?」
皆に問いかけると彼女らはそれに了承の返事をする。
「マリネも家で待っているし…」
少しだけ言葉尻が弱々しくなる尊に僕らは疑問を覚えた。
「お姉ちゃん…今日…なんか変じゃない?」
詠は姉に問いかけて表情を伺っていた。
「ちょっと…二人に嫉妬しているのかも…」
「嫉妬?何で?」
「ずっと成哉くんと一緒に過ごせるのが羨ましいな…」
「なんだ。そんなことか…」
詠は呆れるように軽く嘆息すると尊が口にしたくても出来なかった言葉を言ってのける。
「お姉ちゃんも一緒に働けば良いんじゃない?企画考える脳はいくつあっても困らないし。みどりと並行して編集を覚えたり…時々出る隠しゲストメンバー的な扱いでも盛り上がると思うよ。お姉ちゃんは本当に美人なんだから。すぐに人気者だよ」
詠の提案を耳にした尊は軽く言葉を失っていた。
「良いのかな…?私ぐらい安定した仕事していたほうが…家族のためになるんじゃない…?」
尊はやりたくても妹や家族のことを思って一歩を踏み出す勇気が持てないでいた。
「大丈夫だよ。何かあったら僕の貯金があるから。心配しないで」
「良いの…?甘えても…?」
「良いよ。好きな人と好きなことを仕事にするのは悪いことじゃないでしょ?それに僕も尊さんが居たらもっと楽しくなるよ」
「………。うん。ありがとうね。ちゃんと考えておくね。年内には答えを出すから…」
「良い返事を期待しているよ」
僕も詠も必ず歓迎すると言葉にすると揃って駐車場に向かった。
僕と尊は二人で彼女の車に乗る。
詠はみどりの車に乗って帰宅する。
帰るとマリネはずっとそこに居たのかって程に朝から定位置を動いていないようだった。
「ただいま」
言葉を投げかけるとマリネは軽く鳴いて応えをくれる。
お腹が空いているのか尊の足元に向かうとくるくると回り続けていた。
「じゃあ皆もご飯にしようね。すぐに準備するから」
「いつもありがとうね」
「ありがとうございます」
「お姉ちゃんの料理が一番美味しいから甘えちゃってごめんね」
それぞれが思っていることを言葉にして伝えると尊はいつものように美しい笑顔で頷く。
そこから僕らは家族揃って夕食を取ると明日以降の予定に備えるのであった。
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